力の再現
天使と王、二人の生んだ沈黙を破ったのは王の側近の一人だった。
「僭越ながら進言いたします。かの者をここにお連れしたのは、本当に聖女の力を持つものかどうかご判断いただくためでございます。でなければこのような無礼なものは早々に御前から下がらせるべきです……」
「ああ、そうだな。ではその者、やってみろ」
天使のあまりにも敬意を欠く態度に、王も声を上げた側近も、その周囲にいる者も不快感を隠さない。
その様子を同席している聖女はひやひやしながら見ているが、天使は怖気づく様子もなく堂々と発言する。
「意味がわからないわ。そもそも怪我人がいないじゃない。そういえばさっき、そこの人が再現してもらうとか言っていたけれど、まさか聖女に危害を加えるつもり?随分なところね」
再現というのだから、自分が治した聖女に再び怪我を負わせるところからかと冷たい口調で天使が問うと、王は言葉を詰まらせた。
確かに天使が誰かを治すことを前提とするならば、天使の言う通り聖女に再び怪我を負わせるか、代わりの怪我人を用意する必要がある。
けれど今の聖女を別の聖女の能力を確認するために傷つけたなど、民衆に知られるようなことがあれば醜聞になりかねない。
そうなると選択の余地はない。
代わりを用意するしかないだろう。
「確かにこの者が嘘を言っている場合、聖女が使いものにならなくなっては困る。ではここに怪我をしている者はいるか!この者に治療させよう」
王がそう声を張るが、さすがに得体のしれないものに自分やその身内を治療させようとは思わないらしく、立候補する者はいない。
側近含め、周囲にいる人間もお互いに顔を見合わせているだけだ。
「あら、治す人がいないのなら、ここには私どころか、この聖女も必要ないじゃない」
天使は彼らの反応を見てさらに煽った。
すると、された方の王はいら立ちを隠すことなく声を荒らげる。
「おい!何でもいい。怪我人を連れてこい!」
「かしこまりました!」
怒鳴られて、ようやく側近数名が慌てて怪我人を探すため退室した。
その様子を睨むように見送りながら、王は天使に向かって言う。
「それでだ。本当に治せるのだな」
「そうね。聖女様と同じ力なのだから、聖女様が治せるものならできるんじゃないかしら?怪我人がきたらやってみるわ」
天使は怯むことなく、その力を再現して見せると王に言い放った。
それからしばらくの間、王と天使の二人は周囲の困惑をよそに、再び睨み合うのだった。
しばらくして、どこからともなく探しに出た者たちが引きずるようにして怪我人を連れて戻ってきた。
どうやら足を怪我しているようで、自分で歩けず逃げられないことから選ばれたことが察せられる。
「聖女、この者の傷、お前なら治せるか?」
「えっと……、今までの力を使えば治癒は可能だと思います」
聖女が本当のことを言いかけたので、かぶせるように天使がそれを否定する。
「あら、それは無理よ。だって、この人はもう自分の傷も治せないほど弱っているじゃない。今までは知らないけど、今は無理なんじゃない?」
天使の言葉を聞いて苛立たしそうに王は聖女に尋ねた。
「どうなのだ?」
「は、はい……。今は調子がよくありませんので難しいです……」
聖女は天使の言葉で自分のやるべきことを思い出して、自分の発言を否定した。
それに乗じて天使がダメ押しをする。
「ほら。でも私なら簡単に治せるわ。そろそろやってみていいかしら」
「そうか。見せてみろ」
王が見せろと言うので、天使はいかにも無理矢理連れてこられた人物の元に近付いた。
見た目普通の少女に近付かれて、怪我人は不安そうに彼女を見上げている。
少女は不安そうにしている人物を安心させるため笑みを見せると、怪我をしている人物に迷うことなく力を使った。
天使の手から光が放出され、怪我の様子が分かるようにと、わざわざむき出しにされていた傷口がどんどんふさがっていく。
