+エピローグ
「なーんか後味の悪い事件だったね」
通が思い出したように、そう言った。事務所の自分の席に座って仕事をしていた真言は、顔をあげて通を見やる。
「ですね。でも、皆ひどいですよ。毒のこと、僕に教えてくれないなんて」
「まーだ言ってんのか。根に持つタイプはやだねー」
清吾は珍しく、パソコンに目をやりながら声を上げる。
「いいですよ、別に。どうせ僕は根に持つタイプですよ」
「あはは、マコちゃん認めちゃった」
「ほんとにな。おっと、王手かよ」
通の隣の席で、清吾が声を上げた。どうやらパソコンで仕事しているのではなく、またゲームをしているらしい。
真言は立ち上がって清吾のノートパソコンを閉めてやった。
「ああ、何すんだ真言、手挟むだろ。手!」
「あはは。マコチョン偉い」
通が拍手してくれる。
「何が偉いだ。もう少しで終わるところだったに」
「仕事中に遊ばないでください」
真言は腰に手をあてて清吾を睨んだ。
そんな真言の隣の席から、声が上がる。
「真言君の言う通りだぞ清吾。それに負けてたんだろう将棋。いいじゃないか」
その声に顔を向けた真言は眉を寄せたまま、その相手に言った。
「芳郎さんもです。何でいつもそんなふざけた格好してるんですか」
せっかくかっこいいのに。そのセリフは胸の中だけで言っておく。
真言の目に映る芳郎は、ウサギのパジャマを着ていた。ご丁寧に耳のついたフード付きのものである。しかも、色はピンクだ。百八十近い身長の男が着るものではないだろう。しかもサイズはピッタリ。いったいどこで買ってくるのだろうか。
「いいじゃないか。可愛いんだから」
無類のかわいいもの好きである芳郎は、そんな風に文句を言った。芳郎の机の上には、可愛らしいぬいぐるみや、ファンシーグッズが置いてある。今使っているボールペンにはハートのストラップがついていた。
「仕事しにくいでしょう。依頼人が来たらどうするんです」
「隠れるんだよね。芳郎」
通がフォローするように言ったが、ちっともフォローになっていなかった。
清吾は、言われてやんのと笑い転げている。
「清吾さんも笑ってないで仕事してくださいっ」
真言がそう叫んだときだった。
隣室のドアが開き、茉莉が顔を出した。
「真言、何騒いでるの?」
不思議そうな顔をしている茉莉に、真言はだってと口をもごもごさせた。
「姉さん、何でこんなメンバーばっかり集めたの?」
思い切って聞いてみた。
茉莉は驚いたような顔になり、一同を見回した。
「あら、言ってなかったっけ?」
「マコプー、こんなって言い方なくない?」
通が苦笑の色を浮かべて、真言を見る。
「通さんも、どうして僕だけへんなあだ名つけるんですか? みんなは普通に呼んでるのに」
抗議するように言うと、清吾が声を上げた。
「俺らも変なあだ名つけられてたよな、芳郎」
「ああ、俺は何だっけ、ヨシヨシとか? ヨシくん、ヨッシーとか。あと、よっちゃんの後はイカだったっけ。中学の頃ブームだったよな。通の」
そう、芳郎が言えば、茉莉も思い出したと手を打った。
「そうそう。私はマリーアントワネット」
「それは、お前が無理やり呼ばせてたんだろうが」
茉莉の発言に、清吾が突っ込みを入れる。
「ちょ、ちょっと待って。中学の時って、みんな中学の頃からの知り合い?」
茉莉の顔を見て聞くと、茉莉は大きく頷いた。
「そうそう。中高と同じ学校でね。全員演劇部に所属してたのよ」
そんなの知らなかった。茉莉が中学生の頃は、真言はまだ幼稚園にも通っていないし、聞いていても覚えてはいなかっただろう。
「皆のあだ名つけるのは、飽きちゃったから、最近は普通に呼んでるんだよ」
通が先ほどの真言の問いに答えるように言う。真言は大きく肩を落とした。
「そう、だったんですか」
「そうそう。そのうち、真言の呼び名も落ち着くって。どうせ、通はすぐ飽きるから」
清吾が、真言にそう声をかけた。
「さ、皆。それより仕事よ」
切り替えるように、茉莉が声を上げた。通がそれに反応する。
「どっちの?」
そう聞いた通の眼が、どこか輝いているように見えるのは、真言の気のせいだろうか。
「もちろん+プラス探偵事務所の方よ」
茉莉はそう言って鮮やかな笑みを浮かべた。
「さあ、みんな忙しくなるわよ」
「了解」
茉莉の声に四人一斉に声をあげた。