街歩きクマ
無事に執務室に戻ると、皆でソファーに腰を下ろす。人に気づかれず良かったと、安堵の息を吐いたところで。
「で、どうすれば元に戻るんですか?」
そう、レオン様が私に尋ねた。
「どうなの?」
「……私には、わかりません」
というか私がやったと思われている?
しかし、確かに頭で考えたがなにもしていないのだ。
そんなことを考えていると、見かねたようにシロクマさんが口を開いた。
「ここに侵入したとき、誰かを探していたでしょう?けれど、探しているはずの第二王子を、初めてあったような顔で見ていた。別の姿で知り合っていた、と考えるほうが自然なくらい。あの時は聞く必要はないと思い、婚約者で通した。
でも、もう隠せないと思うよ?」
やはりあの本の皇帝はこの方なのだろうか。
才色兼備であることは間違いないが。
「……ヴィル、ヴィラール様がいらっしゃらないと、私だけでは説明できません。
ヴィラール様もクマになっていた、としか」
「ふーん。では、異世界からきたことは?
その黒髪、あの服装、この世界にはない。その上私の部屋に突然現れた。そのことについては?」
「その件につきましても、私には…。確かに別の世界から、きたのかもしれません」
「ヴィラールが戻るまでなにもわからない、と。
まあ、彼ならすぐ戻りそうだけれど」
「しかし、陛下。
その間の執務はどういたしましょうか」
「急ぎの書類のみ、今終わらせよう。それ以外は保留で。謁見の予定は、理由をつけて断って」
「承知いたしました」
「君は、ここで終わるのを待っていて」
えっ?お邪魔になる前に逃げようと、腰を上げるとそう告げられた。仕方なく、座りなおす。
シロクマさんは執務机の椅子に座ろうとするが、高くて座れないようで、もたついている。
見かねたレオン様が持ち上げ、座らせてあげた。
しかし、今度は机に届かない。
「私が陛下の椅子になりましょう!」
私は勢いよく立ち上がると返事も聞かずに、シロクマさんを抱っこして椅子に腰を下ろす。
「これで、高さがあいますよ!」
ふたりとも呆然としているのか、こちらを見ている。
「いやいや!駄目でしょう、これは。
彼が見たらどう思われるか……」
「いえ、ヴィラール様も抱っこしました。しかも、これは陛下のクッションになっているところです、
疾しい気持ちはございません」
「いや……うん、早く済ませようか」
納得が得られたのか、そう言ってようやく書類に取り掛かる。
「あの、手が動いてない?」
「はっ!申し訳ございません、つい」
無意識でお腹のふかふかをもふもふしてしまった。
上の服の丈が短いのか、お腹が少し見えているのがいけないのだ。
陛下はシロクマになっても至上らしく、かなり気持ち良い触り心地をしている。
「……なんの拷問なのかな、こわいよ」
なにかボソッと呟いているが、聞こえなかったことにした。
レオン様が可哀想なものを見る目で、こちらを見ている。
私は反省して手を動かさないようにギュッと抱き直し、心を無にした。
「終わった……!もういいからおろして!」
少し残念だが、仕方ない。
シロクマさんは、なぜか落ち込んでいる。
「よし、気を取り直して城下の街を見に出ようか。
クマだったら誰にも気づかれないでしょう」
「レオン様が抱っこすれば、じっくり見れますね」
もちろんレオン様と行くのだろうと思っての発言だったが、私のその言葉を聞いてレオン様はギョッとしている。
「それは辞退いたします。永遠に消えない噂になりますよ。スズ様とご一緒にどうぞ」
「それもそうだね……。
男がぬいぐるみを抱いていたら悪目立ちしてしまう。
スズ、一緒に行ってもらっても?」
「……承知いたしました」
内心嫌だなと思いながらも、断わることは不可能だ。
囚われの身なのだから。
シロクマさんをまた袋にいれて城内を歩き、裏門に着くとレオン様が手配した馬車が止まっている。
私のことは表向きはアリシャールからの特使とすることになったが、大抵の人は知らない。
御者と挨拶を交わすと、陛下の話になった。
素晴らしいお人で、と褒め称え、陛下のお役に立てるだけで本望だ、とまで語っている。
城内の者も皆そう言っていると力説された。
すごい人徳だ。
袋の中で聞いている本人はどう思っているのだろう。
そんなことが気になりつつも、聞けなかった。
