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+第五章 見張り損?


 昼の三時を過ぎた。場所を幾度か移動しながら、マンションを見張っていたが、一向にターゲットが出てくる気配はない。

 ふいに、真言の携帯電話に着信があった。

 尻が震えて、慌てて手にした携帯電話を耳に当てる。

「は、はい」

『あー、真言? バカに言っといてくれる? ちゃんとケータイの電源入れとけって』

 姉の茉莉の声だった。真言は言われたとおりの言葉を清吾に伝える。

 やべっなどと言って携帯電話を取り出す清吾を視界から外し、真言は口を開いた。

「言っといたよ」

『ありがとう。それより、今日はもうソコはいいから、通を迎に行ってちょうだい。約束をキャンセルして、ターゲットがそっちに行ってるらしいから』

「え?」

 見張り損だったか。ターゲットはとっくにマンションを出た後だったようだ。

 茉莉に分かったと告げて通話を終えると、清吾を急かして車に乗り込んだ。

「ターゲット、通さんのとこだそうです」

「ふーん。恐ろしいねぇ」

 真言が清吾の言葉に肩を竦めて見せたのが合図のように、車は発進した。




 通の付けている発信機のおかげで、位置は大体把握できる。ほどなくして、通を見つけることができた。

 駅が近くにある繁華街。人通りの多い歩道に横付けて、停車した車の中から通の姿を眼で追う。

 歩道を歩く通の横には、やけに姿勢の良い歩き方をする男性がいた。

 まるでモデルみたいだという印象を持つ。

「なーんか、化けましたよね」

「ああ? 通の女装か? あいつは女装したら女にしか見えんからな」

 いや、女装のことじゃないんだけど。と、思ったが、真言は口に出さなかった。

「それにしても、通さん。あんなに女装渋ってたのに、着替えたら違和感なく女性ですよね。口調まで変わっちゃって」

 真言が感想を漏らす。

 そう、真言の目に映る通は、今女性の格好をしている。普段の通は、女顔だが、普通にしていれば、女性と間違えられることはない。むしろアイドルばりのマスクのおかげで女性にはいつもモテている。羨ましい限りだ。

 今日の通はいつも後ろでくくった髪をおろし、白いシャツに水色のスカートをはいている。清楚な雰囲気だ。

 とてもよく似合っている。だが、茉莉に強要されなければ、今この格好はしていないだろう。

「隣の男が、亡くなった岸谷彩香の元婚約者か……」

「あ、そうでした」

 真言は頭の中で、元婚約者の履歴を思い浮かべた。

 その婚約者と、通は楽しげに会話をしているのだ。

 その二人からなんとなく視線を外したとき、真言は見知った人物の姿を見つけた。

「あっ、岸谷玲香さん」

 つい声を上げると、清吾がその声に反応した。

「おっ、ホントホント。いるいる」

 二人の視線の先には、通と婚約者の後をつけるように歩く岸谷玲香の姿が見える。先日事務所に来た時のような、洒落た格好ではなく、アウトレット物と一目で分かるラフな格好だ。

 清吾はゆっくりと車を動かした。

 玲香の近くに車を横付けし、清吾は車の窓を下ろした。

 驚く真言をよそに、清吾は窓から身を乗り出す。

「どーもー。岸谷さん。こんなところで何なさってるんです?」

 どこか軽い響きで岸谷玲香に声をかける。

「誰ですか?」

 真言の位置からは岸谷玲香の表情は見えないが、口調で十分訝しんでいるのが分かる。

「ああ、そうか。お目にかかるのは初めてですよね。どうもー、+プラス探偵事務所の所員です」

 岸谷玲香が息を飲む音が、微かに真言の耳に届いた。

 岸谷玲香が車内を覗くように腰を屈めたので、真言からも岸谷玲香の顔が見て取れた。

「ああ、本当。探偵事務所にいた子ね」

 言われて、真言は会釈する。

「そんなことより、こんなところで何してるんです? 憎っくき男の後をつけるなんて物騒ですね」

 清吾の言葉に、岸谷は眉を寄せて視線を道路に落とした。

「とりあえず、乗ってください。あいつらの後をつけてるってことは、この先特に用事はないってことでしょう?」

 顔を上げた岸谷は、いささか気分を害したような表情になる。

 真言はそれを見逃さなかったが、清吾は気にした風もなく後部座席のロックを解除した。

「さ、乗ってください。あいつら見失っちゃいますよ」

 その言葉に覚悟を決めたのか、岸谷玲香は車に乗り込んだ。




 日が沈んだ後の街はネオンにきらめいている。通が歩くたびに耳慣れないハイヒールの音が、辺りに響く。

 広い車道の脇に止められた見覚えのある車を見つけて、そちらに歩み寄った。助手席の窓を叩くと、すぐに窓が下がる。

「お疲れ様です」

 笑顔で、真言が通を迎えてくれた。それに笑顔を返してから、通は後部座席のドアを開けて中に入ろうとした。

 その動きが途中で止まる。後部座席に人が乗っていた。見覚えのある女性の姿を目にした途端、通は声を上げた。それは、先に後部座席に座っていた女性も同じだった。

「あっ」

 通の声と女性の声が重なった。

「あの人と一緒にいた……」

「ええっと、岸谷さん?」

 慌てる通を見て、運転席に座る清吾が笑っている。

「あの、通さん。なんだかこんなことになりました」

 真言が振り返り、情けなさそうに笑顔を浮かべた。

「うん、清吾がまた暴走したんだね」

 通の分かったような言葉に、清吾が反論する。

「暴走じゃねーだろ。あのまんまじゃ元婚約者に、この人が後付けてるのばれてたしな」

 通は肩を竦めて、車に乗り込むとドアを閉めた。

「あの、あなたは……」

「ああ、そいつも所員です」

 清吾が未だに驚きの抜けない表情をしている岸谷に声をかける。

「ああ、そうなんですか」

 どこか放心したような調子の岸谷に、通はどうもと会釈した。

「どうだった? 元婚約者の印象は」

 清吾が、バックミラー越しにこちらに視線をやったので、通はまた肩をすくめて見せた。

「どうって、そうだなぁ。女性受けするタイプだろうね。女性の口説き方を知ってるって感じ」

 通の答えを清吾は人の悪い笑みを浮かべて聞いていた。

「に、しても暑い。あー疲れた。早く着替えたい」

 足を開き、スカートを持ち上げてパタパタと振っていると、隣から遠慮がちな声が聞こえてきた。

「あの、失礼ですけど」

 その言葉に、通はしまったと思う。隣に岸谷玲香が乗っていたことをすっかり忘れていた。

「あ、すみません。見苦しいですね」

 スカートから手を離して、笑顔を向けると困惑顔の玲香と目が合った。

「いえ、見苦しいとかではなくて。あの、もしかして、あなた、男性なんですか?」

 通はその声に、目を丸くしてから、苦笑を洩らした。

「ははっ。もしかしなくても男性です」

 通が答えると、運転席から盛大な笑い声が聞こえてきた。

「無理無理、お前女にしか見えねーもん」

「悪かったな」

 険のある声で答える通の耳に、清吾だけでなく真言や玲香の笑い声も届く。

 まったく、これだから女装は嫌なのだ。

 そう思って、通は視線を窓の外に移したのだった。


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