騒ぎの行方
廊下があまりにも騒々しくなったため、騒ぎを聞きつけて、それなりの地位の人間がやってきたらしい。
「ずいぶんと騒がしいな!何事だ!」
その声を聞いたギャラリーたちは一斉に静まり返った。
そして壁側に張り付くようにして並ぶ。
「せ、聖女の部屋に聖女が……」
騎士の一人がそう言うと、その声の主は騎士を鋭く睨んだ。
「何をわけのわからんことを言っている!」
「聖女様の部屋に、同じ力を持つ少女が現れまして……」
そう言われてようやくドアの間聖女の部屋の異変が原因だと察したのか、その声の主は聖女の部屋の方に目をやった。
するとそこには聖女と、その隣に立っている少女が目にとまった。
「お前は誰だ!」
「私はこの人を救うようにと天の啓示を受けてきたのだけれど……」
天使は別の人から同じ質問を受けていたので、祖語の出ないよう同じように答えると、聖女がその男の方を向いて堂々と言った。
「私が説明いたします。たまたま私がここで指から血の出るような怪我してしまって、彼女がそれを聖女の力で治してくれたのです。私が自分の力で治せなかったものだから……。それで皆、彼女の力を見て驚いているところです」
聖女はうまく問題をすり替えた。
関係のない人間がここに忍び込んだこと、そんな侵入者を許したことの方が本来は大問題だし、そもそも女性が悲鳴を上げて驚いた理由も、聖女が怪我をした理由も、天使いることによって引き起こされたのだが、あえてそこには触れずに、素晴らしい力を持っている者がいると表現する。
「聖女の力を持っているのか……」
天使が聖女の近くにいるせいか、威嚇しながらも不用意に近付かないようにしながら男は天使に尋ねた。
「聖女の力っていうのは分からないけれど、このくらいの怪我なら治せる力を持っていたから、治してあげたのよ。だって私はこの人を救うようにって啓示を受けたのだもの」
男に怯える様子もなく、しれっと少女は答えた。
そして誰も何も言わないのをいいことに、少女は話を続ける。
「会ってみてわかったわ。この子は力を人のために使いすぎてしまったのよ。だから天は彼女を助けるように命じたのだわ。あなた、こんなところにいてはだめよ。おうちへ帰りましょう」
天使は聖女の手を取るとドアの方に向かった。
だが、すぐに我に返って騎士たちにドアの前を塞がれる。
「聖女様をどこに連れていくつもりだ!」
「あら、聖女って家にも帰れないの?」
「……そ、それは」
聖女は国が保護していて、大事にされていることになっている。
まさか軟禁されているなどとは思われていない。
少女がそれを逆手にとる形でそう質問したため、騎士もどう答えていいか迷っているのだ。
ここで否定すれば少なくとも外部の人間に聖女を軟禁している事実が知れてしまう。
確かにその後、この少女を捉えてしまえば問題ないだろうが、この少女の素性だってわからない。
もし家族がいたら、仲間がいたら、この少女を探す何者かがいて、ここに来たはずなのに帰ってこないと騒がれるようなことになっても厄介だ。
だからと言ってそう簡単にここを通すわけにもいかない。
少女が堂々としている上、聖女の力を見せられた騎士は、目の前の少女が不審者であることをすっかり忘れ困惑していた。
偉そうにしている男に、今度は別の人物が声をかけた。
「どうされたのですか?」
「あ、あの……」
偉そうにしていた男はその姿を確認して動揺していた。
その様子から察するに彼よりもさらに地位の高い人間なのだろう。
そしてその人物はとても冷静に状況を把握するべく他の人間に話しかける。
「一体何の騒ぎです」
「いえ、そこの少女が聖女を連れだそうとしておりまして、それを止めておりました」
ドアに立ちふさがっている一人がそう答えると、その人物は不思議そうに尋ねた。
「そうですか。で、この少女はどなたですか?聖女の部屋に人を通すことは禁じているはずです。面会も面会室で行うよう命令が出ているはずですが」
