翼に関する手掛かり
「ねぇ、何で私の力のこと、わかったの?」
最初に思った疑問を聖女は少女にぶつけた。
すると少女はこともなげに答える。
「それは……、私も似たようなことができるから……」
「えっ?」
聖女は驚きのあまり思わず大きな声を出してしまい、慌てて自分の口を押さえた。
そして声をひそめる。
「それで今までよく見つからずに生きてこられたわね」
「そうね。使う機会がなかったから」
今の天使はこの力が無制限に使えるわけではない。
天に戻るためにあと何回転生しなければならないか分からないこともあり、使用を必要最小限に留めている。
この力は帰る手段を得るために必要な時や、恩を返す時くらいにしか使わないようにしているので、聖女のように無作為にポンポン披露したりはしていないし、医者のまねごともしていない。
だから今世でこの力が使えることを知っている人間はいないに等しかった。
知らない間に自分に力を使っているところを見られた可能性は否定しないが、自分が認識している限りでは今ここで彼女に話したのが初である。
聖女は天使の少女の話を信じたのか、首を横に振った。
「それなら、あなたはその力を使わない方がいいと思うわ」
「なぜ?」
「私と同じ目に合うからよ。私は自分と同じような不幸な人をこれ以上生みたいとは思わないわ」
聖女は自分が不幸だからこれ以上不幸になる人を生みたくないと言う。
今の世において、聖女は多くの人を治療し、自分の不幸に目を瞑れば、多くの人を幸せにしている。
だがその多くの人の幸せが彼女の犠牲の上に成り立っているというのは確かに間違っているし、自分と同じ力を持っている人が現れて、今度はその人が自分と同じような境遇に置かれることを良しとはしないということだ。
「……ありがとう。何もなければこのまま静かに過ごすようにするわ。でもあなたも酷いことを言ってるわよ?」
「え?」
「外に人がいるのに、私は不幸ですって言っちゃてるじゃない。いいの?」
少女に言われてドアのほうをちらっと見た聖女は、少し考えてから少女の方に視線を戻した。
「あ……、まあ、聞こえていなければ?」
「確かに」
「それにまさかここで私が人を招きいれて話をしているなんて外の人たちは思っていないわよ」
「それもそうね。でも少し声は小さめにするよう心がけることにするわ」
二人はちらっとドアの方を見てから、顔を見合わせて笑いあった。
「それで、私に聞きたいことって何?こんな危ないことまでしてここまで来たのだもの。きっと治癒の力の話ではないのよね。だって私よりも強い力を持っているのでしょう?それでも解決できなくて聖女に頼るなんて、よほどの事情があるのよね?」
聖女は少女の力を見たわけではない。
けれど彼女の話が本当ならば、自分の治癒の力を必要として助けを求めてきたわけではないはずだ。
ただ見たいだけならば広場で充分だったはずなので、こんな危険を冒す必要はない。
話をしつつも聖女は少女の事情を掴みかねていたのだ。
ところが少女は突然、聖女が想像もつかないようなことを言いだした。
「ねぇ、実はあなた、空を飛べたり、背中には翼があったりなんてしないわよね?」
「え?……しないわよ。空を飛べるような力があるなら、家族を抱えて全力で飛んで逃げているわ」
「そうよね……」
少女の質問に思わず考えて答えてしまったが、聞かれている内容がおかしい。
だが少女の真剣な様子はとても自分をからかっているようには見えないのだ。
だから彼女の質問にできないと答えたものの、何かできることはないかと聖女は尋ねた。
「どうしたの?」
「何でもないわ。そうよね、そう簡単に翼が見つかるなんて……」
「翼?翼を探しているの?」
聖女はよくわからないまま翼という言葉を思わず復唱した。
逆に少女の方が驚いて肯定する。
「え?ええ……」
「それがあなたの尋ねてきた理由?」
「そう。私は自分が持っていた天使の翼を捜しているのよ」
話の内容はやはり掴みどころのないままだが、天使の羽を自分で持っていたと言いだした少女の表情は真剣だ。
だから聖女は少女の話を詳しく聞いてみることにした。
「天使?」
