紅月の聖女はもうどうでもいい。「今更謝ってももう遅……どうでもいいか」
私、マリア・アビスは紅月の聖女と呼ばれている。
私は、先代紅月の聖女のお母さんからこの役目を継がされてしまったのだ。
しかし、紅月の聖女が代々やっているのは日がな一日菓子食べてゴロゴロダラダラ遊び呆けているだけ。
とうとう偽りの罪をでっち上げられて死刑になる事になっちゃいました。
まぁ、どうでもいいか。
「これより、我らを見守る紅い月のもと、処刑を行う!」
わぁぁぁぁ
民の歓喜の声が聞こえる。
まぁ、どうでもいいけど。
「この女、マリア・アビスは何百年にも渡り紅月の聖女を名乗り人々を騙していた詐欺師の一族の最後の一人であり、裏では多くの貴族や民を雇った殺し屋に殺させた張本人!」
ま、私、マリア・アビスはそんな事してないし、どーせ今文言を読み上げてる私の元婚約者の王子やその仲間が邪魔者を始末したんだろうね。
で、その罪を私に押し付けた、と。
どうでもいいけど。
王子の名前?
んなの、どうでもいいでしょ。
あーあ、全身ぐるぐる巻きに縛られてるから、体が痒い。
私が倒れないように支えている兵士達もうざい。
しっかしまぁ、いくら広い場所での処刑とはいえ、よくこんなに観客が集まったものね。
こりゃ、この国どころか、近隣諸国の民もいるかもね。
貴賓席にはこの国の国王以外にも外国の王族もいるみたいだし。
いやー、嫌われたものだねー。
ま、どうでもいい事だけど。
んで、王子が私のやってない罪を追加であれこれ言ってる。
てか、本当だったらこんなに犯罪犯せる私、超有能。
で、民衆が「悪女め」だの「税金泥棒」だの「アクビしてんじゃねぇ」だの言ってる。
だって、どうでもいい内容聞いてれば眠くもなるし。
ま、民衆からしたら、日がな一日菓子食べてゴロゴロダラダラ遊び呆けてるニートの私は、怠け者だろうけど。
で、自分達は働いてるのに、怠け者に金が使われるのは我慢できない、と。
貴族連中も、役立たずの金食虫を自分達の罪を背負わせて殺せれば万々歳、って訳だろう。
ま、どう思われても今さらどうでもZzz……
「寝るな!」
はっ!
あまりにつまらないから寝ちゃった。
立ったままでも眠れるもんだ。
「ごめん。つまらないから寝ちゃった」
「つまらないとはなんだ!貴様の罪状だぞ!」
「えー、だって死ぬって結果は変わらないもん。だったら罪状なんかどうでもいいじゃん」
「よくない!大体なんだ、その口調は!」
「あんたが言ったんじゃん。もう婚約者じゃないって。しかももう死ぬんだから敬語なんてどうでもいいじゃん」
「貴様……」
あー、怒ってる怒ってる。
ま、いっか。
「ふん、新たな、いや、真なる私の婚約者は由緒正しい公爵令嬢であり、貴様のようなガリガリの骨のような女ではないわ。しかも、魔力値は二千を超えるのだ!」
「へー」
心底どうでもいい。
ちなみに魔力値と言うのは魔力の大きさを示す値で、大体五百~千、少なくても三百くらい。
私が去年測った時には十くらいだった。
ああ、そうそう。
公爵令嬢はデブじゃないからね。
標準体型ってだけ。
まぁ、今の私と比べりゃ世界中の人がデブだろうけど。
「その表情、いつまでもつかな……さぁ、罪状の読み上げは終わった!これより貴様を斬首する!!」
「あっそ」
私がそう言うと、王子はさらに怒って何か言っているが、私にとってはどうでもいい事だ。
「あと二十分って所かな……」
私は上を向いて言った。
「二十分?何の事だ」
「え、どうでもいいでしょ。どうせ死ぬんだから」
「ふん、どうせ嘘でも言って逃げようと……」
そう言いながら上を見た王子もようやく気付いたらしい。
紅い月があり得ない程大きくなっている事に。
周囲の民衆やら貴族やらも気づいて混乱している。
「な……何が起こってるんだ?」
「え、気付かなかったのですか?」
「処刑前までは曇り空だったからな。貴様、何か知っているのか?」
「ええ。一応」
「説明しろ!」
「えー、面倒くさい。てか、説明しようとしなかろうと死ぬのは決まってるんだから」
「内容によっては貴様の死刑が延期や減刑になるかもしれないぞ!」
「いや、だから、死ぬのは決まってるから」
「だから、減刑があるかも、と」
「あーもう、うっさいし面倒だなー」
あー、いらいらする。
「だから、この世界に住む人間が私以外全員死ぬのはもう決まってるの!!」
……
あー、ようやく皆黙った。
Zzz……
「寝るな!どういう事か説明しろ!!」
「えー、面倒くさい」
「でないと今すぐ処刑するぞ」
「まー、私は死なないけどね。死ぬのはあんた達」
「ギロチンにセットしろ!」
私はギロチンに押さえつけられ、いつ刃、というか首が落ちてもおかしくない状態にされた。
「さぁ、言え!」
「はー、めんどい」
