10 Exclusive behavior and antibiotics(排他的行動と抗生物質)
兎も角、風呂上がりの姿で厨房付きの居間へ戻れば、さっきまで多目的用の棚に飾られていた顕微鏡を家主が覗き込み、碩学達が使う円形状の硝子容器に入った土? を観察していた。
その手元には西欧社会よりも百年以上、蒸気機関文明が進んでいると噂の異国で執筆された専門的な医学書。
何だか邪魔をするのは憚られ、こっそりとキッチンへ足を運ぶも、すぐに気付かれて琥珀色の瞳を向けられてしまった。
「それって庭の土ですか、Dr.ディー」
「あぁ、薬の材料になる “放線菌” を採取しようと思ってな……」
頷いた彼は1753年以降に広まったリンネ式階級分類に於いて、特定の属に含まれたグラム陽性菌が土壌に存在する場合、他の微生物が少ないと発見した異国の碩学に言及する。
その御仁は研究対象の細菌が何らかの分泌物を出して、自身の競合相手を駆逐していると考え、菌類等の繁殖を抑える新たな抗生物質に辿り着いたらしい。
(分からない、ちっとも分からない)
“偉人の猿真似をしているだけさ” と呟き、土弄りに没頭し始めた彼を放置して、蒸気圧縮による気化熱冷却など利用した冷蔵庫を開いた。
晩御飯のリクエストを確認するまでもなく、食材は鱈と鶏肉、野菜しかない。
まぁ、問題ないかとフライパンに油を引いて温め、塩胡椒を擦り込んだ鱈の切身に小麦粉も塗して投入、更に英国の家庭料理であるチキンスープを作っていく。
それにパンも添えたのだけど… いまだ食卓は顕微鏡と彼に占拠されていた。
「すみません、ご飯の用意ができました」
「そうか、ご苦労だったな、リズ」
「「…………………」」
お互いに無言で待つこと十数秒、接眼レンズから目を離す素振りすらない相手に若干の苛立ちを覚えてしまう。
短い時間で色々とあり、徐々に遠慮が無くなっているのも背中を押して、少々強い言葉を掛ける。
「お夕食の時間です、自重してください、自重しろ」
「ふむ、長引かせては料理が冷めてしまうか、致し方ない」
生活能力の無さを露呈するような言動で、漸く商売道具を片付け出した彼と夕飯を済ませれば手持ち無沙汰となり…… 何となく、ソファーに転がっていたタブロイド紙を手に取った。
“昏睡状態のブラウン氏、死去” と見出しの打ってある一面の記事が目に留まり、ざっと内容を読み進める。
何でも、先月から数名ほど立て続けに眠り続ける人が出ており、食事の摂取も侭ならないため、数日で衰弱死に至るそうだ。
どの犠牲者も連日の悪夢に悩まされていたとの文章を見て、背筋に名状し難い寒気が走った。




