04 Rumors of cats run through thousand miles(猫の噂は千里を駆ける)
脛に傷のある無法者や破落戸、アイルランド系の過激派も暗躍しているという雑多な独立都市の盛り場で、あんなに煽情的な格好をできるなら腕が立つのだろう。
そう結論付けてから、伝票片手に注文を取ろうと歩み寄よれば、何故か青藍色をしたスーツ姿の彼に凝視されてしまった。
一瞬だけ、細められていた琥珀色の瞳が隠せない驚きを以って見開かれる。
「ね、言った通りでしょう。綺麗な真偽眼、しかも白の賢者と同じ」
「確かに、な…… よく見つけたものだ」
「ふふっ、猫の噂は一日で千里を駆けるのさ、にゃあ」
「あ、あの… 何か、え゛!?」
ちろりと舌を出して微笑んだ少し年上であろう娘のミディアムヘアな黒髪から、ぴょこりとケモ耳が生えてすぐに引っ込み、見間違いでなければ怪異の類だと気付いてしまう。
“いつものと違って、こんなのもいるんだ” と思いつつ、深く関わりたくないので平静を保つように努めていたら、もう一人の彼が連れ合いを咎め出した。
「まったく… 都市部は “常識の迷彩効果” が強固とは言え、些か軽率だぞ」
「ここ場末の酒場だよ、早々に知覚できる奴なんかいないって」
“この洋上にある独立都市の原型ができた半世紀前なら別だけどね” などと、聞きたくもない会話は受け流し、風変わりな客達に事務的な態度で接する。
「すみません、ご注文を頂いても?」
「あぁ、珈琲とフィッシュ・アンド・チップスを頼む」
「あたしもそれでお願い、子猫ちゃん」
これ見よがしに猛獣の如く変化させた肉球付きの掌を向け、にんまりと笑いながら手を掲げてきた黒猫を無視して、何事もなかったように厨房へ引き返す。
調理された白身魚のフライと揚げ芋はシンディが配膳してくれたので、以後に特筆すべき接点もなく…… 怪しげな二人組は軽食と16ポンドの支払いを済ませて、混み始めた大衆酒場から立ち去った。
(何だったんだろう…っ、ダメ、触らぬ神に祟りなし!)
日々の労働だけでも大変なのに怪異絡みの話とか、徒に首を突っ込んでいる余裕なんてない。そう意識を切り替える事で残りのお仕事も乗り切って、昨日より少しだけ早い時間に帰宅する。
ただ、またしても過去の悪夢を見てしまい、魘されている間に都市の蒸気機関が吐き出した排煙を含む、灰色雲越しの陽光が部屋へ差し込んで…… 逞しく市街地に棲息する、小鳥の囀りまで聞こえてきた。
比較的安価な値段で購入した目覚まし時計に急かされて、もぞもぞと寝床から出た私は片瞼を人差し指で擦り、沈んだ気持ちのまま新たな朝を迎える。