冷静な男性はそういうと、答えている人物には目もくれず、部屋の中にいる少女ににっこりと微笑みかけてきた。
随分と余裕がある様子だ。
だったらこっちも腹芸を返すまでと少女も笑顔で応戦する。
「まあ、そうなの?私は天から啓示を受けてその通りに動いたらこの部屋に着いたのよ。それでこの部屋にいる人が弱っているから助けるようにと」
「聖女様が弱っているとはどういうことですか?」
聖女の体調が悪いのはここ一週間のことだ。
しかもそれはごく一部の人しか知らない。
たまたまではあるがこの間に巡業の予定はなく、予定をキャンセルしたりもしていない。
なのにこの少女は聖女が体調を崩していることを知っている様子だ。
これは慎重に話を進めなければならないと、少女に穏やかな口調で男性が話しかけると、少女は不思議そうに首を傾げた。
「見るからに弱ってるじゃない」
「確かにここ最近、聖女様の体調がよくないとは伺っておりますが」
「それは前兆なのよ。彼女は過労で、きっともうすぐ寿命を迎えるのだわ」
そう言って少女は悲しそうな表情をすると、聖女の手を両手でしっかりの握った。
「どういう意味ですか?」
男性が尋ねると、少女は聖女の手を握ったまま、首だけを動かして男を睨んだ。
「そのままよ。この人は人を助ける力を使うために自分の寿命を削っているの。だから寿命が少なくなって力を使えなくなって、体も弱っていってしまったのだわ。そこまで酷使するなんて、なんて酷いことを……」
「ですがこの国には聖女様を待つ多くの国民がおります。聖女様にはその力を使っていただく代わりに生活を保障しておりますので、そう言われましてもお帰りいただくわけにはまいりません」
ここで聖女を帰してしまうわけにはいかない。
この国には、王族が威厳を保つためには、聖女という存在が必要なのだ。
「生活を保障って、そんなの死んでしまったら意味がないじゃないの。それが保障なの?それにあなたの話では聖女の力とかいうのが使えれば誰でもいいみたいじゃない。じゃあ、新しい人が見つかるまで私が彼女の代わりをするわ。それならいいでしょう?」
「どういう意味でしょう?」
彼女の力を見ていない男性は怪訝そうに少女を見た。
「彼女の力はかなり弱くなっているみたいじゃない。だって、一つの傷をすぐに治すこともできなかったわよ?でも私ならできるわ。つまり、彼女よりも私の方が、力があると思うの。だからこの聖女様をおうちに帰して、代わりに私を聖女に迎えたらどう?こんなになるまで命を削らせて、まさか死ぬまで家族にも会えないなんてことないわよね?」
少女の言葉を受けて男が周りを見回すと、近くにいた目撃者が先ほどの経緯を説明した。
指を切ってしまった聖女が自分で治せないからと言って、彼女に治してもらったこと、それを皆が見ていたことを聞いた男は、この状況をどうすべきか整理する。
今代の聖女の力は弱まっている。
これだけでも一大事だが、それを主張している少女には聖女の力があり、その力の目撃者も多くいる。
少女の言う通り、この国に必要なのは聖女という力を持つ者であって、別にその力があり、国のために働いてくれるのなら誰でもいい。
それなら力がある方に働いてもらった方がうまくいくかもしれない。
だが即決するのは早計だし、何より少女の思惑に乗せられた感じがして気に入らない。
だから一度、冷静になる時間を作るべきだ。
その間に、この一大事をしかるべきところに報告すればいい。
男はそう考えた。
「急にそう言われましても……。とりあえず上に相談してまいりますのでお待ちください」
とりあえず上に相談すると彼は言い残して、彼はどこかに向かって歩き始めた。
「おい!二人をしっかり見張っておけ!」
「か、かしこまりました」
偉そうにしていた男は廊下にいる騎士に命令だけすると、冷静に対応していた男性の後を追いかけていくのだった。