馬車に揺られること数十分、街の近くにおろしてもらった。
かなり賑わっている街のようで、街の外れでも栄えているのがわかる。
袋からシロクマを出し、抱っこして通りを歩く。
ヴィルで慣れたせいか、躊躇はない。
「随分賑やかだね。お祭りはないはずだけれど」
シロクマさんとこそこそ話す。
確かにお祭りのようにお店が所狭しと並んでいて、威勢の良い声があちらこちらから響いている。
「換金できるお店に寄っても良いでしょうか?」
どうせならお金を手に入れておきたい。
「それは構わないよ」
許可を得たので換金できるお店に入ると、店主であろう高齢の男性に声をかける。
「あの、この髪飾りを売りたいのですが」
見せたのはこの世界にきた時につけていた、花のついたバレッタだ。
「ぬ、これは珍しい髪飾りだな。
12万ノラでどうだ?」
破格の金額だ。大体りんごひとつが100ノラらしい。大抵のものは買えそうなかなりの金額だ。
「え、こんな髪飾りにそんなにもらっていいのですか?」
「ああ。
これは珍しいものだし、今日は特別な日だからな」
「特別な日ですか?」
お祭りはないと聞いていたが。
「なんだ、知らねえのか。今日は皇帝陛下が税制を作られた日だ。その税収で病院もできたし、学校もできた。最初は払うなんてと思ったが、それがちゃんと自分たちの生活に使われていて、環境が良くなった。
だから、今日はその感謝の日なんだよ」
「そうだったんですね。では、11万ノラにしてください。1万ノラは、陛下に感謝を伝えるための資金に使ってください」
本人も知らなさそうだったので、なにかで感謝を伝えるのがいいだろう。
そう思ってそう伝えた。
「感謝を伝えるための資金か…!
それはいいな!なにかいい案があるのか?」
「え?その日に皇帝陛下を象徴するようななにかを飾ったり、するのはどうでしょうか?そうすれば、お城からも見えますし、初期投資のみで済むので、皆さん参加してもらえるかもしれません」
「なるほど、今度街の皆に提案してみるか!
ありがとな!」
そういい笑顔でお金を手渡されて、お店を出た。
「そんな風に思ってくれているなんて、知らなかった……。不満を抱かれているものだと……」
シロクマさんは初めて知ったことに、狼狽えているらしい。
「陛下は、すごいですね。城内でも城下でも、こんなに慕われているなんて。皆さん、陛下の努力によって幸せになったんですね」
私がそう言って笑みを浮かべると、シロクマさんは袋を引っ張り、なにも言わず中に入っていった。
なにか悪いことを言っただろうか。
とりあえず他のお店も見てみるべきだろうと通りを歩く。
小物屋さんを見つけて入ってみることにした。
中には石でできたアクセサリーや装飾品、雑貨があった。ひとつひとつ見ていると、エメラルドのような石がついたカフスボタンが目に入った。
「ヴィルに似合いそう、緑色だし」
お土産に買おうか、と手に取るが王族には安物は駄目だろうと思い戻す。
すると、袋から声がした。
「買えばいい。彼なら喜ぶと思うよ。
隠れる場所につけることもできる」
「そうでしょうか?」
そう言われてもう一度手に取り、値段を見る。
4万ノラだ。高いが先程のお金で買えない額ではない。
「……買ってきます!」
そう決めるとお会計をして包んでもらった。
喜んでくれるだろうか。
ヴィルのおかげで今はそれなりに人と会話ができる。私もこれを渡して感謝を伝えるべきだろう。
そう思うと、ヴィルに早く渡したくなった。
「あとはどこに行きましょうか?」
包みを大事にしまうと、袋に問う。
「お菓子を買ってもう帰ろう」
「承知いたしました」
お菓子屋さんにいき、何種類か包んでもらう。
お金は預かっていた陛下の財布から払った。
馬車が止まっている場所まで歩いて戻る間、シロクマさんは無言だ。
やはりなにか気に障ってしまったのだろうか?
「陛下、なにか気に障るようなことをいってしまったのでしょうか?気が利かず申し訳ございません」
少しは話せるようになったと、調子に乗っていたかもしれない。
「いや、スズは悪くないよ。色々知らないことばかりだなと。もう手に入らないものがあることも知った。少し感傷的になってしまったよ」
「まだ26歳じゃないですか。
陛下はまだまだこれからですよ」
「それは違いないね」
そうシロクマさんは笑っていた。




