聖女の家族とお守り
落ち着いたところで訪ねてきた少女に椅子を勧めると、初めて会った時と同じように聖女はお茶の準備を始めた。
「本当に来てくれたのね。驚いたわ」
準備をしながら聖女がそう言うと少女は笑みを浮かべて言った。
「だって約束したじゃない。家族に手紙を渡して会いに来るって」
「そうだけど……」
まさか本当に来るとは思っていなかった。
巡業との時より王族が同じ建物にいる分、警備が厳しい。
聖女の部屋と王族と部屋が近い訳ではないが、ここまで侵入するのは大変だったに違いない。
それに自分の部屋のことだって彼女に伝えることができなかったのだから、彼女はきっとこの部屋を自分で探してきてくれたのだろう。
聖女が嬉しく思いつつも困惑していると、天使は小首を傾げて言った。
「それで、ご家族の話からでいいかしら?」
「是非教えてほしいわ!皆元気だった?」
今は物思いにふけっている場合ではない。
天使は本当に家族に会いに行き手紙を渡して戻ってきてくれたのだ。
まずは天使の話を聞かなくては。
そう意気込んで聖女が尋ねると、天使が思いもよらないことを言いだした。
「あ、その前に、まず、あなたの実家、王族の回し物が住んでいたわ」
「え?」
「それで、そいつらに家族の居場所を教えてもらったのよ」
「そ、そうなの?」
どうやら自分の教えた実家に家族はいなかったらしい。
それだけでも驚いたが、実家に住んでいるのが王家の回しもので、天使がその人物から家族の居場所を聞いて訪ねてくれたというのでさらに驚いた。
「それで教えられた場所に行って姿を確認したわ。皆元気というか、少なくとも入口のドアから見える位置に来ることはできたわね」
「どういうこと?」
「家族のいる家にも監視がいるらしくて不審な動きができないから、あまり皆でドアの側に行くことはできない状態だったの。でも私がどうしても姿を見せてほしいってお願いしたから、見るだけはできたわ。でも一人一人お話をすることはできなかったの」
聖女は家族も監視はされていると予想していたがまさか家の外だけではなく、中まで監視されているとは思っておらず、その事実を知らされて気落ちした。
「そうなの……。家族にも苦労をかけてしまっているのね」
「たぶん窮屈な生活はしていると思うけれど、特に危害を加えられた様子はなかったわ。それで私が話をできたのは、あなたのお母さんだけだったの。最初にドアを開けてくれたのが彼女だったから」
「お母さんが……」
「それでね、手紙は渡したけれど、返事を書くのは難しいって言われたの。監視されているから何か書いていたら検閲されてしまうし、それをどこに出すのかってことになってしまうからって。それで私がいる時にその手紙を読めたのはお母さんだけで、後でこっそり家族一人一人に回して見つからないように読んでもらうようにするって言ってたわ」
だから残念ながら手紙を渡すことはできたが、皆で読んでもらいたいという聖女の願いは叶えられていない。
母親が確認したことは、一度外で待っていた後の会話から察することができたので、それで許してほしいと天使は思った。
それに皆で読むという願いを叶える代わりに家族が危険にさらされるなど、聖女は望んでいないはずだ。
「それから、ご家族は、揃ってではないけれど、聖女のお勤めをしているあなたが時々近くの街に来ることが分かっている時は、家族の中から一人だけこっそり抜け出して、あなたの姿を確認して見つからないように戻っていたそうよ」
「そんな危険なことまでしていたの?」
家から離れた場所に家族は住まわされていると聞いたばかりだ。
きっと監視の目が行き届きやすいようにと移動させたのだろう。
それなのに家族が監視の目を盗んで家を抜け出すなど、かなりのリスクを伴うはずだ。
聖女が驚いて言うと、天使は尋ねた時の状況を思い出しながら、少し考えて言った。
「あそこがどの程度危険なのかは分からないけれど、人の多いところから随分と離れた僻地に家があってね、その家で監視されながら過ごしているようなの。だから、もしかしたら生家にいた時より警備が手薄なのかもしれないわ。人が寄らないのだから、そこに人が軟禁されているなんてことも知られる心配がない、そういうことじゃないかしら?」
あの感じでは普段から買い物なども許されていなそうだと天使が付け加えると、聖女は複雑な表情になった。
自分と同じように生きるのに不自由ではないけれども、自由のない生活を家族に強いてしまっているのだと聖女は思ったのだ。
それからも、天使が聖女にその家でのことを細かく話すと、聖女はその言葉を一つ一つかみしめるように聞いてはうなずいた。
「そうなのね。ありがとう。手紙が届いただけでも充分だわ。それに皆が元気だってわかっただけで希望が持てたもの」
返事なんてなくてもいい。
天使が見てきてくれた家族の様子、その詳細を知ることができただけで聖女は満足していた。
聖女になってから、家族のことをこんな風に教えてくれた人はいない。
心配して周囲の人間に聞いても心配は要りませんとしか答えてもらえなかったのだ。
だから彼らの現状、元気にしている姿が目に浮かぶような説明をもらえただけで嬉しかったし、本当に天使が彼らの様子を見て来てくれたのだということもわかった。
家族のことがわかったこともそうだが、自分のためにそこまでしてくれた天使にも本当に感謝しかない。
聖女はそうして充足感に浸っていたが、それを遮るように天使は話を続けた。
「それで……、手紙の代わりに預かってきたものがあるの」
「預かってきたもの?」
聖女は落とさないように服の中にしまっていたお守りをごそごそと取り出すと、聖女の手に渡した。
「これなんだけど、お守りだって言っていたわ。あなたが聖女になってから、あなたを案じながら少しずつ、ずっと作っていたそうよ。お手紙は書けないけれど、これなら渡せるかもしれないと思ったんですって。代々伝わるお守りだから渡したらわかるって言ってたけれど……」
「ええ。わかるわ。間違いなくこれはうちに伝わるお守りよ。これはお母さんが作ってくれたのね……」
手のひらに乗せられたお守りを見ている聖女の反応に、渡せばわかるというのはそういうことかと天使は納得した。
きっと彼女も大事な人ができたらこのお守りを作って渡すのだろう。
これはそういうものに違いない。
天使は無事に母親からの預かり物を娘の手に渡したことで、肩の荷が下りたと安堵したのだった。




