少女の要望
「欲しいものですか……」
王妃は購入できるものならお詫びも兼ねて何でもくれるというが、天に帰る事ができるのなら、貴金属もお金も自分には必要なくなるものだ。
もしそれを受け取ることになったら前の聖女とか、今の家族に渡したいところだが、特に今の家族に関しては渡しに行った時点で、家族はいないと言っていたが近しい人間がいたと王族に知られるのと同義だからそれはできない。
だからといって唯一欲しいと思っている物、さすがに国宝をくれとは言えない。
それにあんなものどうするのだと理由を聞かれても正直に答えるわけにはいかないし、正直に話せばそれを理由に死ぬまで働かされるに違いない。
少女が真剣に悩み始めた様子を見た王妃は、それを良い方向に捉えていた。
きっと平民だから、普段購入できないような、欲しいものがたくさんあるのだろうと思ったのだ。
でも何でも口にしたとはいえ、できない事はある。
貴族のご令嬢であればその辺りを忖度して要望をしてくるかもしれないが、平民だからこそ、貴族なら何でもできるだろうと大きな要望を出してくる可能性があるのだ。
それは先に伝えた方がいいかもしれないと、彼女は少女に話を切り出した。
「ええ。何でもいいわ。確かに国を一つとか、他国と戦争になりそうな内容だと困ってしまうけれど、宝石や食べ物なんかだったら融通できると思うわ」
「宝石とかですか」
実感が湧かないといった様子で少女が返事をすると、王妃はやはり迷っているだけなのだと判断して他の商品も提案してきた。
「ええ。女性ならばそういうものがいいと思うの。あと、好みに合わせてドレスを仕立てるなんていうのも素敵じゃないかしら?」
その際は自分が気に入っているお針子なども呼ぶことができるし、一流の品を準備することができると自信を持ってアピールしてくる。
けれど少女からすると、それは宝石以上に使い道のないものだ。
自分のサイズに合わせた服など、人に譲ることすらできない。
着る人のいなくなったドレスなど処分されるだけだ。
もしかしたら造っている間に自分はここからいなくなっているかもしれないし、それは造り手にも失礼だし、税金の無駄でしかない。
できる事なら無駄になる税金を貧しいものに使ってほしいものだ。
少女はそんなことを思いながらも、どうしようか考えているうちに、前聖女が言っていた事を思い出した。
確か彼女は一度国宝のある宝物庫を見せてもらったと言っていた。
とりあえず本当に求める物があるのかどうかを確認する、それだけでも大きな一歩になるのではないか。
それに理由も明確に言える。
少女はとりあえず王妃に自分の希望を伝えて見ることにした。
「それなら一つ、見たいものがあるのですが」
「何かしら?」
欲しいものではなく見たいものとは何か。
何を運びこまなければならないのかと不安に思いながら王妃が尋ねると、少女はその場所と用意していた理由を告げた。
「この国にある国宝とか宝物庫を見せてほしいわ。前の聖女様に素敵なものがたくさんあるって聞いたの。美術館や博物館のようだったと言っていたわ。私そういうものに興味があるのよ。でも、なかなか見に行く機会がなくて」
欲するのは貴族かもしれないが、仕事を請け負うのは平民の技術を持っている者たちで、そこから芸術作品などについての情報は流れている。
そのため技術者、それを目指す者、きれいなものが好きな者など、芸術に興味があるという平民は意外といる。
劇場や美術館は入場の料金が高く入ることができないが、平民でも入口まで行くことができるし、その外観は素晴らしい。
だからその外観を観光がてら見て帰る人も多いのだ。
少女もそういう立場で、一度は中に入ってみたいと思っていた一人なのかもしれないと王妃は思ったようで、微笑みながら前向きに検討すると言った。
「あら、素敵な趣味を持っているのね。そのくらいの事なら叶えられるかもしれないわ。前の聖女は見に行ったことがあると言っていたのでしょう」
「詳しく聞いていないけれど、そういうものがあるって。自由に外へは出してもらえなかったらしくて、その代わりに提供される娯楽の一環だったようだけれど」
前聖女も部屋に軟禁されていたが、彼女は割と王族に従順だったようで、気に入られていたらしい。
だから聖女を外に連れ出すことはできないが、中にある娯楽、庭園で王族とのお茶の席に同席したり、使用していない時間にホールを見せたり、宝物庫のことを教えてもらったりしていたようだった。
お茶会の席には王妃も同席していただろうけれど、その時、彼女はまさか家族があのような事になっていると知らず、幸せに暮らしていると思っていたのだろうから、きっと彼らを悪くは言わなかったのだろう。
ちなみに彼女はおそらく宝物庫に行った事がない。
だからそういう話を聞いたと濁して伝えたのだが王妃は疑うことなく彼女が宝物庫に行った事があると誤認した。
少女としてはそれが誤認であろうと、困る事はない。
結果、王妃がその権利を勝ち取ってきてくれたらいいのだ。
「わかりました。私では宝物庫を開けることはできないので確認しましょう。見せるという約束はできないけれど、確認するという約束はするわ。それでどうかしら?」
「ええ。充分よ」
さすがに直系の王族ではない王妃にその権限はないらしい。
だから確認してくれると約束をしてくれた。
「でもどうしてそこまでしてくれるの?」
少女は素朴な疑問を口にした。
すると王妃は、色々思うところがあったのかため息をついてお茶を口にしてから言った。
「……私たち王族は聖女様のお力を国民に使ってもらうことで威厳を保っているのだもの。当然のことよ。まさか前の聖女様もそのような扱いを受けていたなんて思わなかったわ。私も民と同じように聖女様は良い待遇を受けていると信じていたのだもの。このようなことになって申し訳ないと思っているのよ」
「そう。あなたは何も知らされていなかったのね」
知っているのは本当に一部の者のようだ。
この王妃は上位貴族のご令嬢から選ばれたはずで、その彼女が聖女の待遇について無関心でいたのは、聖女の存在が疎ましいとかではなく、普通のご令嬢と同じ扱いを受けながらも、各地を回って忙しく大変だと思っていたからなのだろう。
きっと前聖女とお茶をしたりしたとしても地方の巡業の話を聞いたりしたくらいで、待遇などについては話題にもならなかったに違いない。
今回も少女に足枷が付けられていなければ、この王妃は平民の聖女の待遇に気がつかなかっただろう。
「否定できないわ。そう言われてしまうと恥ずかしい限りね。この地位にありながら知らされていない事があるなんて」
「つまり、まだこの国での女性の地位は低いということよね。それに知らされていなかったのなら仕方のないことだわ」
「けれどこのような扱いは許されないわ。あなたは犯罪者ではないのだもの。だからできる事はさせてもらうわ」
王妃は少女から目を逸らすことなく言った。
そこに淀みない意志と決意を感じ取った少女は息をついた。
「この足枷を解いてくれたあなたのことを信用するわ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。私はそろそろ失礼するけれど、何かあったら遠慮なく言ってちょうだい。あなたに専属の使用人を付けるから、その者に言ってもらえれば伝わるようにしておくわ」
「ありがとうございます」
王妃との話の後、すぐに専属の使用人が紹介された。
聖女の身の回りの世話などは全てその者たちが行うとのことだ。
王妃自らが紹介しているため、彼女たちは緊張した様子だったが、その中に先ほどの不躾な者たちは含まれていなかった。
別に身の回りのことくらい自分でできるのだが、部屋から出る事ができないので、お使いを頼める人がいるのはありがたい。
少女はよろしくお願いしますと礼をして、王妃の好意として、使用人たちを受け入れることにしたのだった。




