聖女と母親
天使にはこのお守りを受け取ってからずっと確認をしたいと思っていたことがあった。
教えてもらえるかは分からないが、気が付いてしまったのだから聞いてもいいだろうとは足を切り出すことにした。
「あのね、私、ここに来るまでの間、このお守りに守られていたと思う」
「そうなの?」
「ええ。このお守りからも弱いけれど、そういう力を感じる。そのお守りのおかげか旅の間安全に過ごせたの。だから……」
本当に効果の高いものだと伝えようとしたが、彼女はそのお守りを握ったまま目を伏せた。
「本当に心配をかけてしまっていたのね」
「自分たち家族の環境があの状態なのだから、聖女だって利用されているんじゃないかって思うのは普通だと思うわ」
「そう……」
お守りまで作らせてしまうほどの心配をかけたのだと落ち込んでしまった聖女に天使は彼女の母親の言葉を伝える。
「でも、ご家族は元気そうだったわよ。私たちは皆一緒だから何とかなるけどあなたは一人だから心配だってお母様は言っていたわ」
「そう、そうなのね。だからこれを……」
聖女はお守りをしっかりと握った状態で感傷に浸っていたが、天使は途中で言葉を遮られてできなかった確認をしておこうともう一度声をかけた。
「ねぇ、お守りのこと……というか、ご家族のことなのだけれど……」
「何?」
「実はお母様もあなたと同じような力を持っているんじゃないの?あなたの方が力が強く出ていると思うけど、お守りから感じるものと、あなたから感じる力はとても似ている気がする。だからその力は遺伝なんじゃないかしら?」
天使の言葉を聞いた聖女は、驚いて声をあげそうになり、慌てて口に手を当てて押さえた。
「そんなことまでわかるの?」
「じゃあやっぱり……」
天使がため息をつくと、聖女は声をひそめた。
「そうよ。母はね、その力を家族にしか使わなかったの。でも私は人の役に立てるなら多くの人に使いたいって思ってそうしてしまったわ。母はこの力は特殊なものだから、人に知られないようにしなさいと言っていたのに……」
おそらくこの事が知られたら彼女だけではなく母親も聖女として同じような生活を強いられることになっていただろう。
そうならない方が幸せならば、母親の誰にも知られないように生きるという選択が正しい。
もしかしたらその力を持つ者にだけ口伝されてきただけかもしれないが、母親の言葉に反した彼女は今、こうして軟禁生活を送っているのだ。
だがその話をしたいわけではない。
天使は母親の話をとりあえず置いて本題に戻ることにした。
「もしかしてこのお守りって、あなたの力を込めることができるものなんじゃないの?」
「そこまでは分からないわ。お母さんが私のことを案じて作ったお守りから、あなたがそういう力を感じて、お母さんのことまでわかったってことはそうなのかもしれないわね。このお守りは代々伝わるもので、その人のことを思って作るとご利益があるとは言われていたけれど、お守りって一般的にそういうものだと思っていたから……」
本物であろうと偽物であろうとお守りという名を冠するものは皆そうだろう。
だから聖女がそう考えるのも普通だし、彼女が母親の作るお守りからそのような力を感じ取ることができないのならなおさらだろう。
「確かにお守りって名前のものは、願いとか思いを込めて誰かに贈るものだから、そう思うのは間違いではないと思うわ。お母さんはそういう説明をしてくれなかったの?」
「ええ、何も……」
聖女の反応から、彼女は本当に何も知らないのだろうと思った天使は彼女の母親のことを思い返していた。
彼女もこのお守りが特別な力があるものと感じている様子はなかった。
見せないようにしていたという感じでもない。
おそらくお守りの作り方は家族皆に伝わっているもので、聖女のような特別な力と連動したものとは考えられていいないのだろう。
「まあ、そのことについては再会した時に二人で話してみたらいいんじゃないかしら?でも、お母様の言う通りに生活していたらって思ったりしなかった?」
「確かに言われたことを守っていたら今でも家族仲良く暮らしていたと思うわ。でも、後悔はしていないの。一人でも多くの人が、私の力で救われたのなら、それは役に立てたってことだもの。でもそのせいで家族にまで迷惑をかけるなんて思わなかった。だからこうなってみて、すごく浅はかな考えだったのかもしれないと思っているわ」
「人の役に立てたことが嬉しいなんて、こんなことになってもそう思えるの?」
今の生活が息苦しくないのかと天使が尋ねると、聖女は首を横に振った。
「家族には申し訳ないと思っているの。でも、家族に何もないのなら、皆が元気で生活できているのなら、私一人がこうなったことを後悔することはないと思うわ。例え一生こういう生活が続くとしてもね」
家族にも友達にも会えない、好きなところに行くことも、手紙一つ自由に出せないような環境に置かれながらも、まだ人を救えたことが大事で、自分がこういう生活になったことよりも家族に迷惑が及んだ事の方を悔いている彼女は正に聖女に相応しいと天使は思った。
「あなたは……、本当に根っからの聖女っていうより、お人よしなのね」
「ふふっ、そうかもしれないわ。確かに聖女よりお人よしの方が私にはぴったり」
「私は少し呆れているわ」
「そうなの?」
天使が彼女のために動いているのは打算だ。
だがこの聖女にはそんなものは一切感じられない。
天使は思わずため息をついた。
「でも、そんなあなただからこそ、私はここから出て、自由に生きてもらいたい。だってその方がより多くの人を助けられるはずだもの。本当は王族が貴族相手にお金を取るような治療ではなくて、貧しくて薬をもらえない人たちをたくさん救ってあげたいんでしょう?」
「そうね。その通りだわ」
天使が真剣にそう言うと、聖女はその通りだと首を縦に振って肯定した。
「だったらそのためにも、あなたは自由にならないといけないと思う。もちろん遠くに移動することは難しくなるかもしれないけど、近くにいる人たちに力を貸すことならできるようになるわ」
「でも……」
彼女のことだ。
お金がなくて診てもらうことのできない人たちこそ救ってあげたいと思っているに違いない。
天使は聖女の反応を見る限りその考えに間違いはなかったと確信したが、当人は急にそのようなことを言われても現実的ではないと考えたのだろう。
かなり戸惑った様子だ。
でもそれができることだと説得できれば、彼女が協力してくれるのなら、自分には良い考えがある。
だから天使は聖女にこの場で提案することに決めて切り出した。
「私にいい考えがあるの。聞いてくれる?」
天使はそう言ってにっこりと笑うのだった。