まぁ、なるべく死刑執行の時間を遅らせたいから話してやるか。
「紅い月がいつからあるか知ってますよね」
「無論だ。八百年前から我らを見守る聖なる月だ」
「ちなみに、初代紅月の聖女が現れたのは?」
「八百年前……」
「一緒ですよね」
王子も気づいたらしい。
民衆も黙って聞いている。
「あれは月ではありません。隕石です。それも巨大な」
「な……」
「八百年前の天才天文学者が、この星に接近する巨大な隕石の接近に気付いたそうです。で、当時最強の魔力を持った人間に薬物……毒と言ってもいいのですが……を打ち込んで超強力な魔法使いを造ったそうです。その人が初代の紅月の聖女です」
「造った……そんな非人道的な…………」
「非人道的とか人道的とか今はどうでもいいんですよ。で、その初代紅月の聖女は、その有り余る魔力で魔法を放ち、隕石を抑え込んだんです」
「なら、もう問題ないではないか」
「やっぱり馬鹿ですね。隕石は重力にひかれてこの星に向かっているんです。紅月……もう聖女でいいや。聖女の魔法はこの星に向かう力を相殺するだけで精一杯なんです。当然魔法を止めたら隕石は再度接近し始めます。で、その魔力と魔法を受け継ぐ子孫が、隕石接近を代々止めているんです」
衝撃の理由に一同驚愕!
「そんな事あるか!だいたい、貴様の魔力値は十だったじゃないか」
「……あの、知ってますよね。魔力値測定は現在の魔力値を測っているって」
「当たり前だ。」
「はぁ、分かってないやこの人。測っている時の値って事はつまり、魔法を使用して魔力が減っている場合は、減った値が測定されるんです。だから測る前日から魔法をなるべく使うなって言われているんじゃないですか」
「そう言えば、そんな事を毎年言われているような……じゃぁ、貴様の最大魔力値はいくつなんだ?」
「さぁ、分かりませんけど……そういえば隕石を止める為には最低でも魔力値一億は必要って先代の聖女であるお母さんが言ってたなー。つまり、一億はあるんでしょうね」
「そんなありえない数字が……」
「いや、言いましたよね。隕石止められる人間を薬物で造ったって。ありえる数字だったらいちいち金掛けて造る必要ないじゃないですか」
「確かに」
「で、その長女が代々魔力値を引き継がされているんですよ」
まったく、こんな力を引き継いだせいでいい迷惑だよ。
「ちなみに、いくら魔力が多かろうとさすがに重労働ですから、魔力はどんどん消費されちゃうんです。回復しても回復してもすぐ無くなっちゃうんですよね。総魔力量が多いから自然回復量も多いのに。だから、少しでも魔力回復を多くするために、日がな一日お菓子で糖分補給したり、ゴロゴロダラダラして体力回復するわけ」
「な……」
まったく、ゴロゴロダラダラしないとひょっとしたら隕石が落ちちゃうかもしれないのに、よく働けなんて言えたもんだよ。
「ってか、疑問に思わなかったの?私がこんなに痩せていることに。普通食っちゃ寝してれば太るでしょ。あんたも知ってると思うけど、魔法は使うだけで相当疲れるの、カロリー使うの。だからどんなに食べても太らないしお腹減るの。それを朝から晩までどころか寝ている間も自動的に使われるからね。しかも休みなし。もうさ、うんざり」
いやー、普通だったら私デブだわ。
「待て。じゃあ、なぜ今落ちて来ているんだ!」
「そりゃ、昨日私が隕石止める魔法を使うのを止めたからですよ。いやぁ、おかげで気が楽になりました」
「ふざけるな!なぜ止めた!!」
「えー、だって私死刑なんでしょ。当然だけど、私が死んだら魔法が止まるからね。つまり、隕石衝突は確定。違いは早いか遅いかだけ。だったら止めた方が魔力消費しなくて私は楽だから止めよって思ったの」
「貴様……」
王子が怒りで震えている。
「なぜだ……なぜ、そんな大切な事を誰も知らないんだ?」
「私は知ってますよ」
「なぜ言わなかった!」
「言いましたよ。何回も。でも信じなかったじゃないですか。馬鹿な事言うなって」
「あ……」
皆黙っちゃったよ。
紅い月が落ちて来るなんてあり得ないって、私を頭おかしい詐欺師扱いして信じなかったんだよね。
でも、でっかくなっちゃった紅い月を見て、ようやく王侯貴族連中も民衆も私の話を信じたらしい。
あーあ、何度も言ったのに。
信じもせず、調べもしないんだから。
「ちなみに、約四百年前の大地震による大火災で、資料等全部無くなったらしいですよ。で、知ってた人も当時の聖女以外皆死んじゃったそうです。それ以降天文学は衰退してますし、聖女は単なる象徴になっちゃったし」
「クソが!」
わぁ、お下品。
「今すぐ隕石を止めろ!」
「嫌です。面倒だしこの星が滅びてもどうでもいい」
「ふざけるな!」
民衆からも、「助けてください聖女様」なんて声が聞こえる。
あぁ、うるさい!
