07 Anemia and good luck suddenly(貧血と幸運は突然に)
少し客観的に物事を考える余裕ができれば、直截な物言いをする彼に昨夜? 0時を過ぎていたし、今夜なのかな?
窮地を救われた気がしないでも、ないけど…… 年頃の若い娘の無防備な寝姿を黙って眺めていたのは質が悪い。
(ん、文句の一つや二つ言ってやろう、言っても良いよね?)
そう決意して居間に入った途端、思考力を奪う料理の匂い。
青藍色の服が汚れるのを厭わないのか、エプロンも付けないまま、敷居が無いキッチンで料理しているディーが食卓の椅子を無言で指差した。
(う~っ、なんか、狡い)
問答無用に言論を封殺されて待つこと暫し、軽く炙ったベーコンが載っている食パンや、春らしくアスパラガスと浅蜊のスープが並べられていく。
最後にフォークやナイフが収納された小籠を置いた後、彼は自席に座るのかと思いきや、近付いてきて私の手を取った。
「ふぇ、ちょっと……」
「やはり爪の色が白い、貧血の兆候がある。選択に間違いはなかったようだ」
曰く、月経のある女性は赤血球が減少し易いため、造血効果のある鉄分を含んだ貝類、その吸収を促進させる異国の碩学が発見したビタミンB群を日頃から摂取しておくべきだと。
「このアスパラガスには両方が含まれている。有難いことだな」
唖然とする私を放置して、独立都市の登録医だと宣う彼は自席に付き、フォークに刺して口元へ運んだ春野菜を齧った。
それに倣って私も遅めな昼食を頂き、態と食事の時間帯をずらしてくれた気遣いに感謝する。
「いや、構わんよ。眠りながら盛大に “腹を鳴らしていた” からな」
「~~~~~~ッ」
まったく以って、この人は何なのだろう。装いは英国紳士風なのに合衆国の西部開拓民の如く遠慮がない。
それでも一方的にお世話されるのは居心地が悪いため、食器洗いを申し出たついでに物の置き場所など尋ね、食後の紅茶を淹れてあげた。
またぞろタブロイド紙を読み始めた彼の対面、両手持ちした木製マグに入った琥珀色の液体で喉を潤して、後回しになっていた話を切り出す。
「Dr.ディー、どういう状況なのか聞いても?」
「あぁ、憶えてないのか。昨夜、お前を歓大衆酒場の経営者から譲り受けた」
さらりと言い渡されたのは契約の更新、二等市民にとっての一大事であり、大抵の場合だと元々の所有者に飼われていた時よりも労働環境が悪くなってしまう。
「あ、あの、私のお仕事って……」
「既に正規の市民登録は済ませたが、働きたいなら好きにしろ、リズ」
素っ気なく伝えられた言葉に全ての思考が瞬断する。
安価な労働力の供給によって独立都市を発展させるため、行政機関は契約で縛られた二等市民を増やす方針を採用しており、簡単に身分の変更など認められる制度設計になっていない。
(まさか… 必要な税金を肩代わりしてくれたの?)
思わず、胡乱なジト目になって怪しい彼を睨んだものの、その視線は再び紙面へと落とされていた。
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