天使の仕事
元々囚われていた聖女と入れ替わり聖女となった天使は、翌日から彼女が行っていたという仕事をすることになった。
翌朝、鉄球を付けられたままの聖女は、訪ねてきた使用人の女性たちに着替えさせられる。
その服のデザインは正に聖女っぽいとでも言えばいいのか、真っ白なワンピースで、所々にシルバーの細かい飾りが付いているのか、角度によって時々輝いて見える。
だが、前聖女との最大の違いはスカートの丈の長さだ。
少女と元聖女の体つきはほとんど変わらない。
それはもちろん横幅だけではなく縦の長さもだ。
身長も体形も変わらないので、本当ならば元聖女の服をそのまま着せればいいはずなのに、なぜかそれは使い回しせず、無駄に丈の長いスカートのワンピースをあてがわれた。
もちろん元聖女は聖女の正装となる服などは持ち帰ったりしていない。
だからそれはこの場所に残っているはずなのだ。
「ねぇ。これだと丈が長くて転ぶと思うけど……」
少女がそう訴えると、使用人たちはこれを着せるようにとの言いつけなのでとだけ答えて早々に立ち去ってしまった。
そんな女性たちを見送った天使、もとい新聖女はため息をついた。
彼女たちは明らかに自分に同情をしていた。
おそらく原因は足に付けられている鎖と鉄の塊だ。
大切に扱われるはずの聖女がこのようなことになっているのが不憫なのだろう。
そして天使は同時に気が付いた。
無駄に長いこの丈、これはおそらくこの足についている物を隠すためにあるのではないかと。
つまり巡業はわからないが、この建物の中にいる間、聖女の仕事をしている間もずっとこの足枷は取ってもらえないということに違いない。
でなければ、部屋の家具などは使い回ししているのに、着られる聖女の正装を使い回すこともせず、わざわざこんな謎の服を着せる理由がない。
理由が分かればこの服も納得だが、とにかく歩きにくい。
それでなくても鉄の塊を引きずって歩かなければならないのに、この鉄の塊を隠すためのスカートは床を掃除している上、時々この鉄の塊が内側から乗っかってしまうので、思わずつんのめってしまう。
今は部屋の中だからまだいいが、この状態で廊下などを歩きたくはない。
ある意味、この服は脱走させないためにはとても有効だと思うが、鉄球の攻撃を受けた素スカートの裾はすぐにぼろぼろになるだろうとも思う。
着替えを終えた聖女の元に仕事の説明をすると部屋を訪ねてきたのは昨日と違う男だった。
自分を案内した昨日の男はガタイがよく、どちらかといえば横柄だった。
だがこの男、口調は淡々としているが、横柄な態度をとることはない。
おそらく昨日の男が案内することになったのは、天使に鉄球を付ける必要があったからだろう。
「前の聖女から話は聞いているか?」
「ええ、少し」
「そうか。とりあえず聖女の仕事は、その力を使い、この国の災いを祓ったり、降りかかったものを取り除くことだ。あとは民の前に顔を出し、彼らを安心させることもする。まあ、我々の言う通りにしていれば問題ない」
「わかったわ」
本当はあまり聖女から仕事の内容は聞いていない。
でも彼女から感じた力の強さや、今の話の内容から、自分が何をすればいいのかは分かる。
だから天使は素直にうなずいた。
「それから、基本的に仕事以外の時はこの部屋で生活してもらう。食事もここに運ぶし、要がある場合はそこにいる使用人たちに声をかけてもらえばいい。できる事は対応する」
「つまり、できない事もある、ということかしら?」
「もちろんだ。例えばその鉄球を外すことは、我々にはできない」
「そうなの。それは残念だわ。王命らしいものね、これ」
天使は足元を動かしてわざと鉄球についている鉄の鎖を動かして、じゃらりと音をさせてから続ける。
「じゃあ、何ならできるの?」
「部屋でできる趣味のようなものがあれば善処する」
その言葉に天使はため息をつくしかできなかった。
確かに何度も転生しているので、過去やったことのある、思い付くものがないわけではない。
だが平民にお金のかかる趣味に時間を割く余裕などない。
ここにいる人間にはきっと理解できないのだろう。
「趣味……?特にないわね。ねぇ、あなたたちは知らないかもしれないけど、貧乏人って、子どもの頃から普通に働くのよ?当然、私もお仕事を手伝ったりして収入を得ていたわ。だからこんなところで一日何もしないでいたら、そのうち気が狂ってしまうかもしれないわね」
半分は本当で半分は嫌みだ。
そしてこんな扱いをしていたから、前の聖女様は体を壊して、能力が使えなくなったのではないかと示唆してみる。
