繰り返さざるを得ない転生
翼をもがれた天使は困っていた。
今の天使には片方の翼しかない。
おそらくは男が翼を持っているため、その翼だけが魂と一緒になれないのだろう。
元はといえば、不用意に人間と関わってしまった自分の責任なのだが、まさか男が翼をもぎ取って後生大事に抱えるようになるとは思っていなかった。
体を火葬されたあの時、男がもし、彼女の体ともぎ取った翼を一緒に火に入れてくれていたらもしかしたら帰ることができたかもしれない。
天使は片翼の魂だけで天に帰ることはできないし許されない。
そもそも片翼では空を飛ぶことができないため戻ることはできないのだ。
今回、迂闊にもこのような事態を引き起こした自分は許されないのだから、天から助けが来ることはない。
だから天使が天に帰るためには、どうにかして自分で翼を手に入れるしかないのだ。
ちなみに魂は地上にいる間、器がなければ衰えてしまう。
幸か不幸か、天使はあのような形で器を失ったが魂は無事だった。
こうなってしまっては生きていくために手段を選んではいられない。
器はなくとも意識ははっきりとしている。
だからこそ思うのだ。
はっきり意識がある中で魂まで消えてしまうことが怖くて仕方がないと。
そう思ってしまったら天使は生き延びる方法を選択するしかなかった。
いつか両翼のある体にたどり着くまで、もしくは元の片翼を取り戻すまで、魂を人間に宿らせ生き抜くのだ。
最初、天使は急いで生まれ変わる器を探し転生した。
ところが彼女が大きくなって、翼の行方を追おうとした矢先、自分から翼をもぎ取った男がすでにこの世にいないらしいということが分かったのだ。
肌身離さず翼を持つ男という異名を持っていた彼は、生まれ変わった先で耳にした話によると最期の時までしっかりとその羽を抱えていたという。
だからもしかしたら、彼と一緒に火に焼かれていて、自分がこの体を離れた時、翼は戻っているかもしれないと期待したのだが、そんなことはなかった。
残念なことに魂の姿になった時に確認したが、魂は片翼の天使のまま変わらない。
つまりまだこの世界のどこかに、もがれた翼が存在していて、自分の元に戻ってこられない状態にあるということだ。
火葬されていないとすれば実は彼は土葬されていて、翼は彼と一緒に墓に入っているのではないかとも考えて、誰にも見つからないように天使の力を使って墓地を探ったが、そこに翼は入っていないことが分かっただけだった。
彼がこの世を去ったのと同時に、翼そのものの行方が分からなくなってしまった。
そのため天使は翼を男から取り戻すのではなく、翼の行方を探すところからはじめなければならず、時間が経ってしまったことで事態は深刻化してしまっていたのだった。
人間の体という器は非常に脆い。
天使からすると寿命が短いのだ。
その代わり人間はそれを補うかのように常にどこかで生まれている。
だから自分が死んだ後、魂が消滅する前に新しい命が生み出されるタイミングが必ずある。
天使はそのタイミングで、意識の芽生えていない新しい命を自分の器として借りて転生することで何とか生き延びていた。
天使は翼を得るために何度も転生し、そして何度も死ななければならなかった。
その後、何度も器を変え転生を繰り返しても、翼のある人間に転生することはできなかった。
それにしても毎回死ぬのは怖いし辛い。
やはり翼をもがれて息絶えた時の激痛が一番辛かったと思うのだが、人間に転生して魂が体と繋がっている間、その人間の受ける痛みも苦しみも全てを感じなければならない。
もちろん、天使が死に方を選べるわけではないのだ。
転生してからの天使の死に方は様々だった。
穏やかな老衰の時もあれば、戦争で殺されることもあった。
残念ながら、器となった者の人生や未来は自分の思う通りにはならないことも多い。
天使の時にできたことの多くが人間ではできないためだ。
けれども魂を何とか人間に宿して生きるしかない天使は、あくまで宿った人間としてしか生きられないので、できることが少ないのだ。
天使は人間として生きている間、元気なうちに少しでも翼に関する情報を集めようと頑張った。
今までは上から見ているだけだった人間の生活を体験し、天使は地上でどう生活をするべきなのかを学んだ。
行き着いたのは彼らに自分が天使だと悟られないよう、特殊な力を隠して慎ましやかに生きながら、周囲の言葉に耳を傾け続けるという方法だった。
しかし生まれに寄って得られる情報が違うので思うように情報収集を進めることはできない。
正直、何度も投げ出してしまいたいと思った。
けれど、どうしても天使は諦めることができなかった。
地上で消滅するのではなく、戻れるならば天に戻りたい。
天は自分にとって人間の言葉でいうところの故郷というものだ。
それにまだ魂は現存しているのだから帰れる可能性はある。
一度でいい。
消える前に天に帰りたい。
人間の世界でもふるさとに帰りたいという感情はごく普通のことだというし、そう思うのはごく自然のことなのだという。
それを知ってしまってから、ますます帰りたいという感情が抑えにくくなって、どうしても諦めることはできなかった。
だから天使は何度も転生を繰り返し、何百年もの時間を人間として生きなければならなかった。
ある時、病弱な深窓の令嬢として転生した時のことだった。
病弱なので体は常に重たく、動くのにも一苦労するほどだったが、あまり動けないことを知っている両親が本をたくさん彼女に与えた。
実は天使として持っている力を使えば、自分の器である体を元気にすることはできる。
しかしその代償で、魂の寿命が縮んでしまうのだ。
天に帰れば力を回復することもできるのだが、そこに戻れる可能性の少ない今、地上では寿命をすり減らすだけだ。
この時点で魂の寿命を縮めてまで力を使ってしまうと、転生するのに支障が出る可能性がある。
だから天使としての力を温存し、人間の死の恐怖や痛みに耐えながら何とかここまでやってきた。
だがこの病弱なご令嬢のおかげで、本から多くの情報を得ることができた。
それは決して新しい内容のものではなかったし、神話や伝承、言い伝えや物語と呼ばれる類のものではあったが、読んでみた限り事実に近いものも多くあった。
その中に、特別な力を持つ女性、聖女と呼ばれているらしい人の記述を見つけた。
天使は聖女の存在は知らなかったが、どうやら聖女というのは特殊な力を持つ女性で天ともつながりが深いらしい。
そうして天使は、何人もの人間として生きてきた結果、希望を見つけることになった。
だがその時、その人間は情報を得たところで息絶えた。
天使とは違い、人間の寿命は短い。
次こそはと天使は新しい器を得ると、前に得た情報を元に、内容を絞って情報を集めることにしたのだった。




