06 Fake gentleman with tabloid(タブロイド紙を持った似非紳士)
―― 窓辺に留まる小鳥の囀り、だけどいつもと何か違う。
(んぅ… 雲雀、じゃない)
多分、昼間から夕方に掛けて鳴く駒鳥、ぼんやりと寝過ごしに気付いた直後、大衆酒場を解雇された経緯も思い出した。
確か、厳つい男に腕を掴まれて、それから?
(あ… れ、私……)
暫くまともな睡眠を取れてなかった事から、重い瞼を開けると視界に飛び込んだのは記憶にない部屋。寝起きの頭では情報の整理が追いつかない、分からない。
幾つかの調度品と英国式の内装、最近の娼館は “部屋をアンティーク調に仕立てているのだろうか” と考えながら、もぞもぞと蠢いて身体に情事の痕跡がないのを確認した。
(うん、大丈夫。きっと何もなかったはず、だよね?)
先輩女給やシンディに聞いた知識と照らし合わせ、ひとりで安堵していたら、怪訝そうな声が掛けられる。
「…… 起き抜けに胸を揉みしだくのは、お前の習慣か?」
「ふぇ… ち、違います!!」
否定しつつも声のする方を見遣れば、何処か見覚えのある青藍色のスーツを着た青年が椅子に腰かけ、タブロイド紙より逸らした琥珀色の瞳を向けていた。
どうにも状況が分からず、唖然と見詰め返していると眉を顰められてしまう。
「ぽかんと口を開けたままだと、馬鹿に見えるな」
「~~っ、何なんですか、貴方は!」
「皆にはディーと呼ばれている。お前もそうすると良い、リズベル・グラヴィス・ホーエンハイム。それと下着の肩紐がズレているな、直してやろうか?」
欲情の一欠片も見せずに淡々と告げられた言葉を聞き、知らない家名を加えられた事は気になったものの、漸く自身がどういう姿なのかを理解した。
うつ伏せ寝の状態から、中途半端に上体を起こした四つん這い、指摘されたようにスリップの肩紐が外れている。
(殆ど面識のない男性の前、下着一枚で誘うような格好とか、あり得ない……)
しかも先程の発言は本気だったらしく、歩み寄って手を伸ばしてきたので、声にならない悲鳴が部屋の内外に響き渡った。
ともあれ、閑話休題という事で…… 取り敢えず、ディーと名乗った彼を追い出してから自問する。
「うぅ、分からない、どうしてこうなったの?」
憶えているのは日付が変わった深夜の出来事まで、気が付けば見知らぬ部屋のベッドでぐっすりと寝ていて、傍には一度だけ黒猫の怪異と酒場へ訪れた食事客。
本当に意味が分からず、これ以上考えても時間の無駄と思考を放棄して、クローゼットを開ければアパルトメントの洋式箪笥に入れていた衣服が収まっている。
「いつの間に?」
用意周到と言うべきか、注意深く観察すると数少ない私物も勝手に配置されて、上手く室内に馴染んでいた。
もう突っ込む気力を失い、死んだ魚のような目で衣服を整えて、階下にあるという居間へ向かう。
その過程で垣間見た窓からの景色により、港に近しい旧市街地の屋敷にいるのは察しがついた。
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