再会の約束
翌朝、少女は鍵を掛けなかった窓から聖女の部屋に侵入した。
「おはよう。来ちゃった」
聖女ももしかしたらと思って窓を閉めた時に鍵を開けたままにしていたのだが、まさか本当に来るとは思っていなかった。
けれど鍵を開けていたのは、ほんの少しだけ、少女が戻ってくることを期待していたからだ。
「おはよう……。随分早いのね」
ベッドに横たえていた体を起こした聖女は眠そうに眼をこすりながらそう言った。
「だって、今日街を出るんでしょう?」
「そうだけど……」
聖女がベッドから急いで出ようとすると、別に気にしないと言った様子で少女は聖女のベッドの脇に立った。
「ここからあなたの住んでいるところって遠いの?」
「どうなのかしら?馬車で一時間くらいだと思うけど……」
ここから軟禁されている王宮までは馬車で移動させられるが道を覚えさせないためなのか離れた場所まで移動しないと外を見せてもらうことができない。
今回、街に着くまで窓を開けることはできなかったからきっと近い。
あくまでこれは個人の感覚で、実際のところはよくわからない。
「じゃあ、歩いたら半日、ってとこかしら」
少女が訪ねてこようとしていると察した聖女は、思わず喜びそうになったが、それは叶わないと思い直して首を横に振った。
「そうね……。でもきっと、訪ねてきても会うことは許されないと思うわ」
「まあ、そうでしょうね。あ、あと家族はどこに住んでいるの?」
自分には簡単に会えないとすでに理解していた少女はあっさりと聖女に言うとすぐに次の質問に移った。
「か、家族は……」
少し目を泳がせた聖女は、誰も近くにいないことを確認すると、元々聖女が住んでいた家の場所と家族構成を伝えた上で、少女に家族のことを説明した。
聖女になってから一度も会っていないこと、今もそこにいるのか分からないこと、家族はおそらく王家の監視下にあること、そして監視しやすいように、もしかしたら家から離れることを強制されているかもしれないこと、そして最悪の事態も覚悟をしていること。
聖女は途中で言葉を詰まらせたが何とか全ての説明を終えた。
「そう……。変なことを聞いてごめんなさい。絶対悪いようにはしないわ。確認だけど、あなたは家族に危害が及ばないなら聖女を辞めて帰りたいと思っているのよね」
「そうよ。それが叶うのならね……」
「わかった。私、一度あなたの家族の様子を見てくるわ。そして必ずあなたに会いに行く!その時に家族の近況も伝えるわ。何年も会えていないのでしょう?」
聖女は少女の思わぬ申し出に思わず目を見開いた。
「本当に、本当に家族のところに行ってくれるの?」
「ええ。だって、心配じゃない。あなたにすらこんな扱いをする人たちなのよ?これじゃあ家族の安否だって心配になるわよ」
でも聖女は自由に動けないだろうから自分が見てくると言う。
この街から故郷の街までだってそんなに近いわけではないはずなのに、なぜか少女が言うとその距離を全く感じさせないから不思議だ。
それになぜ彼女が自分のためにそこまでしてくれるのか分からないが、外にいる彼らよりこの少女の方がよっぽど信用できる。
だから今は彼女にすがろうと聖女は決めた。
「じゃあ、お願いがあるの」
「何かしら?」
「今から手紙を書くから、それを届けてほしいの。一応、手紙はやり取りできてるんだけど、中を検閲されるから、お互い本当の状況がわからないままなの。検閲に引っかからない内容のものしか届かなくて……」
口にしてからおこがましいのではないかと思って思わず言い淀んだ。
なぜ聖女が言い淀んだのか分からないと思いながらも快く受け入れた。
「いいわよ。そのくらい。遠慮するようなことじゃないわ」
「ありがとう」
あまりにも聖女が恐縮しているので少女は笑いながら言った。
「私もあなたに色々教えてもらったもの。昨日聞いた話は私にとってかなりの収穫だったわ。そのお礼にしても安いくらいよ」
これは本当のことだ。
物語で翼の話が出てこようとも具体的な場所に行きつくことはできなかった。
ここにきてようやく聖女からこの翼と思われるものの所在が明らかになったのだ。
もしかしたら違うものかもしれないが、そんな偶然、滅多にないはずだ。
ここまで期待を持てる情報をもらえたのは初めてだし、もし違ってもまた探していけばいつかはたどり着けるという希望が持てる。
自分はそのいつかのために頑張っているのだ。
だからこれは少女の素直な感想だったが、聖女は首を横に振った。
これを頼んだことで彼女に何か起きたらと悪い方に考えて、少女の身を案じてしまうのだ。
「そんなこと。自分の言葉を家族に伝えられる日が来るなんて、もうないと思っていたの。返事のことは……無理をしないで。再会するのに危険を伴うのはあなただもの」
「わかったわ。まずあなたの手紙を家族に届けることを第一に考えることにする。その後のことは、申し訳ないけれど、なるようにしかならないわ」
話を聞いた感じだと聖女の家族に本当に会えるのか分からないが、全員に会うことが叶わなくても、家族の一人くらいは探し出せるのではないかと思っている。
だから家族に届けるという約束はした。
けれどもその先の返事のことは約束できない。
その家族が手紙を書ける状況にあるとは限らないし、彼女のいるところまで手紙を届けることができるとも限らない。
自分だってどこかで捕まってしまうかもしれないのだ。
だからあまり期待しないようにと本当のことを告げると、聖女はうなずいてから笑みを浮かべた。
「それだけで充分よ……ああ、時間がないわ。書きながらでいいかしら?」
「もちろんよ」
少女が忍び込んできた時間が早いとはいえ、聖女は呼び出しがかかったらすぐに出発しなければならない。
時間の詳細は知らされていないが、朝食に呼ばれたら、食後すぐに出発になるだろう。
家族に届く手紙になら、書きたいことはいっぱいある。
しゃべっている時間が惜しいくらいだ。
だから聖女は書きながらと言いつつも書いている間は一心不乱に手を動かした。
「たしかに預かったわ」
かなり厚みのある封筒を渡された少女はそれを大事に懐に入れた。
「嬉しいけれど、本当に無理はしないでね」
渡してからやはり少女の負担が大きいのではないかと不安になってそう言うと、少女は笑顔で言った。
「できないことは言わないわ。任せてちょうだい」
「ありがとう。お願いします」
聖女がそう言って頭を下げると、少女は窓枠に足をかけると、手を振ってから外に出ていった。
今日は出発の準備もあって警備が手薄なのか、少女が侵入と脱出をするのは簡単で、少し余裕があったのだ。
そんなこととは知らない聖女は、少女が無事に家族の元にたどり着けるよう、少女の去った方を見て祈りを捧げるのだった。