つか、無理だし。
隕石の勢いが速くなりすぎたから、今から止めようとしても間に合わない。
暴動起こされたりしたら面倒だから言わないけど。
それに、ずっと馬鹿にされ続けていたから、頼られるのは結構気持ちいい。
「貴様も死ぬんだぞ!」
「ああ、問題ありません」
「は?」
「代々の聖女が万が一の時を考えてなかったとでも?万が一の為に、異世界転移の魔法をきちんと作っておいたんですよ」
「異世界転移?」
「はい、何かが理由で隕石が落ちそうになった場合、可能な限り多くの人を異世界に転移させるという魔法です」
「なら、今すぐそれを」
「は?なんで?」
「え……」
王子、口を開けてポカンとしてるよ。
面白っ。
「きちんと説明したのに聞かず、しかもありもしない罪状で私を死刑にする王侯貴族。さらに、そいつらの言いなりになって私を嬉々として殺そうとする民衆。そんな奴らなんかどうでもいい」
「すまなかった!頼む!助けてくれ」
「今更謝ってももう遅……」
景色が変わった。
気づいたら私は草原に立っていた。
異世界転移魔法、聖女保護の為に隕石が一定距離まで近づくと自動発動するんだよね。
もちろん自分から発動させる事も出来るけど。
まあ、転移対象は私一人にあらかじめ設定してたから、私以外は当然置き去り。
ちなみに、私の服は一緒についてきたけど、私を縛っていたロープはついてこなかった。
「もう遅いって最後まで言えなかったけど、どうでもいいか」
どうせ、あと数分で死ぬ連中だ。
どうでもいい。
さぁ、私の人生はこれから始まるんだ!
そして、これから起こる事は私にとってどうでもよくない事ばかり!
一つ一つを大切に生きていく!
そう思って、私は遠くに見える街へ向かって駆けだしたのだった。
おまけ 聖女がいなくなった後の世界
「なっ!聖女様が消えた!!」
「そんな!俺達を見捨てたのか!!」
「そんな!聖女ともあろう方が俺達を見捨てるなんて!!」
「俺達を見捨てるなんて、やっぱりあいつは聖女じゃない!!」
「金ならいくらでもやる!だから私だけでも助けてくれ」
「結婚してやるから私だけでも助けてくれ」(王子)
「お願い!こんな男くれてやるから私だけでも助けて」(公爵令嬢)
「「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」
なんてことを考えました。
お楽しみいただけましたでしょうか?
書き始めた時はこんな「どうでもいい」ばっかりの女の子ではなかったのですが、書いているうちにこんな子になってしまいました。
よろしければ、ご意見ご感想、レビュー以外にも、誤字脱字やおかしい箇所を指摘していただけると幸いです。星での評価もお願いいたします。
追記(24年5月18日)
最近書いた作品(新たな公爵となった僕は、絶望の中生きてきた伯母に会う。)が注目を受けたと思ったら、この作品が再度脚光を浴びました。
三年前の作品ですが、お読みいただき、ありがとうございます。
追記(24年5月19日)
な、な、なんと七万PV突破!
私史上初の快挙!!!
これも皆様の応援のおかげです。
本当に、本当にありがとうございます!
24年5月18日
[日間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング:3位
24年5月19日
[日間] 総合ランキング - 短編:6位
24年5月20日
[日間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング:1位
[週間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング:3位
[週間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング - 短編:2位
24年5月30日
[月間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング - 短編:2位
24年6月6日
[月間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング - 短編:1位