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聖女と翼をもがれた天使  作者: まくのゆうき


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天使と王妃

天使が聖女としての生活を続けて一ヶ月くらいした頃、いつものように見知らぬ貴族の治療をして部屋に戻されるところだった。

鉄球の足枷を付けているので、歩く度にじゃらじゃらと音がする。

廊下はカーペットが敷かれているため鉄球その者を引きずっている音はしないが、鉄同士がぶつかる音はそれでは消えない。

もはや歩くたびに聞こえるこの音にもすっかり慣れてしまっていて、音がしても耳障りにすら感じることはなくなっていた。


「慣れって怖いわね。早くは歩けないけれど、これを引きずってても普通に見えるような歩き方ができている気がするわ」


少女がそうつぶやくと、監視の男は少女を睨んだがそれ以上何も言わなかった。

そんな会話がありながらも、いつものように廊下を歩いていると、監視の男に少女は急に手を引かれた。

驚いた少女は立ち止まって男を見上げて声を上げる。


「何よ」

「通路を空けて頭を下げるんだ」

「え?」

「あの正面からいらしているのは王妃様だ」


男がそう言うので通路を見ると、確かに女性が男女数人を伴って歩いてくる。

少女は今の王妃の顔など知らないが、男が言うのだからおそらく間違いないのだろう。


「わかったわ」


少女は返事をして、とりあえず廊下の壁側へと移動した。

そして、少女が移動した後、男は少女の足元を見て隠し切れていない鉄の部分を壁側に蹴飛ばし、スカートに収めきれなかった分は自分が隣に立つことで隠した。



「あら?」


二人に気が付いた王妃が彼らの前で足を止めた。


「あなたが新しい聖女様?」

「ええ……」


声をかけられたので思わず顔を上げた少女は、王妃が思っていたより近くにいたことに驚いた。

驚いたはずみで少女が後退ったその時、足についた鎖を踏み、バランスを崩す。

踏ん張ろう足を引くとそこには鉄球があり、さらに後ろにひっくり返りそうになるが、それを隣で見ていた監視が慌てて聖女が転ばぬよう、横からその背を支えた。


「失礼いたしました。この者は平民で、普段、王妃様との対面など叶わぬ立場ゆえ、声を掛けられ驚いたようにございます」


男が慌ててそう言うと、王妃は笑みを崩すことなく首を横に振る。


「それはかまわなくてよ。私も聖女様に怪我をさせるために声をかけたのではありませんから」

「ご慈悲に感謝いたします」


そう言って男が頭を下げたので、少女も少し遅れて急いで頭を下げた。

だが、王妃の話はそれでは終わらなかった。


「ところで、聖女様は一体何に躓いたのかしら?足元で変な音が聞こえたけれど」


聖女の不自然な動きと、自分が耳にした音、それが気になった王妃が二人にそう尋ねてきたのだ。

男は頭を下げた状態で一瞬顔をゆがめたが、その表情を繕うと顔を上げて何事もなかったかのように言った。


「それは、王妃様の気のせいでございましょう」

「そう」


それでも王妃は気になる事があったのだろう。

自分の従えている者の一人にこう命じた。


「念の為、後で聖女様の躓いた箇所を調べなさい。他の客人で同じようなことがあってはなりません」

「はっ!」


そして王妃は聖女の隣にいる男に再び視線を向ける。


「ねぇ、そこのあなた。聖女様のお召し物、丈が少し長いのではないかしら?その長さでは歩きにくいでしょう。それで躓いてしまったのなら、もっと配慮しなければいけませんよ」


王妃に言われた男は、口ごもりながらもどうにか言葉を発した。


「これは、国王が直々に……」

「そう……」


王妃がそう口にした時、話が長くなりそうだと思ったのか、一人が王妃に声をかけた。


「王妃様、お時間が」

「そうだったわ。聖女様、これからもこの国と民をお助けくださいましね」


王妃は何か用事があってこの廊下を通っていたらしく、最後は聖女に言葉をかけて背を向けた。



「王妃様、初めて見たわ……」


少女がぽつりとつぶやくと、その声に王妃が反応しない事を確認した男は少女に言った。


「行きますよ」

「ええ」


王妃が背を向けて歩き出し、監視の男に移動すると声を掛けられたので、天使はいつも通り歩き出した。

すると、不自然な音を耳にした王妃は、振り返り二人の背を見ていたが、その違和感の原因を理解して声を掛ける。


「待ちなさい。服の下に何か付けているわね」

「え?」


待ちなさいと言われたので聖女も男も立ち止まるしかない。

彼らが止まったのを確認した王妃は、つかつかと二人の元に歩み寄ってくる。


「聖女様が歩く度に金属の音がしているわ」

「そ、それは……」


男は慌てて言い訳を考えていたが、王妃はその隙を与えなかった。

歩けば音がするようなものを下げていて、見えない場所など服の内側しかない。


「聖女様、ちょっと失礼」


王妃はそう告げると、少女の引きずらんばかりの長い衣類の裾を持ち上げた。

その裾の中には鉄球と鉄の鎖、そしてその鎖がつながれた足首があった。

それを確認した王妃は驚いたのかしばらく目を見開いて裾の中を凝視していたが、我に返ると監視の男をにらみつけた。


「これはどういうことですか」

「これは……、国王からの指示で……」

「そう。それならこの丈の長さも理解できるわ」


王妃は聖女に対する扱いを正しく理解したらしい。

そして男が何度も国王からの指示と口にしているので、おそらくそれも間違ってはいないのだろう。

王妃はそういって少女のめくり上げた衣類から手を離して姿勢を正した。

そして何かを言いかけたところで、再び後ろの者が王妃に声を掛けた。


「あの、王妃様、そろそろ……」


王妃についている者が恐る恐る時間がないと告げると、王妃は仕方なさそうに言った。


「この件については私の方で確認いたします」


そう言い残して王妃は二人の前から去っていった。

王妃が背を向けて歩いているので、少女もすぐに部屋に向かって歩き出す。

少なくともそこにいた王妃とその従者御一行にはこの足枷の事を知られてしまったのだ。

別に歩いたら音がする事を隠す必要もない。

そもそも隠したいのは、自分を監視している男、そしてそう命じている国王であって自分ではない。

そして王妃も、さすがに国王からの命令と言われてしまっては、その場で思う事を口にはできなかったのだろう。

だから確認すると言って、立ち去ることになったのだ。

最初にこの鉄球を見た王妃は驚いていたし、男に対する口調も厳しいものだった。

味方になってはくれないかもしれないが、きっと彼女は自分を悪いようにはしない。

何となく天使はそう感じたのだった。

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