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聖女と翼をもがれた天使  作者: まくのゆうき


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身辺整理

聖女からの手紙を預かった天使は、一度、今世での自宅に戻った。

本当ならばすぐに聖女の家族の元へ向かいたいところだが、その前にどうしてもやっておきたいことができたのだ。

聖女の話によると、どうも聖女という職業になる際、家族が人質になったりすることがあるらしい。

本人の能力が買われて崇められる立場になったのだから、家族も含め大切に扱われているのかと思いきや、実際の聖女は人質を盾に強制労働をさせられているだけだった。

天使としては自分が聖女と入れ替わることで、もし簡単に会うことができなくなったとしても家族が苦労せずに生きられるようになるなら悪くはないと思っていた。

それに、今回の件が本当にうまく行くのなら、自分は近いうちに天へ帰ってしまう。

今世の両親は自分がいなくなることを悲しんでくれるかもしれないが、元々天に帰ることはこちらとしては決定事項だし、同じ別れならばせめて彼らに孝行らしいことをしておきたいと思っていた。

だから聖女になることで、自分は情報を得られ、彼らには楽をさせてあげられる、そう信じていた。

だが王族の連中からすればそうではなかった。

特権階級にないものに特権を与えていると見せかけて、家族と引き離し利用する。

考えてみれば彼らはいつも似たようなことをしていた。

自分の翼のことだって、今の彼らの先祖の暴力によって引き起こされたことだ。

そんな人たちに、一瞬でもよい待遇をしてくれるだろうなどというものを期待してしまった自分が恥ずかしい。

事実、王妃の座についた聖女などもいるようだが、それだってきっと庶民の出の物などではなく、貴族の出のものに違いない。

王妃となった聖女の出自までは調べられていないが、そう考えれば、今の聖女の待遇にも納得がいく。



だから天使は、もし仮に自分が新しい聖女になった時に、彼らに害が及ばないよう最大限の配慮をしようと考えた。

そもそも自分の家族や聖女たちの家族を守るくらいならば、そこまで多くの力を必要としない。

けれど回復できない以上は無駄にするわけにもいかなかった。

しかし今は状況が違う。

幸いにも今の聖女のおかげで帰る見通しが立った。

だから少しくらい余分に力を使っても構わないと考えている。

そしてもう一つ。

やはり聖女に志願するのならば彼らとは長い別れになってしまう。

もし最初の想定通りなら定期的に家族と会えるかもしれないと思っていたし、実はこんな才能があったのだと驚かすのもいいと思っていた。

そうすれば皆で幸せになれるかもしれないし、しばらくその生活に甘んじてもいいのではないかと。

だが、聖女の話を聞いてそうではないと分かった今、彼らとの縁は切っておいた方がいい。

少なくとも、彼らが自分の家族であることは知られないようにするべきだし、知られることになったとしても、できるだけそれは遅い方がいい。

だから何かしら理由をつけて彼らに自分を捜させないようにしなければならない。

そのために、天使は家を出て職を見つけたと嘘をつく決意を固めた。



「私、家を出ることになりそうだわ」


夕食の席でそう切り出すと、両親は顔を見合わせた。

そして先に口を開いたのは父親だった。


「誰かいい人でも見つけたのかい?最近よく街へ出かけていくから、もしかしたらと思っていたんだが」


どうやら聖女のところにお忍びで出かけていったのを逢引きか何かだと思っていたようだ。

一時期の恋などで、自分たちに紹介できるような相手ではないのかもしれないからとそっとしておいてくれたらしいが、さすがにそれは違うので、とりあえず否定することにした。


「そうじゃないの。私、仕事を見つけられそうなの。もし上手くいったら、そのまま住み込みになるわ」


そう告げると、喜んでくれると思っていた両親は怪訝そうな顔をして尋ねた。


「それはどんな仕事だい?」

「詳しくはわからないけれど、人の役に立ちそうな仕事よ。困っている人を助けて回るみたい」


二人を安心させようと曖昧な説明をすると、かえってそれが心配を呼んだのだろう。

父親が少しでも情報が欲しいのか質問をしてくる。


「危ない仕事じゃないんだろうね」

「それは大丈夫だと思うわ。護衛もつくみたいだし」

「しかし、内容がわからないとは不安じゃないのかい?」

「だからこっそり、その仕事を見に行っていたの」

「なるほど。それでこっそり家を抜け出していたんだね」


深夜早朝にこそこそ抜け出していることに気がついていたのならその反応にも納得だ。

確かにそんな時間にする安全な仕事など、普通の生活をしていては想像がつかない。


「気づいていたの?」

「そりゃあ、ずっと一緒に暮らしてきたんだから、そのくらいは気がつくさ、なあ」

「そうですよ。お父さんなんて心配して、あとをつけようとして途中で見失ったって言うし、無事に帰って来たから良かったものの……」


どうやら深夜か早朝のどちらかに抜けだして自分の後をつけてきたらしい。

相手を確認することなく撒いてしまったので、それが父親だったとは考えもしなかった。

もちろん気がついても同じように対応するだけなのだが、何だか少し申し訳なく思った。


「心配かけてごめんなさい。でも安全に関しては大丈夫そうだったわ。だから私、その仕事に志願してみようと思うの。だめだったらすぐに帰って来ることになっちゃうけど……」

「……そこまで言うなら」


わざわざ家を抜けだして仕事を見に行くくらい真剣にその仕事のことを調べ、確認し決めたことだというと、二人はそれ以上反対しなかった。


「今晩が最後になるなら、もっと豪華な食事を用意するんだったわ」


急なことでもあり、見送る準備もできなかったと二人は少し落ち込んだ様子だったが、聖女の手紙を一刻も早く家族に届けなければならない。

そして彼らの安全を確認して聖女の元に戻るのだ。

聖女は今後の予定を考えながら、天使は今世で与えられた全ての荷物を整理した。

おそらく明日ここを離れたら、もう戻ることはない。

だから最後くらいきれいにしていこうと決めて片付けを済ませた。

そして必要なものをかばんに詰めて枕元に置いて就寝したのだった。




翌朝、旅の支度を整えていた天使は、家を出る際、両親に見送られた。


「本当に行ってしまうのね。急なことでびっくりしたわ。何かあったらすぐに帰ってきなさいね」

「うん。今までありがとう」

「そんな寂しいことを言わないでくれ」

「そうよ」


つい今生の別れの言葉を言った天使を両親は否定した。

いつでも帰ってきていいのだと言っていた。

だから天使は言葉を変える。


「そうだったわね。それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


天使は荷物を片手に、二人に向かって笑顔で手を振りながら出発した。

何度も振り返り、両親が自分を見送っているのが見えたらその度に手を振り返す。

そして二人の姿が見えなくなったことを確認した時、そこで立ち止まってつぶやいた。


「お世話になりました。二人に生涯幸あらんことを……」


両親が家に戻ったのを少し離れた場所から確認した天使は、十数年お世話になった家をしっかりと見つめてから、彼らを保護する結界を張った。

これでもし、身元が割れても王族の人質になることはないはずだし、危害を加えられそうになっても対処できる。


「今までありがとう。どうかお元気で。これからもずっと、あなたたちは私の大切な人よ。例え二度とこの姿で会えなかったとしても、あなた達のことは忘れないから」


最後にそうつぶやくと、天使はその家に背を向けて歩きだすのだった。

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