01 Lisbel in the steam engine city(蒸気機関都市のリズベル)
ロンドンから東に74㎞ほど進んだ英国の東南端、テムズ川の河口域に位置するシュピー島を中心とした完全環境型の独立都市ノア。
彼方にある異国より輸入した最新式の蒸気機関が吐き出す煙の揺蕩う大都会、曇り空と高緯度にあることによる日照時間の少なさを除けば、生産と消費に基づく一連の活動が自己完結している理想郷というけれど… 兎角、現実は世知辛い。
「おい、なんで料理の注文ミスってんだよッ、馬鹿!この忙しい時に!!」
「うぅ、すみません、少し注意が欠けて……」
「あぁッ? 料理人の仕事を増やして言い訳すんな、鬱陶しい!!」
「ご、御免なさい」
怒っている相手に何を言っても無駄、ただ縮こまって嵐が過ぎるまで謝り続けるだけ。それが、私の処世術?…… だって、怖いもの。
例え、お休みを二週間貰えず、お給金無しの残業を毎日させられて狭いアパルトメントに帰ったら深夜だったとしても、抗議するのは賢くないと初日に “飼い主” の怒鳴り声で学習させられた。
振り上げられた拳が飛んでこなかったのは、綺麗な顔に傷を付けると商品価値が下がるし、大衆酒場のホールに出せなくなるからとの事だ。
詰まるところ… 何らかの理由で身内や親族に見放され、其々の所有者の下で労働する事を義務付けられた二等市民に反論の余地は無い。
(合法的で、労働契約を介してはいるけど、まるで奴隷じみた劣悪さ)
そう思っているのは先月に十五歳を迎えた新人女給、リズベル・グラヴィスだけじゃなく、歓楽街の盛り場に務める多くの二等市民も同様だろう。
空になった酒瓶のケースを裏口から外へ出してほっと一息、人目が無いのを良い事に脱力していると裏路地の奥に小さくて丸っこい、浮遊する黒羊がいた。
「メエェ~~」
「うっ、害は無さそうだけど……」
今までの経験上、他人には見えておらず、誰かに喋ってしまえば薄気味悪がられる怪異の類を見てしまい、咄嗟に目を逸らす。
下手に懐かれたりしたら数日間つき纏われる事もあるし、彼らの好意や善意が人にとって良いものであるとは限らない。
以前、可愛くデフォルメ化された姿の子蜥蜴と散歩していたら、徐に火を吐いてボヤを起こした事もあった。
「… もう、子供の妄想で済まされる範囲じゃないよね」
必死に燃やしてないと村の大人達に訴えても “噓つき呼ばわり” され、烈火の如く怒られた幼い頃のトラウマは消えてくれない。
真実はさておき、少しだけ精霊や妖精の類が見えると夢物語風に囁いた亡き母と、常識人な父が仲違いし始めた切っ掛けでもあり、いまだ喉に刺さった小骨のように残っている。
「ちょっと、リズ! いつまで油売ってんのよ!!」
「あ、はい、すぐに戻ります」
先輩の女給からお呼びが掛かったので、僅かばかりの休憩を切り上げ、疲れた身体を引き摺って店内に入っていく。
翌営業日に備えた後片付け等を考えれば、肉体労働から解放されるのは深夜の二時過ぎくらいかな? と、捕らぬ狸の皮算用などしつつも取り繕った笑顔の “仮面” を被り直した。
誰かに楽しんで貰える物語目指して、ボチボチと執筆してますので…
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