そうして傷がなくなったところで天使は怪我をしていた人物に尋ねた。
「どう?」
「すごい……」
引きずられないと歩けないような怪我をしていたはずなのに、当人は痛がることなく立ち上がった。
そして何度も怪我をしていたところを動かしながら不思議そうにしている。
「どうやら本物のようだな」
その様子を見て王が唸りながらそう言うと、天使は深刻そうな表情を作って王に進言する。
「これでわかったでしょう。この人はもう限界なのよ。きっと命も短いわ。だって自分の命を削って多くの人を助けてきたのだもの。そうでしょう?」
「それは……」
確かに現聖女には大きな後ろ盾はない。
だからそれをいいことに、彼女の家族を人質にとって、今までの聖女の何倍も働かせてきた。
その後ろめたさもあり、少女に聖女は命を削りすぎて力を失ったと言われ返答に困っていた。
王がどう返すか考えていると、同じ力を持つ少女は王に追い打ちをかけるように言った。
「それにこの人に私が聖女の力と呼ばれるものを使って傷を治したのに、顔色は悪いままだわ。でも今ここに連れて来られた人はもうこんなに回復しているわ。それはきっとこの聖女様がそれだけ命を削ってしまったってことよ。聖女の力って、受けた人は体調が悪くてもよくなるものでしょう?聖女の力を浴びた民衆なんて皆、体調がよくなっていたじゃない。私はさっき、この人に対してだけ力を使ったのに、全然良くなっていないわ。きっともう長くないのよ」
「そういうものか?」
王が気まずそうに確認すると、少女はうなずいてから顔を上げてじっと王を見据える。
「あなたたちは、せめて最期くらい、家族の元で穏やかな生活をさせてあげようとか思わないの?」
王の罪悪感を逆手にとって天使が言うと、王は眉間にしわを寄せ、表情を険しくした。
「でもそれでは聖女の仕事を誰が行う」
「そこの人にも言ったけど、少しくらいなら私が代わってあげてもいいわよ?」
「ふむ……」
「別に無理にとは言わないわ。でもこの子が無理なのは変わりないわよね。私でも次が見つかるまでのつなぎくらいにはなれるんじゃないかしら?力はさっき聖女の代わりに傷を治した通りよ」
さすがに聖女を能力が使えなくなるまで使いつぶしたことを外に知られるわけにはいかない。
それならば能力の使える少女に早いうちに交代させた方がいいだろう。
何より本人がそれでいいと言っているのだ。
気が変わる前に取り込んだ方がいい。
王はそう踏んで結論を出した。
「わかった。新聖女としてそなたを迎えよう」
王がそう宣言したのを聞いた少女は、その言葉を受けて王に対し条件を出した。
「ああ、でも、それにはこちらからも条件があるわ」
「何だ?」
何かとてつもない条件を出してくるのではないかと少し警戒しながら王が尋ねると、少女は笑みを浮かべて言った。
「彼女とその家族の暮らしを保証すること。私を含め、この先、すべての聖女となる者、引退した聖女やその家族に危害を加えないこと。あと、私にも聖女としての生活を保障してね。それが条件。飲めないのなら、この話はなかったことにして、私が彼女を家族の元へ連れて帰ることにするわ。どうする?」
「いいだろう」
王はあっさりと了承したが天使は彼らの狡猾さを知っている。
だからそれを確認させるよう更なる要求をした。
「そう。じゃあ彼女を家族の元に送り届けましょう。私も同行して見届けるわ。道中で何かあったら大変だもの。移動中に死んでしまっては大変だわ。まさか弱っている聖女を馬車に押し込んで、家の前で放り出したりするようなことはないわよね?」
「……わかった。明日までに手配しよう」
王は自分の考えが見抜かれたように感じ少し驚いたが、多くの側近たちの手前それを表に出すわけにはいかない。
そのため少女の出した条件を飲むという選択しかできない。
王が諦めて渋々承諾したところでこの日の謁見は終わったのだった。




