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シロクマは必然的に




「それにしても、スズはどうして、私が努力したと思うの?生まれ持った資質だと思わない?」


 それはずっと疑問に思っていたことだった。


「そう思っている人は、自分のことを凡庸だとは言いませんから。それに陛下は……」


「私は?」


「……自分のことを顔だけだと思っていそうです」


 あまりにも予想外の言葉に、固まった。

間違ってはいないかもしれないけれど、それを言ってのけたスズに驚き笑いが込み上げて、しんみりとしていた気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。



「っふふ、顔だけ、ね?間違ってないよ。

 けれど、スズは本当に……」


「も、もちろん、私はそうは思ってませんよ!」


 慌てながら必死で否定するスズに、わかっているよ、と笑いながら。

抱きついたままのスズの背中に手を回して抱きしめて、尋ねる。

 

「ねぇ、

 私がスズに惚れた瞬間を知りたい?」


 耳元で囁いたせいかびくりと体を揺らしたスズの返事も待たずに、続ける。

 

「「陛下は、すごいですね。城内でも城下でも、こんなに慕われているなんて。皆さん、陛下の努力によって幸せになったんですね」

 そう言って笑ったスズに心を奪われた。

 人はこんなに簡単に恋に落ちるのかと驚いたよ。

 周りはずっと私の資質だと思っていたし、私もそう見せようとしていた。

 けれど、出会ったばかりのスズはそう言った。

 家族を失っても逃げたくなっても、頑張ってきたことは間違ってなかったと思わせてくれた。

 私がスズに恋するのは、必然だったのだろうね」


 そう笑うとスズはぺたりと私の太ももの上に座り込んで「え、……え?」と顔を赤らめながら戸惑いを隠さずに呟いている。



「それって……ほとんど出会ってすぐ、では?」


「ね、必然でしょう?」


 そう言って微笑むと、スズは首に回していた手を離して自分の両頬に手を当てて赤くなった頬を隠しながら、呟く。


「嘘だ、え……?だって、え?」

ひとりで呟きながら、顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうだ。



「そんな素振りは全然……!」


「まあ、自由のない身だから、ね」


 政治的に利のある令嬢と婚姻するつもりだったのだから。スズはその意味に気付いたのか、眉を寄せて顔を上げた。


「……じゃあ、私が陛下と出会わなければ、」


「スズ」


 その先は言ってはいけない、そう暗にほのめかすと、スズはそれが分かったのか口を噤んだ。

処刑されたリーベルド公爵令嬢のことを言おうとしたのだろう。


「必然だと言ったでしょう。

 出会うべくして出会った、だから「もしも」はないよ。それに彼女のことは彼女自身の行動の結果なのだから、私達にはどうしようもない」




 一連の襲撃事件の計画を立てたのは父であるリーベルドではなく、令嬢の方だった。

あれから尋問を受けたリーベルドは、自分が計画を立てたの一点張りでなにも吐かなかったが、令嬢に鎌をかけるとすべてを自白した。


 私に対して不満があるのを知って、皇帝の座から引き摺り下ろそうと焚き付けたこと。

『救国の乙女』になるために聖石を手に入れさせたが、『救国の乙女』が現れたと騒がれ始めたことにより、それも延期せざるを得なくなったこと。


 私がその『救国の乙女』と親密な様子で焦った結果が、お披露目式でのあの愚行と反逆行為だった。


 令嬢はそれを忌々しい様子で吐き捨て、スズのことを口汚く罵った上で続けた。


「私のほうが『救国の乙女』にふさわしい知識と教養、容姿があります。あれは偽物です、騙されてはなりません」と今度は可愛らしく言い放った。


 それからは自分が如何に有用な人物であるか、を語り始めた。

 

 自分には前世の記憶があって、『救国の乙女』と同じ世界の知識を持っていると。

だから『救国の乙女』となる資格があるはずだと。

そんな話を聞きながら、スズの予想はあながち間違いではなかったとぼんやり考えた。


 

