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+第七章 能力

 自分が人と違うモノを見ていると気づいたのは幼稚園に入ったときだった。真言には、人の目が感情に合わせていろんな色に変わっているように見える。それが当たり前だったから、それがおかしいことだとは思ってもいなかった。


 誰しもが、同じように見えているのだと思っていた。

 それがおかしなことだと気づいたのは、幼稚園に外国人講師が来た時だった。

 皆が一様に青い目を珍しがっている横で、一人真言はその外国人講師の目の色が分からなかった。

 真言にとって、人の目は様々な色に変わるものだったからだ。

 その時、真言には外国人講師の目は黄色く見えていた。

 友人や先生にそう言ったが、おかしい、嘘をつくなというようなことを言われた。嘘じゃないと言ったのに、誰も信じてはくれなかった。


 それは、身内であるはずの両親でさえも同じだった。

 唯一、真言の言うことを信じてくれたのは姉だ。

 姉自身は、人の頭の上にその人の未来が見えるのだと言った。それは、自分一人が他人と違うと思い悩む弟のためについた方便だったのかもしれない。だが、真言はそれが真実だと知っていた。真言には、感情が色で見える他にもう一つ、見えるものがあったからだ。

 人の目は真実を映し出す。

 感情というフィルターの奥を覗けば、その人の過去に見たモノを見ることができるのだ。見ようと思えばいくらでも。まるで本のページを開くように。

 姉と二人で色々試した。人の目が何色の時に、どんな感情なのかを調べたり、どうすれば感情を見なくて済むかということも試してみた。眼鏡をかけて見てはどうか、見えなくなれと念じて見てはどうか。いろいろと二人で考えた。

 結局感情という色を見えなくすることはできなかったけれど。

 それでも、姉と過ごしたその時間は、真言にとって、自分を知る貴重な時間となった。




 姉と二人で暮らしているマンションは、とても立派なものだった。

 十年前に母が亡くなり、八年前に父が再婚した。真言は去年まで父と義母と三人で暮らしていた。

 高校入学を機に、姉が一緒に住まないかと誘ってくれたのだ。正直、義母とはあまり上手くいっておらず居づらい思いをしていた真言は、姉の言葉に甘えることにしたのである。

 茉莉は父が再婚してすぐに家を出ていた。もともと父とそりが合わなかったのも一つの原因だろうと、真言は思っている。


 茉莉の作った夕食を食べ終えて、冷えた麦茶を飲んでいるときだった。

 茉莉が珍しく殊勝な声を出した。

「ねえ、真言。辛いなら、抜けてもいいのよ」

 化粧を落とした姉の顔は、いつもよりも幼く見える。スッピンの方が可愛いのにと、真言はいつも思う。

「どういう意味?」

「無理に手伝わなくてもいいってことよ。いろいろと辛いでしょ? 見たくないものばかり見えて」

 真言は、麦茶の入ったコップに視線を落とした。

「別に。平気だよ。そんなこと」

「また言ったわね。真言」

 茉莉の言葉の意味が理解できず、首をかしげて見せる。茉莉は溜息をついた。

「まあ、いいわ。辛くなったら我慢せずに言いなさい。これからが、本番だからね」

 姉の言葉に力強く頷いた。そして、疑問に思っていたことを聞いてみる。

「姉さん。どうするつもりなのさ。岸谷さんを同行させるなんて。動きにくくなったりしないの?」

「いいえ。彼女が近くにいてくれた方が、楽よ。彼女が今日みたい暴走するのを防げるしね」

 そう言って茉莉はウインクする。そう言えば、小さいとき二人でウインクする練習をしたっけなどと思いだした。

「明日は、通をまた伊藤芳郎と接触させるわ。清吾と真言には岸谷さんと一緒に彼らの動向を見張っててほしいの」

「分かった。今日みたいにすればいいってことだね。ところで、姉さん。岸谷さんには、伊藤芳郎と通さんはどうやって接触したって言っといたらいい?」

 真言の問いに、茉莉は不適な笑みを見せた。

「そうね。通は、亡くなった彩香さんの友達という触れ込みで、芳郎の元を訪ねたと言っておいて」

 茉莉は麦茶を飲み干すと、立ち上がった。

「そろそろ部屋に戻るわ。真言、明日うどん、事務所に持って行くって覚えといてね」

 仕事の話から、いきなりうどんに代わって真言は面食らった。

「え? うどん? 事務所に?」

 発した言葉はすべて疑問形になった。

「そう。賞味期限一週間も切れてたのよねぇ。清吾にあげようと思って」

 真言は姉のセリフを聞いて頬をひきつらせた。

「ね、姉さん。清吾さんのこと、残飯処理として使ってない?」

 もしくは、ゴミ箱扱いなのではと真言は疑った。

 茉莉は口元に笑みをのせる。

「ふふふ」

 答えを待つ真言に笑い声を残したまま、茉莉はダイニングを出て行ってしまった。

「うーん。清吾さんごめんなさい」

 なんとなく申し訳なくなって、ここにはいない清吾に謝った。きっと今頃くしゃみをしていることだろう。




 はーっくしょい!

 盛大なくしゃみを一つすると、電話の相手が苦笑したようだった。

『なんだ、風邪か?』

「いや、誰かが噂してるんだろう。ほら、俺ってモテルから」

 冗談だが、本気の口調で言うと、電話の相手が同意の言葉を吐いた。

『そうだな』

「お? 認めるのか?」

 意外に思って声を上げると、相手が笑い交じりにこう言った。

『ああ、犬猫にな。犬猫以外にもか? 人間以外って言った方が正解か』

 失礼な野郎だ。

 清吾はフンっと鼻を鳴らした。

『怒るなよ』

「別に怒ってねーよ。で? お前のまわりは今のところ何にもないのか?」

 清吾が聞くと、相手の笑い声が電話口から聞こえてくる。

『心配してくれてるのか?』

「気持ち悪ぃ言い方すんな」

 清吾は含みのある口調で言った相手に、げんなりした気分で言い返した。

「で、どうなんだよ」

 怒った口調で言うと、相手はまじめな口調で返してきた。

『今のところは特に問題ない』

「気は抜くなよ」

 言うと、同意が返ってきた。

『ああ。で、そっちはどうなんだ? 上手くいってるのか』

「まあ、それなりにな。じゃあ切るわ」

『清吾、裏切ってるって、バレないように気をつけろよ」

「余計なお世話だ」

 清吾は通話を切って、鼻を鳴らした。携帯電話を机の上に放り出し、隣の机に突っ伏している同僚の頭を小突いた。

「おい、起きろ。帰るぞ」

「痛いなぁー」

 文句を言いつつ起きあがった通は、きょろきょろと辺りを見回して、不思議そうな顔をした。

「あれ? 家じゃない」

「寝ぼけてんじゃねーよ。たまってた仕事片付けてたんだろうが。もう、十二時過ぎてんだよ。送ってってやるから早く眼を覚ませ」

「んー、ありがとう清吾……」

 そういう声がだんだん小さくなったのを不審に思い隣に目を向けると、また通が机に突っ伏していた。

「だから、寝んなー!!」

 清吾は立ち上がって、通の座る椅子を蹴りつけたのだった。

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