価値観の違い
治療のない日、部屋で過ごしている天使の元に王妃が訪ねてきた。
そこには気まずそうな顔をしている監視の男もいる。
王妃は訪ねて来るなり自分が連れてきた男に少女から足枷を外すように命じた。
男は返事をして少女の足枷を外すと、それを運び出して退室した。
その様子を見ていた監視の男も人払いの際に外に出される。
そして今度はワゴンを押しながら女性の使用人が入ってきて、部屋にあるテーブルの横についた。
王の命でつけられた聖女の足枷を外すよう命令し、彼らを従わせたのだから、王妃にもそれなりの権限があるのは分かる。
だから彼女に対して苦言を言うのは得策ではない。
しかし、その命令をした王妃以外は知らない人間だ。
いくら王妃についている者だからといって、何も言わずズカズカと部屋の中に入ってくるのはどうなのか。
しかも頼んでもいないものを運びこまれてもと不快感をあらわにして言った。
「あの、誰かしら?」
王妃についてきて当たり前のように中に入ってくる人に向けて少女がそういうと、王妃がにこやかに答える。
「私?そうだわ、聖女様ときちんと対面するのは初めてでしたわね。一度廊下ですれ違いましたけれど」
「王妃様はそうですね」
それでも何も言わず、手を止めることすらしない彼女らを少女が睨むように見ると、それに関しても王妃が代わりに答える。
「勝手だけれど、お茶とお菓子を用意したの。お時間いただける?」
王妃の言葉に少女はドアの外にいるであろう人たちの事を考えて言った。
「はい。あちらの管理している人がいいなら……」
「問題ないわ。じゃあ失礼するわね」
王妃がそういうと彼女たちはかしこまりましたと返事をして、それからやはり無言でお茶やお菓子をテーブルに並べ始めた。
そのタイミングで王妃はテーブルの近くにある椅子に腰を下ろした。
そして準備が整って離れる前に一人の女性が王妃に苦言を呈する。
「王妃様が下手に出る必要ないのではありませんか?あの者は平民ですよ」
「黙りなさい。この娘が聖女になられた以上、地位に関係なく敬うのが正しいのです。天罰が下りますよ。お茶の準備ができたのなら下がりなさい」
「かしこまりました」
二人は小声で話していたが、少女にはその会話が聞こえていた。
様子だけ見てもいい話をしていない事は見て取れる。
少女は突然押し掛けてきた上に、不愉快な態度を続ける女性たちの様子を、無表情で見ていたのだった。
彼女たちが離れたところで、毒身は自分がするとお茶とお菓子に手を付けてから、王妃は穏やかな声で言った。
「ごめんなさいね。まさかこんな事になっているなんて……」
王妃の話では足枷は王と一部の重鎮たちによる判断で王妃は関係ないとのことだった。
先日、変な歩き方をしていた事でこの件を知った王妃は、その足で王も元へと向かって諌めたという。
そういえば王妃は今まで謁見や治療の席にもいなかったような気がすると、少女は思った。
とはいえ、足枷の件はともかく、他の事は知っている立場だ。
どちらにしても味方ではないだろうし、いくら聖女を敬うべきと表で発言している王妃でも、前聖女に対する仕打ちもあるのだから、その件も含めて少しくらい嫌みを返してもいいだろう。
「いえ、先代の聖女様はご家族を人質に取られていましたし、生家と隔離された家が監視されていて軟禁状態、それに比べたら、家族がいないだけ私は自由な方かもしれないわ。足枷くらいで済んだのだもの」
本当は今の生でも家族はいる。
けれどここは家族に被害が及ばないよう、家族がいない事を強調しておくべきだと考えてあえてそう言った。
「……その話、詳しく聞かせてちょうだい」
王妃は前聖女の話の方に驚いたのか、目の前の少女の事ではなく、彼女の生家の話を聞きたいと言いだした。
少女も詳細は知らない。
少し聞いた話と、実際に自分が見た事だけだ。
それに身内にそれを実行した人がいるのだからその人に聞いてほしいと思いながらも、全く話さないわけにはいかない。
別に少女も王妃を敵に回したいとは思っていないのだ。
「詳しくもなにも、そのままですけど……。あれから結構経ちましたし、今はどうかわかりませんよ?でも、国王が自ら命じていましたし、その指示で実際、王宮で馬車と護衛だか見張りだかわからないのが手配されたわけで、私より知ってる人はたくさんいると思いますけど」
「……そう」
王妃は困惑したようだが少女の話をしっかりと受け止めている様子だった。
空気が重くなったので、少女は少し今の方に話を振ることにした。
「それにしても、王族か囲っていると聞いていたのに随分な扱いよね。歴代の聖女様もこんな感じだったのかしら?その割に贅沢できてるとか、随分と評判がいいみたいだけど」
少女が言うと王妃は即答する。
「それに関しては、少なくとも歴代の聖女が皆そんな扱いを受けたわけではないわ」
少なくとも足枷をされるような事はないし、過去の聖女の中には王妃となった者も多い。
貴族の令嬢からすれば、家の発展に貢献できる上、本人の地位も向上する。
とても名誉なことだ。
当然、王妃教育と聖女としての活動を両立するのは大変だっただろうが。その分、民からの信頼も厚い。
当然、王宮での生活と破格の待遇が約束されていたので、今回のような事態は想定されていなかった。
「そうかしら?でも、他の聖女様も王族と結婚させられたりしたんでしょう?自分で決めた相手じゃない人と結婚とか、何の罰よ」
貴族にとっては名誉かもしれないが、平民にとっては不幸だと少女が言うと、王妃は少し考えて言った。
「貴族では当たり前だけれど、言われてみれば、そういう考え方もできなくないわね……。前の聖女も平民の子だったのだもの」
「私は嫌だわ、王族と結婚とか」
「そうかしら?確かに多少窮屈になるかもしれないけれど、困ることは何もないと思うわ」
少女が断固拒否すると、デメリットばかりではないと王妃は説明を始めた。
これを否定する事は自分の人生を否定するようなものだから仕方がないのかもしれないと、少女はどこか冷めたように聞いていたが、それと自分がそれを押しつけられるのは別なので、思ったままを口にする。
「自由にご飯を食べに行ったり、市場で買い物したりできるのかしら?私、買い物の時、お店の皆と話すのとかわりと好きなのよ。店員とその時いるお客さんと盛り上がったりしてね。でもお貴族様って、あまり見かけないわ。特に女性は」
少女が自由に出歩けないのが不便だと言えば、その必要がないのにわざわざ外出をするのかと首を傾げる。
「それは、必要なものがあればお店側から家に出向いてくるものだもの。お店側もたくさん商品を売りたいからたくさん持ちこんでくれるし、商品が多すぎて悩むくらいだから、困ったことはないわ。欲しい物がなければこういうものを持ってきてと言えば持ち込んでもらえるし、行く必要なんてないでしょう?」
「そうですか」
「あなたも何か欲しい物があるの?今回のお詫びに、あなたの選んだ物を購入してあげることくらいたやすいのだけれど」
自由にお店を見て回りたいと言う話を出したせいか、王妃は少女に欲しいものがあるのではないかと思ったようで、何が欲しいのかと尋ねてきた。
欲しいもの、もちろんある。
そのために自分はここにいるのだ。
けれどそれを口にするのは悪手だ。
でもそれに近付くチャンスは今しかない。
少女はこの話を上手く利用しようと考えるのだった。




