家族の安否
聖女の生家であるこの家の中から出てきた目の前の女性は聖女の家族ではない。
会ったことはないけれど、聖女から聞いていた家族とは随分と印象が違う。
それにここは静かすぎる。
とても家族が貧しくても仲良く肩を寄せ合って暮らしているという雰囲気ではない。
疑いが確信に変わった天使は、少女のものとは思えないような冷たい目でその女性を睨んだ。
「じゃあ質問を変えるわね。あなたは誰?」
睨まれた女性は一瞬ひるんだが、すぐに我に返って咳払いをした。
そして冷静さを装って答える。
「あなたが何を言っているか分かりません。私は、この家の家主。聖女の家族ですわ」
その答えを聞いた少女はわざと彼女から視線を外しうつむいた。
「残念だわ」
「は?」
「偽物で」
「に、偽物だなんて……」
女性は自分が偽物だと言われ、慌ててそれを否定した。
だが少女は平然と違う意味のことを意図していると彼女に言った。
「きっと私、騙されたのね。そうよね。本物の聖女様が私に大事なものなんて預けたりしないわよね」
「そ、そうなの?」
少女はここにいる自分が偽物ということではなく、届け物を預けた人間の方が偽物だったのだという結論に達したらしい。
少し驚いたが、それならばこの場をどうにか切り抜けられると考えて、とりあえず少女の話を肯定した。
少女もそのまま話を続ける。
「ええ。きっとそうだわ。聖女様のご家族に会えると思って浮かれていたけれど、その人が聖女様だって証拠はないんだもの。ただ、ここで家族仲良く暮らしていると聞いただけだから、別の家族の住まいになっているのなら他所を当たるしかないわ。なんかごめんなさい。とんだ勘違いをして」
「い、いえ……」
「無理を言って開けてもらったのにすみませんでした。私は失礼します」
ここは穏便に一回引こうと決めた天使は、そのまま帰ろうとした。
そう言われて女性もそのまま見送ろうとした時、ふと気がついた。
少女は本当のことを知りすぎている。
彼女の今までの発言内容のほとんどが事実だ。
まず聖女の家族が生家であるここで暮らしているはずだということ。
そして、聖女の家族に監視がついていること。
なによりどうして彼女は家族全員の顔が見たいなどと言ったのか。
それは聖女が本当に家族を案じて、彼女に頼んだことなのではないか。
その考えに行きついた女性は、今まで取り繕っていた弱々しさなど微塵も感じさせず、少女を呼び止めた。
「ちょっと待って!そのまま帰らせるわけにはいかないわ」
天使の読み通り、ここにいるのは聖女の家族ではない。
家族のフリをした、おそらく王族の配下だ。
この少女がどこまで状況を理解しているかはわからない。
けれど聖女から預かっているものがあるというのも本当だろう。
これまでもこの家には、聖女、もしくは聖女の家族宛てに多くのものが届いていた。
ここではその中身を精査し、許可できるものを選り分けて家族へと届け、それ以外を彼らに届かないように管理していた。
前は直接訪ねてくる近所の者もいたが、彼らが監視をするようになってから、自然と彼らの足は遠のき、今では聖女の護衛などにものを押し付けて帰るだけになった。
皆、彼らは特別な存在になったのだから、例え馴染みの人間であろうと安易に近づくことは許可できないと言えば大人しく引き下がるしかない。
そうしてこの家から人を遠ざけて、人目のなくなったタイミングで聖女の家族を別の場所に移送した。
だからこの場所に聖女の家族は居ないのだ。
だがそれを民衆に知られるわけにはいかない。
最悪の場合はこの少女を、ここにいるメンバーで監禁するしかない。
「何かあるの?」
「あ、いえ、仮に偽物の聖女とはいえ、娘の名を騙った者がいるのですよね。その預かりものというのを見せてもらいたいのです」
とりあえず少女には自分のあった聖女が偽物だとそのまま信じさせておき、おそらく本物であろう聖女からの預かりものというのはこちらの手に収めなければ、そう考えた女性は慎重にそう言ったのだが、少女はあっさりとそれを拒否した。
「それはできないわ。だってあなたはこの預かり物を託した聖女の家族ではないのよね。それに聖女って一人じゃないんでしょう?今代の聖女ではなくて先代の聖女の一人かもしれないもの」