だが、彼は首を横に振った。
「そのうち慣れるだろう。前の聖女様も最初は退屈だったとおっしゃったが、気が狂った様子はなかった。それにここ数日、聖女が仕事をできなかった分、治療の要望が溜まっている。仕事ができないという心配をする必要はない」
「そう。じゃあ私は早速、酷使されるってわけね。一日何人くらい治療するのかしら?」
仕事があるのなら数日はそれをこなしていればいいだろうと考えて尋ねると、男は少女を睨んだ。
「そんなことはしない」
「え?」
「重い病気や酷い怪我の人間は一日一人だ。それ以上はよほどのことがない限りない」
これは聞いていなかったのでさすがに驚いた。
聖女が治すのは一日一人なのだという。
「ちょっと、それじゃあ、優先されなかった人はどうなるの?」
「それはこちらの責任ではない」
重症だから高いお金を積んで治して欲しいと聖女に依頼に来ているはずだ。
それでも一日一人という。
「そう。じゃあどうしてそのように人選しているの?」
「王のお考えだ」
「つまり聖女の命が削れるのは構わないということだから、別の思惑が働いているということね。それを説明してもらえるかしら?」
先ほど睨まれたので、少し威圧を込めて睨み返すと、それに気圧されたらしく目を泳がせてから彼は答えた。
「王は、貴族からお金をもらって聖女を治療に当てることにしている。だからと言って一日に何人も、完全に治すなどしては……」
「ああ、収入が減っちゃうからってこと」
どうやら一日一人、もしくは完全に治さない人間を数人、というのが治療スタンスらしい。
確かに一度に治してしまったら、その人の治療は終わってしまってそれ以降その貴族からお金が取れなくなってしまう。
もしかしたら最初からそうではなかったのかもしれない。
たまたま前の聖女が一度に治しきれないような重篤な患者に当たった時、それを見た王族が思いついたということも考えられる。
だがその考えは目の前の男によって否定された。
「それもあるが、聖女が一日に何人もの人間を平気な顔で治せるとわかったら、聖女の価値が下がってしまう。そうなった結果、囲っている国の価値も下がる。それを防止するためだと思われるが、我々もそこまでは聞かされていない。それに軽い怪我などは何人も治せても、重傷の人間を治すと聖女様はかなり疲弊されていた」
別に病気の人がずらりと並んでいるところに案内されるわけではない。
お金を積んだ人間が、国王にお伺いを立てて治してほしいと願い出る。
そして動けるならば一緒に本人が来るし、動けないような場合は聖女が尋ねるのだろうが、それは依頼した人間の言い分に過ぎず、怪我や病気の当人が願い出てくるとは限らないのだ。
「怪我や病気に関しては確かにそうね。相手からすれば酷いものでも、実はそうでもない事もあるし、逆の場合もあるわ。実際に見るまでそれは分からないから、そういう意味では正しいかもしれない。それにしてもどこまでも、王族ってのは……」
自己中心的な生き物なのねと言いかけたが、ここはそんな彼らが住まう本拠地だ。
せっかく今までで一番近い位置まで来られたのだから、ここで無礼を働いて殺されるようなことがあってはならない。
何より目の前の人間も、王族に仕える者。
迂闊なことは言えない。
「まあいいわ。じゃあ、お菓子を食べながらお茶がしたいとか、本が読みたいとか、寝たいから起こさないでとか、そういうことをお願いするならいいのね。あ、寝る時、これがあるからベッドに持ち上げるって言われているんだったわ」
「ご理解が早くて何よりです」
「じゃあ、早速だけどお仕事がないのなら一人になりたいわ。お茶はあれを使っていいのよね」
「はい。そのくらいなら私が……」
「自分でできるわよ。平民なめてる?」
睨まれた男は、なぜか少女に少し恐れを成して後ずさった。
「いえ……」
「もういいかしら?」
「はい。では失礼いたします」
そう言って彼は部屋を出ていった。
結局仕事についての説明はほぼなかった。
この会話でわかったのは王族がいかに自己中心的なものなのかということだけだった。
少しでもこの国の事を考えて行動しているのなら、帰る前に少しくらい協力してもいいと考えていたが、その必要はなさそうだ。
ここにいても前の聖女の志である、多くの人々を助けることだって叶わない。
金を出す貴族に金を出させるための道具にされるだけなのだ。
重い鉄球を引きずりながら自分でいれたお茶を立ったまま飲んだ天使は、そのまま今後の事を考えるのだった。




