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聖女と翼をもがれた天使  作者: まくのゆうき


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貴族の治療

元聖女を家族の元に送って戻ってきたその日、説明をしに来た男が去った後、食事と着替え、就寝の準備以外で人がこの部屋に入ってくることはなかった。

けれども翌日、男は再び現れて仕事があると伝えてきた。

聖女の服に着替えをしなければならないため男を外で待たせ、準備を手伝うため、入れ替わるように入ってきた女性たちに着せ替え人形に用に扱われた。

ここで働いている者は要件を伝える以外無言で、着替えの際に雑談をするようなこともなかったし、終わった際にも終わったと告げられただけで、特におだてたり褒めたりもされなかった。

ここで働いている者はきっと貴族か何かで、ここにいる聖女は力があるだけの平民なのだから、彼らからしてみれば口を利く価値のない者なのかもしれない。

でもそれは天使からすればちょうどいい事だった。

無駄に仲良くなってしまったら、帰る時に後ろ髪を引かれる可能性がある。

だったら最初から親しくならない方がいい。


「行くぞ。付いて来い」


準備を終え退室した女性たちと入れ替わりに入ってきた男は、少女に向かって不愛想に言った。

男は監視役として自分につけられているのだと察した天使は、大きくため息をついて返事をすると、準備を終えて一度座った椅子から立ち上がった。

そしてじゃらじゃらと鎖の音をさせて鉄球を引きずりながら、彼の後についていくことになるのだった。



案内されたのはきれいに整えられた部屋の一室だった。

謁見の間を小さくしたような空間で、扉からまっすぐにカーペットが敷かれていて、その先、部屋の中央奥に椅子がある。

それ以外は何もないが、どうやらここに怪我人などが運び込まれるらしい。

運び込む際、余計なものがあると邪魔だから何も置いていないということなのだろう。

天使がそんな感想を持って入口から部屋の中を見ていると、早く入れといわんばかりに男に睨まれた。

仕方なくおとなしく従うことにして、重い足を引きずって中に進む。

立っていると鉄球を付けられているのを貴族に見られる可能性があるためか、はたまた聖女を崇めているというアピールをしたいのかよくわからないが、とりあえず指定された椅子に座るよう指示される。

ちなみに椅子には、その脚が隠れる長さの豪奢なカバーが掛けられていた。


「いいか。余計な真似はするな」

「余計なって言うけど、治療するのに相手に近づかなければならないわ。場所によっては立ったりかがんだりしないといけないのよ。相手が合わせてくれるなら話は別だけど、まさかお貴族さまが合わせてくれるわけじゃないわよね」


