聖女生活と足枷
「今日からここがお前の部屋だ」
そう言って案内役の男が部屋のドアを開ける。
元聖女を見送ってから、一人出発した建物に戻された天使が案内されたのは、今朝まで聖女の使っていた部屋だった。
ここにあったもののほとんどは彼女の私物だったはずなので、今この部屋にそれらしい物は何も残っていない。
そして朝まで人が使っていたとは思えないほどに丁寧に掃除がなされていて、同じ部屋だとは分かるものの、非常に殺風景な印象だ。
「あら、ここって昨日泊まった聖女様のお部屋じゃない」
少女がそう言うと、男はさっさと中に入るよう促す。
しかしここで逆らっても仕方ない。
とりあえず大人しくそれにしたがって天使は部屋の中に数歩足を踏み入れた。
すると男はドアを開けたまま、その入口に立ちふさがるように立つと、どこからともなく鉄球のついた鉄輪を取り出した。
おそらくドアの裏に隠れるような位置にあらかじめ用意されていたのだろう。
「あなたにはこれを付けてもらう」
鉄球を持ったまま男が近寄ってきたので天使は思わず後ずさる。
「なあに、それ。随分と物騒なものが出てきたわね」
笑みを浮かべつつもあまりいい気がしない。
聖女は顔をひきつらせたが、男はそれに動じなかった。
「脱走防止用だ。足の骨を折られたくなかったら大人しく付けておけ。これは王の命令だ。失礼」
「ちょっと!」
失礼と言いながら男が屈んで天使の足首を掴んだので驚いた拍子に反射的に天使は言葉を発したが、男はその程度のことで足輪を付けるのを止めることはなかった。
結果、少女の足には鉄球が、鎖に繋がれた状態でくっついてくることになった。
少し足を動かしてみた結果、歩くだけでも重たく、足首にものすごく負担がかかるだろうことが分かる。
「あなたはここに忍び込んでいた経緯がある。どのようにしたかは知らないが、脱走の恐れがあるとのご判断だ」
「そうなの?」
「そんなあなたの代わりに、前聖女を開放したのだからこのくらいされて当然だ」
能力の高い聖女を得るために、能力を失くした聖女を解放したことになるはずなのだが、彼らからすれば能力が低くなった前聖女であっても、能力が回復する可能性があるのだからしばらく拘束しておけばいいし、聖女が一人である必要はないらしい。
要は利用できるものは使いつぶすまで利用するというスタンスなのだろう。
一応使いつぶしたことにしたはずなのにと天使が小首を傾げつつ、確かに自分が逃げたら聖女不在になってしまうので王族たちは大変困るのだろうという結論に行きついた。
「つまり、あなた方も私が逃げられると思っているということね。別にしないけど」
天使には目的がある。
目的を達成するまでこの場所を離れるつもりはないのだが、それを彼らが知っているわけがない。
それにその目的を知られたら、それを盾に取られる可能性がある。
だからあえてそこに触れないよう注意を払う。
「まあいい。とりあえず部屋から出ないように」
男はとりあえず目の前の少女に鉄球を付ける役割を終えたこともあり、そう言いながら少女から離れた。
「ドアを開けたらあなた達がいるんでしょう?勝手にいなくなったりしないわよ」
「そうあってほしいものだな」
男がそう吐き捨てて出ていこうとしたので、天使は彼を引きとめた。
「ねぇ、食事とかは出るのよね」
「出る」
男としてはできるだけ新聖女と関わりたくないのだろう。
だから一言で返したのだが、立ち止まった男に天使は自分への扱いにムッとしたように言った。
「ちなみに、湯浴みの時や、寝る時はどうすればいいのかしら?まさか床に寝ろと?こんなのつけなくても、外から鍵でもかけておけばいいじゃない。これじゃあ寝る時にベッドに上がることもできないわ」
「そこにベルを置く。用事があればそれを使えば人が来る。もしベッドに上がれなければ、鉄球ごとベッドに乗せてやる」
そう言って呼び鈴をテーブルに置くと、売り言葉に買い言葉なのか、男は少女を冷たく睨んだ。
前に聖女と違って文句が多く、口が達者だと少し苛立ったのだ。
「……大体のことはわかったわ。でも、前の聖女様はそんなもの付けていなかったわよね?足に重りの足枷なんて、まるで奴隷だわ」
「前の聖女には人質がいたからな」
「なるほどね。私には人質に取るような家族がいないから、本物の足枷をつけるって訳ね」
「理解が早くて何よりだ」
男はつい聖女に対する扱いの真実を漏らした。
それはすでにここにいる少女は知っていたことだが、本来であれば機密事項のはずだ。
少女が受け流したこともあり、男はそのことに気が付かなかったが、聞いていた少女、もとい天使としては複雑だった。
心やさしい彼女は、ここで大変辛い思いをしたに違いない。
「何不自由ないとか言うけれど、所詮、聖女なんて道具に過ぎないというわけね。まあいいわ。あなたに言っても解決しないでしょうし」
「その通りだ」
天使が嫌みを込めて投げやりに言うが、男はそれをただ肯定する。
「で、この後はどうなるのかしら?」
天使が再び男に質問すると、男は天使を再び睨んで冷たい言葉を投げかけた。
「これ以外は、前の聖女と変わらぬが?」
話は聞いたのだろうと言いたげだが、短い時間で全ての話を聞けたわけではない。
天使はため息をついた。
「いや、さすがにあの子が見えないところでどんな生活していたかなんて知らないわよ。私が知ってるのは、王宮に来たお貴族様の治療に能力を使うとか、巡業してキラキラ〜とかしてみせることくらいよ?普段はどうしているの?」
「基本的にはこの部屋の中での生活だ。貴族はここにある専用の部屋に上がるから、そこに行って治療だ。巡業以外の外出や面会はない。あとは、たまの息抜きといって王族が遊びに連れ出したりするくらいだな」
「そう……。充分不自由ね」
必要な時以外は部屋から出してもらえないということだろうと理解して天使が言うと、その言葉が癇に障ったのか、男は大声を上げた。
「食べるのに困る者が多い中、三食きっちり食事ができて、きれいな部屋まで提供されているんだ。充分贅沢だろう」
「それはあなた達が聖女に死なれたら困るからでしょう?別に鉄球をつけたまま外に放り出してもらっても構わないわよ。誰かに助けてもらうから。でも、助けてくれた人に私は訴えるのでしょうね。聖女ってこんな扱いを受けるのよって」
「……」
自分の大声に怯むどころか、大声を出して対抗してきた少女に驚いて、男は思わず口ごもった。
それをいいことに天使は畳みかける。
「あなたではどうしょうもないでしょうけど、聖女が文句を言っていると伝えて頂戴。それならあなたは伝えただけで済むでしょう?判断は上に丸投げすればいいのよ。何なら真意を確かめに本人を連れてきたらいいわ」
「わかった。伝えよう」
確かにこの少女の言う通りだ。
聖女は王宮で何不自由なく暮らしていて、三食しっかり食べて、きれいな服を着て、とても大切に扱われていることになっている。
だが実態はこれだ。
もしこの内容が世に広まったなら、聖女は同情されるだけで済むだろうが、王族とその周囲の人間は民から非難を受けることになる。
自分に対抗して今のような大声を上げるような事ができるこの少女を、今の状態で巡業に出したなら、皆の前に立った瞬間、何を言い出すか分からない。
王族のためだけではなく、その庇護を受けている自分たちのためにも、少女がこのような蛮行に及ばないようにしなければならない。
男はそれを胸に少女の部屋を出ると、外から鍵をかけて立ち去ったのだった。