 襲撃の際に使った武器は、自分が前世で使っていたものを再現した武器だったらしい。

その世界ではそれを生業としていたらしく、腕には自信があったようだ。


 計画が失敗するとは微塵も思っていなかったらしい。しかも『救国の乙女』にしてやられるとは。


「残念だ、罪を犯さなければ違う道があったかもしれないのにね。来世は真っ当に生きるといい」


 前世の記憶がある、そう告げれば助かる。

そう思っていたのだろう。


 私の言葉を聞いて愕然としたあと、悲鳴混じりに泣き叫ぶ声が立ち去る私の背後から聞こえていた。




 この真相を話せばスズは彼女の人生を狂わせたと、余計にそう考えて気にしてしまうだろう。

話さないと決めて正解だったと胸を撫で下ろす。


 スズは私の胸に頭を預けると、深く息を吐いて「ごめんなさい」と謝罪を口にした。


 私はなにも言わずに、押し付けられている頭とサラサラと指通りの良い髪を撫でて肩を抱き寄せた。

しばらくそうしていると、「やっぱり……」とスズはポツリと呟く。


「陛下は、……私を離さないでください」


「そんなこと言っていいの?あとで離してと言っても、もう離してあげられないよ」


「――はい、」

 

 そう言ったスズの体を包み込むように、目一杯抱き締めた。


 皇帝に即位してからというもの、常に民のことを考えて自分のことは二の次だった。


 そんな私に大切に思う存在が出来るとは、夢にも思っていなかった。

父と母の仲睦まじい姿に憧れなかった訳ではない。

それでも当たり障りのない相手と婚姻して、当たり障りのない夫婦生活を送る予定だった。

皇帝となったからには自分の全てを国に捧げるくらいの気持ちでいた。


 それがどうだろうか。

今となってはそれは出来ないと言い切れる。

民のために最善を尽くす事が最優先事項であることは変わらない、けれどそのためにも最愛の相手との婚姻だけは譲れない。


 幸い『救国の乙女』であるスズならば、反対する声も少ないだろう。


 皇帝とは唯一でありながらも、孤独ではいられないのかもしれない。

父の姿を思い出すと、尚更そう思う。


 一度心を許せる相手を見つければ、手放せない。

盲目にならないようにだけ、気をつけたいけれど。

私的な時間である今はスズを愛でていたい。



「ねぇ、シドランと呼んで」


「えっと、……シドラン様」


 腕の中で少し身動ぎしたかと思うと、恥ずかしそうに小さな声で呼んだ。

抱きしめていた腕の力を緩めると、スズの髪の隙間から赤らんだ耳が見えて頬が緩んだ。


「……ふふ、可愛い」


 俯いたままのスズ。その顔にかかる髪を、右手で掬い上げると耳にかけて問いかける。



「顔、あげてくれないの?」


「…………えっと、その」


「しばらく会えなかったから、顔を見せて?」


 その言葉に、渋々と赤らんだ顔をあげたスズは警戒するように私を見上げた。

 スズは依然として私の太ももの上を跨いで座り込んでいるため、近距離で上目遣いになってしまっていることに気付いているだろうか。


 口づけを警戒しているようで、私の口元ばかり見ているスズに笑みがこぼれる。

それでも気づかないフリをしながら、警戒心を解くように会えない間の話を聞いた。



 スズは最初こそ辿々しく話していたけれど、会話が弾むにつれて警戒が緩んでいった。


「それで、その時フェリスが」


 そう身振り手振りを交えて楽しそうに話しているスズの唇を、前触れなく塞いだ。


 不意打ちに慌てた様子のスズに、拒否されないように後頭部を押さえて更に口づけた。

真っ赤になりながら、胸元に置いた手は私を押し返そうとしている。けれど、それは弱々しいものだ。



「……駄目?」


 スズの目を真っ直ぐに見つめて、顔を近づけて尋ねると、更に顔を赤くしてしどろもどろになる。


「駄目、というか……あの、」


「聞き方が悪かったね。

 私とこうするのは、嫌?」


「……嫌、ではないです。

 けど、私、ヴィルとも恋人になって……」


「……ああ、彼のほうが良くなった?」


 無意識にいつもより低い声が出た。

スズはそんな私に驚いたのか数秒固まったあと、勢いよく横に首を振った。



「そうではなくて!」


 否定しながらも歯切れの悪いスズ。

嘘をついているとも思えず、言い淀んでいる理由を考えるけれど思い浮かばない。


「…………ふしだらだと、嫌いになりませんか」


 小さく呟くような声が耳に入り、その理由が見えてきた気がした。


「なるわけないでしょう、それは承知の上なのだから。……まあ、嫉妬はするけれど。

 スズがそれでも納得出来ないというなら、私だけとするという手もあるよ」


 冗談交じりの言葉に、スズは傷ついたような表情を浮かべて、膝立ちになると私の頭を抱きしめた。


 そうして頭を離して私の頬を両手で挟んだかと思うと。


 ――そのまま優しく唇を重ねた。





 

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