本当に治療をする気があるのかとすごんでみたが、相手の男もなかなかで、それにひるむことなく淡々と告げた。


「それについてはこちらから指示を出す。お前は指示通りに動けばいい」

「そう。まあ、こんなものが付いているのに上手に動ける自信はないけれど、まあいいわ」


そういって天使は聖女としてその椅子にどっかりと座る。

すると男は鉄球と鎖を見えないように椅子の下にしまいこんだ。

カバーも鉄球を隠すのに必要だからこのサイズなのかと、天使は思わず苦笑いした。



そうして少女が仰々しい椅子に着席し、準備ができたことを男が外に知らせると、程なくして一人の男性が中に入ってきた。


「初めまして新しい聖女様」

「こんにちは。あなたが治療を受ける方なのかしら?」


入ってきた男はいたって健康そうだ。

怪我をしている様子もない。

では何をしに来たのかと思い少女が訪ねると、その男は恭しく頭を下げた。


「いいえ、治療を受けるのは私ではなく息子です」

「そうよね。あなたの体に異常はなさそうだもの」


思わず本音を漏らすと客人には見えない位置から監視役の男が少女を睨んだ。

だが、男は自分に治療する場所がない事を瞬時に見抜いた聖女を、本物と認識し、目を輝かせた。


「見た目がずいぶんなため、外で待機させてございます」

「見た目が?」

「服が破れ、傷だらけなもので……。慌てて連絡しましたら、今日は偶然にも聖女様はお休みであると伺い、無理を申しました」


休みとは何の話だろうかと、少女が男の方に視線を送ると、話を合わせてそのまま続けろと言いたげにしている。

何となく空気が読めたので、少女の姿をした天使はこの状況に合わせてみることにした。


「そういうことなのね。別に構わないけど、さすがに本人の状態を見ないで治療とか、そんなことはできないわ」


少女がそう言うと、男は迷わず客人に言った。


「こちらに呼びなさい」

「はい。では……」



この男は聖女の付き人のように振る舞っていて偉そうだ。

実際地位のある人間かもしれないが、お金を払って治療を養成している側に対して随分大きな態度だ。

これではどちらが客か分からない。

だが客人はそれに従って、一人の少年を連れて戻ってきた。


「失礼いたします」

「まあ、たしかに随分とひどい」


確かに男が連れてきた少年の見た目は痛々しい。

けれど自分で歩いているし、痛そうにしているが、たいしたことはなさそうだと判断した。

だが、頼んでくる男性は本気で頭を下げている。


「お願いします、聖女様。どうか……」


ボロボロの服だが大した怪我ではないだろうとここで口にするわけにはいかない。

多分間違っていないのだが、それはきっと誠意のない対応と言われてしまうだろう。

それを回避するため、少女は誠心誠意対応する姿勢を見せることにした。


「ちょっと服を開けて見せてもらえる?これじゃあどのくらい怪我をしているかわからないわ」

「ですが……」


思わず依頼主の男性はそうつぶやいた。

傷をさらすのがというよりも、少女の前で自分の息子の服を脱がせるという厚意に困惑している様子がうかがえる。


「貴族の子息なら、世話をしてる女性たちに、着替えの時は肌を見せてるのでしょう?治したいなら言われた通りにして」

「は、はい……」


男性はそう言うと、何も言わない息子の上着を手ずから脱がせ始めた。



少年の傷を見て少女はため息をついた。

思った通りではあったが、たいした傷ではなかった。

数が多いので傷だらけだが、一つ一つの傷は浅いし、放置していてもふさがる程度のものだ。

正直、平民だったら放置するか、多少消毒をしたり塗り薬を塗ったりするかもしれないが、大金を払って聖女を訪ねることなどない。

こんな傷ごときで聖女の力を頼るのかと思ったのだ。


「あの……」


傷だらけの体を見せて気分を害したのかと不安になった男性が恐る恐る少女に声をかける。

だが別に怒っているわけではない。

少女は呆れたように言った。


「これは薬を塗れば治るものじゃないかしら?」

「ですが、傷跡を残すわけにはまいりません。どうか……」


少年の体に傷を残したくない、その傷が将来に響くかもしれないと男性は言う。

別に人前で服を脱ぐ機会など滅多にないだろうと思うが、こういう傷ですら汚点になることがある、それが貴族というものらしい。

とりあえず目の前の男が大金を積んでも聖女に頼った意味を理解した少女は、念のため何をしてほしいのか確認することにした。


「そういうことね。傷を塞いで治すのではなく、傷跡も消ふさなければいけないのね。わかったわ」

「あの、一度で治りますでしょうか」


そう尋ねられて、そう言えばお金を集めたそうにしていたのだったと思った少女は再び男の方を見た。

愛想のない表情をしているが何も言いたそうにはしていないので好きにしていいようだ。

そのため、少女は一応監視に忖度して、話を進めることにした。


「たぶんいけるわ。できる限りだから、力が足りなかったら申し訳ないけど」

「いえ、お願いいたします」


たぶんいけるという曖昧ながらもできそうだと期待できる言葉を信じ、男性は少女に頭を下げた。

正直薬で治して、少し跡が残っても、それすら時間が経てば消えるだろうものなのだが、きっと彼らには大金を出さなければならないような事情があるのだろう。

これ以上詮索してもやる事は変わらない。

それならばさっさと済ませてしまおう。

少女は監視の方をちらっと見た。

監視の男が黙ってうなずいたので、始めていいということらしい。


「じゃあ、始めるわね」


念のためそう言って、少女は少年の治療を始めるのだった。

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