表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/137

クマを受け入れる

 


 全く気にしていない様子のヴィルは「触っていいんだぞ」と私の上に座ったままで。

なんだか怖いくらいでもふもふしたいとうずうずするが、躊躇する。


 ふと視線を感じた気がして顔をそちらに向けると、フェリスが引き攣るような笑みを浮かべていた。

それを見てサッと血の気が引いた。


 秘術の事は知られてはいけないはずなのに、思いっきりクマになるところを見られてしまった。

しかも私がクマを撫で回していたのも……。


 そこまで考えたところで、思考を放棄した。

思い出したくないし、知りたくない。

ただ、このままで居るのは良くないと思う。

 

「ヴ、ヴィル!

 もう十分癒されたから!だから、戻って」


 慌ててヴィルにそう言ってから、戻るのもどうだろうかと気付く。

しかし、戻らないと帰れない。


 そんな私の気持ちが伝わったのか、渋々私の上から下りると、ボンッと元に戻った。


「これでいいか?」


「……うん、……けど、近い!」


 人の姿に戻って急に目の前に顔を持ってこられると、いくらなんでも心臓に悪い。顔を赤くしながら目を逸らす私を見て、ヴィルは満足気に口角をあげた。


 やられた、と思うがもう遅い。


 ソファーに座っている私の前に片膝をつくと、徐に私の右手に触れた。

少し節くれだっている指に陛下との違いを感じて、心臓が跳ねてしまう。

緑色の瞳には動揺する映っていて、なんだか閉じ込められているような気分になりそうだ。


「スズ、……好きだ。

 もう私はスズしか、考えられないんだ。

 私には、陛下のような華やかさも才智もない。

 それでもスズを想う気持ちは、負けないつもりだ。何番目でも構わない、隣にいさせてくれ」


 もう一度私の意思を確認するように、ヴィルはそう言った。先程のクマの姿とは違い、熱っぽく見つめられてそんなことを言われたら、頬が紅潮してしまう。

 

 しかし、私と出会わなければ、そんなことを思ってしまう。本当だったら、貴族の御令嬢と婚姻して、お互いだけを想って。

ヴィルにはそういう普通の幸せがあったはずで。

何番目でも、なんて言わないといけない未来はなかったはずで。


「ヴィルだって良いところはいっぱいあるよ。

 なのに何番目でも、なんて……」


「何番目でも、と言えるのは恵まれている。

 スズが『救国の乙女』であるおかげだ。

 そうでなければ振られておしまいだったからな。

 感謝したいくらいだ」


 ヴィルはそう言って頬を緩めた。

そうハッキリと言い切られてしまうと、もうなにも言えない。それに、そんな考え方もあるのか、と妙に納得してしまう自分もいた。


「……本当に後悔しない?

 他の女性が良かった、とか思わない?」


「しない。思う訳がない」


「じゃあ……、よろしくお願いします」

無理矢理とは言え、一度受けたものは断れない。

顔を隠すようにしてペコリと頭を下げて、そう言った。


 すると、ヴィルは嬉しそうに破顔する。


「こちらこそ。ありがとう」そう言って浮かべている笑みは幸せそうなもので、こちらまで嬉しくなりそうだ。


 ヴィルは触れたままだった手をギュッと握りしめて「ところで」と口を開く。

その顔は笑っているが、黒いオーラを感じる。


「もう一度確認しておきたいんだが、スズは私をどう思っている」


「どう……、とは?」


「好きなのか、少しだけ好きなのか。

 それとも気を使っただけで、好きではないのか」


「……今、言わないと駄目?」


 あっという間にこの状況になって、心の準備が出来ていない。後日にしてほしい、そんな気持ちを言外に含ませる。


「もちろん。現状確認は大事だろう?

