聖女と呼ばれる人間
聖女、そう呼ばれる女性がこの世には存在するらしい。
深窓の令嬢として生きた時に与えられた本には夢物語のようなものとして書かれていたが、今いる時代には、不思議な力を使える聖女という職業があるらしい。
物語に出てくるような大きな力はないかもしれないが、聖女と呼ばれる職業があるというのだから、その職についている女性が何かしらの力を持っている人間なのは間違いない。
その不思議な力が自分に必要なものなのかはわからない。
だが、仕事としているくらいなのだから、お金を払い、直接お願いしたら力を貸してくれる存在かもしれない。
そのことを知った天使は、再び転生し、ある程度の年齢になってから、聖女というものについて徹底的に調べることにした。
特秘とされていることも多いが、どうやら聖女には、この世の悪を祓ったり、豊穣をもたらす存在らしい。
やはりその存在は天使と似ている。
天使も地上に生きる者が繁栄できるよう視察を行ったり、その力を使ったりしている。
天使は視察をしている時、人間によって翼を奪われ、このような生活を余儀なくされているのだが、それでももし、天に戻ることができて再び天使として活動できるようになるのなら、人間のためにもその力を使うつもりだ。
自分に危害を加える人間もいるが、そうではない人間も多いことを天使は良く分かっていた。
こうして人間として生まれ変わりを繰り返して、親の愛というものにもたくさん触れることができた。
そして思ったのだ。
聖女と呼ばれる人間が天使と同じような役割を持っているのなら、翼も持っているのではないか。
もし翼を持っているのなら、その体を借りて天に帰らせてくれないか交渉できるのではないかと。
その考えに至ってから、天使は聖女にますます期待を寄せた。
そしてどうにか聖女と接触できないかと必死に考えるのだった。
そんな事を考えながら転生した人間の少女として生活をしていたある日。
自分の住んでいる街に聖女様が来ることが決まった。
街は聖女様を歓迎しようという人々が準備を始め、まだ到着したわけでもないのにやたら活気付いて盛り上がっている。
少女はお店を回って買い物をしつつ、噂の聖女様についての会話から情報収集を試みることにした。
「聖女様、巡業で今度はこの街に来るそうだよ。何でもこの道を馬車でパレードするらしい。運が良ければあんたも見られるんじゃないかねぇ」
「おばさん、それ本当?」
「本当さね」
こちらから話題を振らなくても、街はこの話題で持ちきりだ。
だから買い物をしていると自然とこの話が出てくる。
そこに便乗し、さも何も知らない子のようなフリをして、少女は話を振ってくれたおばさんに疑問をぶつけた。
「聖女様って魔法とか使えるんでしょ?」
「それはどうだかねぇ。そんな話は聞くけど、魔法なんてもん見たことないからさ。どうなんだか」
「そうなの……」
魔法、この世界では不思議な力をそう呼ぶらしい。
何回か前に生きた時代にはすでにそのような不思議な力を使う人の物語があった。
そして聖女というのはそのような力を持つ女性のことを示すということまではすでに調べがついていた。
けれどおばさんは首を傾げている。
「聞いた話じゃ、見た目は普通のお嬢さんらしいけどねぇ」
「え?どこで聞いたの?」
「この間、仕入れに隣町に出掛けた時だよ。聖女様は定期的にいろんな街を回ってるそうだよ。それがたまたま今回はうちってだけさ」
おばさんによると、見た目は普通のお嬢さんだが、不思議と彼女の元に行ったら体が軽くなったとか、彼女の周りにキラキラしたものが見えたから、そのお嬢さんは聖女様に違いないと隣町の人に言われたのだという。
「ま、もうすぐ来るんだから、楽しみに待っていればいいのさ。聖女様が来るってだけで街が活気づいたんだ。それだけでも十分な力をお持ちだよ!こっちは売り上げも上がってほっくほくさ。あ、儲かってるって言っちゃったからね、これをおまけしておくよ!」
おばさんとの話は盛り上がり、最後はおすそわけだとおまけまでくれた。
「ありがとう!」
少女は笑顔でそのおまけを受け取って購入した品を入れている袋に入れると、その店を離れた。
おばさんの言う通り、もうすぐ聖女はここに来るのだ。
焦って情報を集める必要はない。
自分の目で聖女を確認すればいい。
そう考えると非常に待ち遠しい。
少女はそれから、そわそわしながらその当日が来るのを待ったのだった。
聖女様が街にやってくるという当日。
聖女様のパレードする道は人で溢れていた。
今日はパレードをして、最後に街の広場で挨拶をするらしい。
少女は馬車のパレードに興味がなかったため、聖女が挨拶をするという広場で、彼女が挨拶をする予定の舞台の近くで待機することにした。
「あれが聖女様?」
「まだ若い女の子じゃないか」
聖女様の馬車が近付いてくるにつれてそんな声が聞こえるようになってきた。
その声と一緒に馬車も一緒に近付いてくる。
そのうち人の歩く音やシャベル声がたくさん聞こえるようになったため、少女が後ろを振り返ると、どうやら聖女様を見た人が馬車の後ろを付いて歩いてきていて、彼らも一緒に広場に到着したところだった。
彼らは聖女様のパレードを見るだけではなくしっかりと話も聞くつもりらしい。
馬車が舞台に横付けされると、馬車を降りた聖女は用意された舞台に颯爽と登った。
そして歓迎のお礼などありきたりな挨拶を始めた。
少女から見た聖女はおばさんの言った通り普通の女の子だった。
けれどこういう場を何度も経験しているのだろう、彼女は堂々と舞台の上に立ち、一人挨拶をこなしている。
見た目はともかく、大勢の前に立たされて堂々と挨拶ができる度胸が備わっているというだけでも聖女は普通ではない。
もしかしたら何度も同じことをさせられていて慣れてしまっているのかもしれない。
内容もありきたり、話し方も淡々としているため、聖女の印象はかもなく不可もなくという感じであった。
「どうか皆様に天の加護があらんことを」
聖女は挨拶の終わりにこう言うと、何かの能力を放った。
その能力は光の粒となり、多くの観客の上に降り注ぐ。
「聖女様が光っているぞ?」
「何と美しい!心が洗われるようだ」
「おや?体が軽くなった気がするよ!」
「言われてみればさっきまでの腰痛がどっかに吹っ飛んだみたいだ」
この光を浴びた人々は口々に簡単の声を上げた。
そしてこの力を奇跡だと言う。
「これが聖女様の力か!」
「聖女様バンザイ!」
「バンザイ!」
話し声はいつの間にか聖女を称える声に変わった。
こうして人々が熱狂的に聖女を崇め、歓声を上げ、その場はしばらく熱狂にしていたのだった。
少女も周囲に合わせて形だけはバンザイをしていたが、頭の中は冷静だった。
天使もその光を浴びたが、同時にこの光を分析することを忘れなかった。
彼女が使ったのは治癒能力だ。
何度もかけたり、一人に使用したりした場合、どの程度の力になるのかは想像できないが、その力の一部に振れた天使には元々そんなに強いものではないことがすぐに分かった。
この程度でも人間にはない力を使っているため、聖女として能力のある者と認定される。
人間が聖女を認定する基準、その一つがわかっただけでも収穫だ。
少女はそんなことを考えながら、一生懸命彼らの呼び掛けに応え一段高い場所から笑顔で手を振り続けている聖女をじっと見上げるのだった。