「ええ。信じてもらえないかもしれないけれど、私、本当は天使なの。でも翼を失くして天に帰れなくなってしまって……。それでこうして探しているというわけ」
「そ、そうなの……」
少女は自分が天使だと言いだした。
少女の妄想かもしれないが、ここまで来てしまうと引き下がることはできない。
話を聞こうと相手をしたのは自分だ。
聖女は少女の発言に困惑しながらも返事をするが、どうしても自分の感情が表に出てしまう。
少女の方は、まあ、そうでしょうねとでも言わんばかりの表情で聖女に尋ねた。
「信じられない?」
「ええ、とても。……じゃあ私と同じような力というのも、天使が使える力なの?」
「あなたがどうしてその力を使えるのかは分からないけれど、私の力はそうよ。でも今は帰ることができないから、この力を使うと回復することができないの。魂が、生命と言った方がわかるかしら?今の私は回復をすることができないからこの力をたくさん使うと魂の中にある生命を削られてしまうの。そうなると私は翼を探して天に帰ることができずに死んでしまう。だから使うことはあまりないというだけよ」
「じゃあ、私は……」
実は力を使うと寿命が短くなってしまうのかと聖女は同様した。
そしてもしかしたら聖女が外に出られないのは、口封じに殺されたりしたのではなく、力を使いすぎて死んでしまったのではないかという不安にも襲われた。
不安そうにしている聖女を見て少女はすぐに察したのか言葉を足した。
「もともと人間の命は短いもの。私たちのように何百年も生きることはないでしょう?それに集中しなければ、その、怪我を治療することが難しいという話だから、そんなに強い力ではないし、そういう意味では使っていても使っていなくても、寿命は変わらないと思うわ。人間は魂よりも肉体の方が早く朽ち果ててしまうものだもの」
「……え?」
「だからその力で命が削られることはあまり心配しなくて大丈夫ってことよ」
「そうじゃなくて……」
確かに自分は何百年も生きることはない。
だから今の話を聞いて安心したのも確かだ。
けれど肉体が朽ち果てたら魂はどうなるのだろう、という疑問が頭をよぎったのだ。
「何?魂よりも肉体がって話?私、この体、いくつ目か分からないのよ。魂が残っていれば転生できるけれど、そうでなければ消えてしまうから」
「転生?」
聞いたことのない言葉に聖女は首を傾げた。
先ほどから話の内容が自分の理解を超越してしまっている気がするが、ここで聞かなければ一生知ることのできない話のような気もして、だからつい続きを促すように聞き返してしまっているのだ。
「そう。肉体が朽ち果てた時、人間で言うなら死んでしまった時、その肉体から魂は離れて新しい命に宿るの。まあ、人間の魂は一度浄化されるから記憶とか残らないんだけど、私はその対象じゃないから記憶を残したまま転生を繰り返しているってわけ。でもどこに生まれるか分からないから、翼の情報もなかなか集められなくて。でも時代が進んで文献みたいに残されているから、それを読んだりして、聖女が天使と似た力を遣うってことがわかったの。だから翼のこととか知ってるんじゃないかなって思って聞きに来たってわけ」
「天使……翼……」
「なんか昔話では似たような出来事を見たんだけど、じゃあ、今どこにあるのかってことになると、それがなかなか……」
少女の昔話という話を聞いて、聖女は思い出したように口を開いた。
「国宝の中に天使の羽っていうものがあるっていうのは聞いたことあるわ。何でも大昔、王族の先祖がお忍びで出かけた先で天使と出会った。彼は彼女に恋心を抱いてしまったので天使と離れたくなくてその羽を隠してしまった。結局彼女は彼の前からいなくなってしまったけれど、せめて羽だけでもって大切にしていて、彼は生涯肌見離さず持ち歩いていた。その羽が今でも国宝として大切に保管されている、と言われているわね。あなたの言うものと同じものかは分からないけれど……」
「その話、知っていることを全部教えて!」
「わかったわ」
こうして少女は国宝の天使の羽根について、聖女から有益な情報を得ることができたのだった。