 それによって私も色々考えなくては。

 だから正直に答えてくれ」


 色々とは。

含みをもった言葉に後退りたくなる。

脈拍が早くなっているのか、息がうまくできない。


「えっと……、その、前者かな」


 卑怯だと思いつつも、言葉にするにはまだ恥ずかしくて。ただそれを聞いたヴィルは、予想外だったのか固まってしまっている。


「……私は好きなのか、少しだけ好きなのか。

 それとも好きではないのか。

 と聞いた。前後間違えてないか?」


「……間違えてない」


「そうか。しかしきちんと言葉にしてくれないと、わからない」


 私の答えに目を見開きながらもそう言ったヴィルは、口元を手で押さえている。

私は絶対にわかってて言っていると確信した。

しかし、こうなったら言うまで許してくれないだろう。


「……っ、ちゃんと、好きだって!」

やけになって怒ったように言うと、目の前のヴィルの顔が赤らんだのがわかった。


 ヴィルはすぐに顔を伏せると、手で口元を押さえている。私からはヴィルの後頭部しか見えない。

ただ、茶色の髪の隙間から覗く耳が赤く染まっていて、可愛いと思ってしまった。


 そう思った時、手を握ったまま俯くヴィルの頭をふわりと撫でてしまった。


 驚いたようにビクッと跳ねたものの、顔はあげない。それをいいことに、もう少し髪に触れてみる。

その髪の毛の感触はクマのようにふわふわと柔らかくて、男性だとは思えないほどサラリと指の間から抜けていく。


 それが気持ち良くて、何度も触っていると。


「スズ、……後悔することになるぞ」


 怖い言葉が聞こえて、反射的に「ごめんなさい」と謝りながら手を引っ込める。

ヴィルは顔を上げると、上気した顔で私を見つめる。その視線はなんだか暴力的な色気があって。


 思わず視線を逸らして、もう一度「ごめんなさい」と謝った。


 握られたままだった手を引っ張られると、私の身体が前に倒れて、ヴィルの顔が近づいてきて。

昨日したことを思い出して「……駄目!」と既のところで、空いている手でヴィルの口元を押さえた。


 そのせいでヴィルは顔を歪めて、不機嫌なオーラを隠していない。

先程までは顔を赤くしていたのに。

……さすがに酷かっただろうか。


 しかし、昨日は陛下とキスをして、今日はヴィルとキスをするというのは、ふしだらな気がする。

そもそも不器用な私に、そんな切り替えができるはずがなく。

こんなことになるとは考えてもいなかったから、まだ割り切る覚悟もない。


「なぜ?」

短い問いかけが、ヴィルの気持ちを表しているようで怖い。


「いや……、あの、違うの。

 ヴィルと、キスしたくない訳ではなくて、」

 

 正直に言う訳にもいかず、歯切れが悪くなる。

そんな私にヴィルは溜息を吐くと「悪かった」と謝罪を口にして表情を緩める。


「……調子にのってしまったな、悪い」


 そうではない、そう言いたいが言えない。

言ってしまうと理由を聞かれてしまう。

が、このまま勘違いされたままで、ヴィルが傷つくのも嫌だ。


「もう気にするな」

ヴィルは困ったように笑みを浮かべる。

私を気遣うその表情に、申し訳ない気持ちになった。

 

「……違うの!本当に!

 それだけは信じてほしい」


「わかった。

 ……手ならいいか?」


 さすがに断る訳にいかず頷くと、繋いでいた手の甲にそっと唇が触れた。

壊れ物を扱うように優しく触れたそれに、心臓が煩く鳴る。

ヴィルは柔らかく緩めた目で私を見つめていて、恥ずかしくなってしまう。


「……大切にする。

 スズ、ありがとう」

 そう言って立ち上がったヴィルは、続ける。

 

「邪魔して悪かったな。

 ゆっくり休んでくれ」


 繋いでいた手を離して背を向けたヴィルに、慌てて「また明日」と言うと微笑んで頷いてくれた。

そうして部屋から出て行くヴィルを見送った。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