王妃の機嫌取りと気晴らし
宝物庫を出て王妃と別れる際、数日後に宝物庫をまた見たいと言わなかったのは、頻繁に近付くのは怪しまれると考えたからだ。
とりあえず保管されている場所はわかったし、翼がもぎ取られた状態から悪くなっているわけではない。
翼をさらに分解されるようなことになっていなくてよかったと見た時安堵した。
しかも今の状態なら国宝として管理されているのだから、下手に動くより、多少時間をかけても確実に奪還する方法を考えた方がいい。
あの環境で保管されているのなら急に翼があの場所から移動されるようなことはないはずだ。
それに数日、数ヶ月など天使の時間からすれば大したことではない。
今まで何年もかかる、何人もの人生、生死を繰り返して転生し続けたのだ。
それに比べたら早く手に入れたいという欲求はあるものの、焦る必要はないと自分に言い聞かせれば、そのくらいの感情は抑えられる。
少女がやるようになった事は、聖女の役割を果たしつつ、数日経った頃に疲れたとそれとなくこぼすことだ。
自分がつけた使用人からそれを聞いた王妃は、間違いなく何かしら気遣いの言葉をかけてくるに違いない。
そう考えたのだ。
王妃は、少女が疲れた様子を見せると、お茶に誘ったり、気晴らしにと自分の服を誂えるついでに少女の服を誂えると、少女を頻繁に呼び出すようになった。
少女が王妃に言われた通りにすれば、おいしいお茶とお菓子が用意されていたり、お針子たちが呼ばれていて採寸されたり、仮縫いの試着をさせられたりし、服は完成すると部屋に届けられたりした。
時には服に合わせた小物まで贈られることもあった。
すでに使用人がつけられて、王妃が気を聞かせて色々なものを買い与えたり、娯楽としてお茶に誘ってもらいおいしいものを食べたりする、このような生活ならば、平民の立場から見て恐れ多くも贅沢な暮しと納得しただろう。
今の少女の生活が最初から聖女に提供されていれば、噂も嘘ではないと言えただろう。
だが実際の平民聖女の生活は違った。
お茶の時間王妃に話を聞くと、実は前聖女とはあまり交流がなかったというのだ。
前の聖女は不満を漏らすことなく、淡々と家族のために力を使い、役目を全うするために取り繕っていたので、疲れた様子を表にはあまり見せなかったそうだ。
最初、たまにお茶に誘って話を聞いたりする事はしていたが、彼女はあまり多くを語る事もなく、その場で不満を語る事もしなかったらしい。
王妃は聖女と話ができるのが嬉しくて、本当は何度も声をかけようと思ったのだそうだ。
けれど忙しそうにしている聖女を自分のわがままに付き合わせるわけにはいかない。
王妃が遠慮しているうちに、聖女は巡業のため、頻繁に外を回るようになってしまった。
その結果、王妃と聖女が会う機会はますます減ってしまったのだという。
王妃もたまにしか見かけない聖女様を崇めるだけで、ここにいる時は自分といるより、休息の時間に当てた方がいいだろうと、あまり近付く事はしなかったらしい。
けれど今回のことがあり、その気遣いは完全に裏目に出てしまっていた事が分かった。
同じ事は二度と起こしたくないし、周囲を監視するという意味でも、王妃は聖女に何かと構うことにしたのだという。
天使はそれを王妃の好意として受け取ることにした。
王妃を邪険にしたとか因縁を付けられて足枷をされるのは面倒だし、翼を返してもらうまで、あの翼を狙っているという事を悟られないようにする良い隠れ蓑になるし、交流など大した負担でもない。
正直服など豪華な物は不要だと思っているが、王妃の好意を無碍にはできないし、あってもなくてもいいものなので、受け取っておくのが無難だ。
ちなみにもらった服は、王妃と会う事が分かっている時にできるだけ着用するようにしている。
貴族の服はしっかりしている分、平民の服より重たく動きにくいので普段着としては不便なのだが、王妃の前で着ることで、気に入っているとアピールして機嫌を取っている。
王妃はその姿を見て喜んでいるので、この行動は王妃を味方につけるのに間違っていないと踏んでいる。
約束通りの治療のために力を使い、王妃と頻繁に会うようになり、数ヶ月が過ぎた。
「そういえば、宝物庫が気に入ったと言っていたわよね」
「はい。覚えていていただいて光栄です」
お茶の時間、待ちに待った話を振られた少女は、それを悟られないように驚いた顔を作ってうなずいた。
「短い時間ならまた開けてもらえるように頼んでみるけれど、また行ってみる?実はこの間、聖女様は美術品がお好きなのだから、一緒に美術館で絵画でもと思ったのだけれど、外出の許可が下りなかったのよ」
王妃は聖女に喜んでもらいたいと、一緒に外出する許可を求めたらしい。
けれど、その許可は下りなかった。
まだお披露目されていないとはいえ、新聖女が街や美術館など人の多い所に行くのは危険だからと言われたのだという。
もっともらしい理由をつけているが、逃げられる可能性を危惧してのことだろうと少女はすぐに理解した。
同時に、王妃は本当に聖女という存在を尊重しようとしてくれているのだと感じた。
「わざわざ私のために美術館に行く許可を求めてくれたのですか?」
「ええ。まだ地方を回る予定はなくて、しばらくはここに来る人の治療を進めるだけだと聞いたから、お休みの時に一緒に出かけることができたら、いい息抜きになるでしょう?」
王妃はそういうが、実はは本人が息抜きをしたいという意味もあった。
聖女ほどではないが、用事がなければこの建物、塀の外に出られないし、外出の時も馬車で移動するだけで、街に寄る事はあまりできないのだ。
本当ならば街を歩いたり、観劇をしたり、美術館でも店でもいいから見て歩いたりという事をしたいそうだが、どうしても王妃と言う肩書が、なかなかそれを許してくれない。
だから聖女と共に出かけると言えば許可が出るかもしれないと考えた。
美術品には興味がないが、外に出て別のものに触れるのはいい気分転換になるし、聖女が喜ぶなら別にどこへ出かけるのでもいいと思ったのだ。
そういう生活に慣れている王妃ですら、長い事外出できないと息苦しさを覚えるのだから、まだ外を回る機会をもらっていない上に、元は自由に歩き回っていた平民の聖女にこの生活は苦痛だろうから、そういう配慮をしたかったそうだが、足枷もないのに逃げられたら困る王たちはそれを許可しなかったという。
それで、目新しいものはないし同じものになってしまうけれど、宝物庫を見るのが慰めになるのならと提案したのだそうだ。
この提案を待っていた少女は、喜んで王妃の提案を受け入れた。
「是非、また伺いたいです。前の聖女様のように外を回る機会にはまだ恵まれていないし、治療の時以外、この部屋からも出ることを禁じられているので、少しでも外に出られるは本当に嬉しいです」
少女はようやく待っていたこの時が来たのだと心の奥底で飛び上がりそうなほど喜びながらも、表面上は外に行けなくて残念だけど王妃の心づかいが嬉しいですという複雑な表情を作ってごまかしたのだった。