「それはあり得ない!」
「あら、どうしてそう言い切れるのかしら?」
「それは……」
それは先代の聖女で生きている者は王宮内にいる。
今世の聖女、聖女の家族には見張りが付いている。
それ以外の聖女は皆すでに生きてはいない。
それを知っていたから思わず反論してしまったが、本来ただの貧乏な市民が普通に知っている情報ではない。
説明しかけてはめられたことに気がついた女性が口ごもると、少女はにっこりと笑って近付いてきた。
「本当の家族はどこにいるの?」
「いえ、ですから……」
「そう。あなたたちも王族の手下ってわけね」
「部下だが手下ではない!」
「ふぅん……」
一度ボロを出したせいか、焦って次々とボロを出してしまう。
女性は自分をじっと見つめる少女から思わず目を逸らした。
「あ、いや、今のはだな……」
「もう一度聞くわね。この家の本当の持ち主はどこ。いるなら会わせて」
笑顔で少女が近くなるにつれて強い圧が迫ってくる。
「ヒッ……」
思わず息をのみ、恐怖で上ずった声を出すと、少女は視線をそらさぬままその場に立ち止まって、黙ってにっこりと笑った。
「わ、わかりました。彼らの居場所を言いますから、い、威圧を止めてください」
完全に敗北宣言をした女性に対して、少女は小首を傾げた。
普通威圧をかけても、力のないものや感じる能力の低いものに対しては、相手に恐怖を感じさせるくらいで、その恐怖の原因が自分の発している威圧によるものだと気付く者は少ないのだ。
「あら、威圧していたことはわかったのね」
「そ、そのくらいは……」
「力を使えるわけでもないのに?」
「ふ、普段からそのようなものの近くにいれば……、しかし息苦しい……」
つい威圧を解除しないまま話を聞こうと近付くと、女性はその圧で震えだした。
このままでは失神してしまうかもしれないと、とりあえず少女は威圧を止めて声をかけてみる。
「ああ、話す前に意識をなくされては困るわ。早速だけど話してもらえるかしら?」
「あの家族は……」
聖女の本当の家族の居場所を聞き出した天使は、再び威圧をしながら話をした女性に近付いた。
そしてにっこりと笑う。
「そう。じゃあもうあなた達に用はないわね」
「い、命だけは……」
怯える女性に聖女は笑みを崩さずに告げる。
「そんな無駄な殺生はしないわよ。王族じゃあるまいし」
少女は周知の事実のように王族が用のなくなったものを暗殺していると言った。
そのことを知っているのは王に近しいものだけだ。
「お、お前……いや、あなた様は一体……?」
「私?私は見ての通り、ただの庶民の娘よ。ただちょっと威圧が出たり、傷を癒やしたりすることができるけどね」
「それは、聖女の力!」
この少女が聖女の力を持っていると言われ驚くと同時に女性は納得していた。
確かにこんな若い娘が、普段から鍛えている者たちを威圧できるなど、普通に考えたらあり得ないことだ。
「今の聖女が威圧してるのは見たことないわ。過去の聖女にはそんな方がいたのかしら?」
「いや、それは」
実はそういう女性は存在していて、今も王族に名を連ねている。
だがそれはここで話すことではない。
そう、彼女が一番多く威圧をされる相手がその人だ。
だが女性のことを口にするのは後が怖い。
けれど目の前の少女が威圧しながら聞いてきたら抵抗できないだろう。
そんなことを考えていると、少女はあっさり威圧を解いてこともなげに言った。
「まあいいわ。あなたと、その隠れている人たちも、ここでのことはなかったことにした方がいいと思うわ。だって、こんな若い娘一人に乗り込まれて、あっさりと居所を白状しちゃったなんて外聞悪いでしょう?それに、そんな人なんて王族にとって用済みという烙印を押されるんじゃないかしら?それじゃあね」
最後に少女はもう一度強い威圧を放ってから、何事もなかったかのようにその家を離れた。
正直、別に歴代の聖女が治癒の力以外のものを使えることに驚くことはない。
本来の自分も多くの力を使えるのだから、聖女の中にそういう人がいてもおかしくない。
だから特に興味を持って聞くこともしなかった。
それよりも聖女の家族の安否を確認するのが優先だ。
そう考えた天使は、女性に教えられた、家族の滞在場所へと急ぐのだった。




