お食事タイムを過ごす
――それから3日が経った。
その間の私は、書庫に行ってみたり、散歩してみたり。ヴィルもが訪ねてくることもなく、次の日はぼうっとしながら過ごすことが多かった。
フェリスはあの日のことに触れることはなく、私は安心して過ごしていた。
ただ陛下から毎日手紙が届くと、会いたい気持ちが増して、それに比例するように溜息が増えた。
そんな私を見かねたフェリスに、刺繍を勧められたのが昨日のことだ。
4日目の今日は朝から布を握りしめて、昨日教えられた通りにチクチクと針を刺す。
縫う、ということ自体学校でかじった程度で、ほぼ初心者といっても良いくらいの私には、縫製作業に指が攣りそうだった。
それでも休まず手を動かすと、だんだんと刺繍しているものの形が出来上がってくる。
嬉しくなって夢中で刺繍を進めて、集中力が切れそうで食事も断って縫い進める。
「――できた……!」
太陽が夕日に変わりそうな頃、布を天に掲げて仕上がりを確認する。
ほぼ初心者にしては、上手くできたのではないだろうか。たまに歪んでいる箇所もあるが、それはご愛嬌ということで許してほしい。
うんうんと、私が達成感を味わっていると。
「スズ様、陛下からお食事を一緒に、とのことですが……」
その言葉に勝手に口角が上がるのがわかった。
「すぐに用意をお願いします」
その反応はフェリスの予想通りだったようで、すぐに身支度を始める。どこにも出ない予定でシンプルなドレスを着ていたため、それも替えるようだ。
クリーム色したドレスに身を包み、銀細工のネックレスと髪飾りをつける。
何度見ても、鏡に映る自分の姿に驚いてしまう。
フェリスの腕は凄いのだ。元の世界にいた私とは似ても似つかないほどに、仕上がっている。
そんな私の姿を微笑ましく見るフェリスは、なんだかお姉さんのようだった。
支度を済ませて、食堂に向かう。
ここ数日は以前のような嫌な視線は感じることはなく、むしろ崇めるような視線が。
それはそれで居心地が悪い。我儘だと言われそうだが、慣れないのだから仕方ないだろう。
食堂には、まだ陛下は来ていない。
指定された席に座ると、そわそわと落ち着かない。
気持ちを静めるように、食堂に飾られている花をジッと見つめて、花びらを数えてみたりしていると。
レオン様を引き連れて食堂に入ってきた。
3日ぶりに見る姿は、疲労からか端正な顔立ちが引き立っていて麗しいよりも格好良いがしっくりくる。目の下が薄らと隈が出来ていて寝られていないのではと心配になった。
レオン様も顔色が優れない様子だ。
人払いをしてそのレオン様だけを側に残すと、私の向かいの椅子に腰を下ろす。
長いテーブルのため距離があるのが、もどかしく感じた。
「スズ、遅れてごめんね。
……元気にしていた?」
疲れていてもその微笑みは健在のようで、綺麗な笑みに心臓がドキリと音を立てる。
「はい。手紙に書いた通り、元気に過ごしていました。……陛下はお休みになられましたか?」
「有意義に過ごせたようで良かった。
私もきちんと休んでいるよ」
嘘だろうと思いながら、口には出さなかった。
皇帝としての責務を全うするためなのだから、言うべきではない。そうわかっている。
わかっていて、聞いてしまった。
「……今日はゆっくりお休みできますか?」
「もうほとんど片付いたから、ね」
早く食事を済ませて部屋で休んでほしいという思いと、それを寂しいと感じる思いの狭間を脳内で行き来する。
早く食事を済ませて休んでくださいと、言いたいのに喉から言葉が出ていかなかった。
「食事が、したいです」
なんの脈略もなくそれだけ言った私に、驚いたように軽く目を見開いた。
それは後ろに控えていたレオン様も同様で。
予想していたものと違ったのか、はたまた食事の催促など図々しいと思われたのか。
前者であってほしいと思う。
陛下はすぐに表情を戻すと、そうだったねとレオン様に給仕を頼んだ。
それからは食事をしながら、首謀者の公爵と娘の容疑が固まったことと、一人目の実行犯だった従者は横領がバレて脅されて指示に従ったと話を聞いた。
病気の家族のための薬代欲しさに横領していたようで、金額は微々たるものだが、罪は罪だ。
首謀者の公爵とその娘は処刑、リーベルド公爵家とダンケル伯爵家、それぞれの一族は爵位剥奪の上、国外追放となる。
従者は平民だったため、断る術がなかったと情状酌量して本人のみ国外追放となった。
――それらは既に公表され、実行された。
と食事を終えたあと、静かに告げられた。
そう聞いて、心が重たくなった。
知っている人の死というのは、命を狙われた相手でも辛く感じた。
それは処分を下した陛下も同じなのかもしれない。
私が呑気に過ごしている間に、陛下は苦しんでいたのかもしれない。
支える存在になりたいと言ったのに、結局ひとりで抱え込ませている。
そう思うと余計に、心が重たくなった。
「――お部屋に戻りましょうか」
「そうだね、……ごめんね」
聞かせるべきではなかったと申し訳なさそうな顔をする陛下は、そう謝ってレオン様に私を送るようにお願いしている。
「……今日は聞いてくれないんですか」
そう眉を寄せていう私に、陛下は困惑した目を向ける。なにを、と思っているのだろう。
「――陛下のお部屋にお邪魔して、いいですか」
時が止まったかのように、ふたりとも固まった。
言った私は穴があったら入りたいくらい、恥ずかしい。
「……ごめんね、もう一度言ってくれる?」
「陛下のお部屋にお邪魔して、いいですか」
恥ずかしいから嫌だと思いながらも同じ言葉を繰り返すと、陛下は理解出来ないとでもいうような表情を浮かべる。
「……どうして?」
「色々理由は、ありますが。
……………………私が一緒にいたいんです」
聞こえるか聞こえないかの、蚊の鳴くような声で呟いた。
それでも陛下には聞こえてしまったらしく、これでもかと目を見開いている。
しばらくそのまま固まっていたが、それが解けるととびきりの微笑みを浮かべた。
「いいよ、私の部屋においで」
そう言った声は私の中に甘く響いて、ムズムズしてしまいそうになった。
顔にも熱が集まっているのが、自分でもわかる。
それを隠すように小さく頷くと、いつの間にか横に来ていた陛下が差し出す手を取った。
その光景をレオン様が微笑ましく見る。
その姿はまるで陛下の父親のようだと、おかしくなってしまった。
私の視線の先に気づいたのか、「行くよ」というと少し私を引っ張るようにして廊下に出る。
なぜそんなに急いでいるのか、不思議に思いながらも引かれるまま足を動かす。
廊下に控えていたフェリスは、私達の姿を見て笑みを浮かべて見送る。
フェリスや護衛騎士達の生温い視線が、背中に突き刺さっていた。
陛下はそれを物ともせずに、私の手を引き部屋に向かった。
あっという間についた陛下の私室は、変わらず豪奢で高価な調度品が並んでいた。
部屋にある柔らかいソファーに並んで腰を下ろすと
、陛下は柔らかい微笑みを浮かべて口を開く。
「で、どうする?
お風呂にする?それとも一息つく?」
「……陛下がお先にお風呂へ」
疲れているだろうから早く休んでほしい、そう思ってのことだった。
私は陛下の側にいられれば、寂しくない。
「では、先に行ってこようかな。
……スズ、いい子にしていてね」
そう耳元で囁かれて、ぶわっと顔が熱くなった。
久しぶりに甘く響く声で囁かれると、心臓に悪い。
たった3日だけだったのに、一緒にいられれることが嬉しくて。
緊張と喜びで、ずっと心臓が痛いくらいに跳ねている。
そんな私を見て嬉しそうに笑った陛下は、お風呂に消えていった。
それにホッとすると、心臓を落ち着けるように深呼吸をして、無心になれるように目を閉じた。




