義足と魔肉
05
翌日。円塔内のロビーで待ち合わせ、ヴェナから偽装された識別札を受け取る。
識別札はガラスのように透明で、名刺よりもひと周り大きい。昨日撮った血色の悪い顔写真と名前、生年月日のほか、種族名が記載されている。透明な素材は高価なようで年々識別札のサイズが小さくなっているそうだ。それもそのはずで特殊な材質をしていて、角度をつければ黒くなり顔写真や文字などが見えなくなる。写真が見えなくなると擬態が可能な魔獣人の無力化につながるそうだ。
偽装の内容は種族特性が消失したことと、消失を病院が保証したこと。種族名の上には病院を表す盾と杖のマークがうっすらと見える。旧式の識別札にこの仕組みはなく、近年普及し始めたという。
種族欄には聞いた事のない『ドラピシア|≪Dorapisaur≫』という単語。ドラゴンにしては翼が無いので違和感を感じる。『人間|≪Human≫』という種族に関しては存在しないらしく、過去の探索者には第一接触者と同じ種族や適当な種族が割り当てられていたようだ。僕の場合も第一接触者であるヴェナと同じ種族が割り当てられたそうだ。
『ドラピシア』は強靭な肉体と鋭い爪に体表の鱗、鳥の足と尻尾が特性の種族だ。と塔外へ移動しながらヴェナが解説してくれた。
「ドラピシアは神様が遊びで作った種族だから、特性の発現が極端って言われてる。俺みたいに特性てんこ盛りだったり、鱗すら生えてない奴とか虚弱体質の奴とか」
「ヴェナさんが普通かと思ってましたよ。その方たちはちゃんとドラピシア認定されてたんですよね?」
「もちろん。最低限何かしらの特性は表に出る。分かり易いし、ドラピシアなら特性が一つだけでも何も言われねえ」
「だから足に特性があったってことにするんですね」
「ま、種族特定装置を使われたらバレるけど」
「今から角とかつければ説得力増しませんか?」
「角はドラピシアのものじゃないから……どうだろうな。尻尾が後から生えたって話は聞いたことあるけど」
他の種族はちゃんとしているそうで、最低限五感のどれかが優れていたり、二階から飛び降りても無傷な身体能力などが与えられているという。
オーウェルは『サーペンディア|《Serpendia》』。手足が生えていてわかりにくいが蛇だ。長い牙と舌も見たことがあるし、食事の時はしょっちゅうかまずに呑み込んでいる。
ルークは『ヴォリフ|《Volif》』。十中八九間違いなく狼だ。匂いと音に敏感な大陸一大きい狼の剥製と顔立ちが似ている。
ロビーを抜けると運転席で談笑している二人がいた。天気も良いのでサンドイッチ片手に気持ちがよさそうだ。三人とも特性てんこ盛りなのに気付き、角をつける計画が現実味を帯びてきた。街区に入る時の衛兵の視線はそういうことだったのかもしれない。
カーキ色の運送車に乗り込むといよいよ引っ越し先へ移動がはじまる。渡されたサンドイッチの包みを開ける間もなく、車体が動き出す。有名な『始動の速さは正義』理論はこちらでも通用しそうだ。
一回目の引っ越し作業はおよそ一時間半で終了。元々は倍の時間をかける見込みだった。
原因は近所の肉屋。買った肉を店のすぐ横で食べられるというベターなシステムで、排気で汚れやすいローア国では見れなかった光景だ。
素晴らしくも香ばしい肉の匂いが開けっ放しの玄関から家中を駆け巡り、それぞれの動きに磨きをかけた。先の談笑していた姿とは別の飢えた獣の姿がそこにはあった。
僕の仕事は小さな荷物を運ぶこと。三人が音も立てずに動き回り始めてからはキッチンで食器磨きをしている。高速で動く三人の邪魔にならぬようひっそりと。車椅子でできる作業はこれくらいしか残っていないのだ。YTに至ってはは軒先に置かれたままいつの間にか忘れられていた。
吹き抜ける風が強くなり匂いが消える頃に引っ越し作業は終わりを迎えた。僕は謎の疲労感でいっぱいなのに対し、荷物を抱え相当な距離を動いていた三人は汗すらかいていない。作業後も会話などもなしに肉屋に一直線。
肉屋の店頭にはケース内に肉が冷やされ部位や値段ごとに並べられていた。日によって値段は変わるようで魔獣の肉がお得な価格らしい。
青紫がかかった肉は食欲をそそられなかったが、すぐ横で焼かれていては色など関係なかった。狂わしい匂いの正体は魔獣の肉だったのだ。魔獣の肉と見慣れた鶏肉などを購入し横のスペースへ。野菜や米も買えるようになっている素晴らしいシステムだ。
油を敷いた鉄板の上に肉と野菜を並べてゆく。青みがかった肉は熱するにつれ、赤みがかった色に代わった。エビを茹でた時みたいだなと思いながら、一思いに噛みつく。豚と牛を合わせたような味わいが広がる。豚の脂の外側に鳥の皮のような物があり脂も楽しめる。要するにそれぞれのいいとこどりだ。
安価な肉しか食べてこなかった僕の舌は、美味い旨いと発し続けた。過去に招かれた上流階級の食事会でもこのレベルの肉はなかった。価値観がおかしくなりそうだ。後に分かったことだが、魔獣よりも飼育された肉の方が高価で美味しいらしい。
生きている姿より先にこんなにも美味しい肉を知ってしまっては、生きている姿を見た時どう反応すればよいのか困る。もしかしたら魔獣人も……とは一瞬想像したが倫理観が歯止めをかけた。
気をとりなおし、肉と野菜を交互に味わっていると狙ったかのようにジュース売りのおばちゃんが現れた。買った水も少量だったので迷いなく人数分のオーダーが入れられる。三人とも骨付き肉が両手から離れないそうなので代わりに受け取る。なんでもパインジュースは胃もたれに効果があるそうな。
「ヴォリフのお兄さんにはあたしからのおごりだ」
ルークへの熱い視線と冷えたジュースが注がれた。おそらく写真《ブロマイド》の流通先の一つだろう。一方のルークはウインクにも反応せず、ありがとうと返しただけだった。
ルーク用のひと回り大きい容器には目立たないように文字が書かれていた。
書かれていたのは三つの数字。ルークの口に咥えられた骨は肉屋と焼肉スペースの看板を指していた。それぞれ212と213、容器の数字は270。数字は住所を示していた。
幸運なことに唯一の義足屋が近くにある。ところどころ未整備でガタガタ揺れるが、直線なので車椅子でも問題ない距離だった。店の看板には『キュクロ防具・義肢』とある。ドアチャイムがカランと響き、閉じきる前にはカウンターの奥から店員が現れる。左肩から真鍮の義手、種族は顔を仮面で隠していたのでわからなかった。
「いらっしゃい、好きに見てってくれ」
「彼の義足を揃えたい。鳥足のものはあるか?」
「あるぞ。倉庫から引っ張り出すから時間かかるから店内で待っていてくれ」
「ありがとう、鎧でも見ておくよ」
店の中央と壁沿いの棚に鎧が陳列されている。ほとんどが古臭いプレートアーマー。大陸では蒸気銃になすすべもなく消えていった防具だ。反対に主流となったレザーメイルの数は少なかった。魔獣人の攻撃の前ではレザーでは心もとないのだろう。
義肢は腕や指などが中心で、足なども置いてはあるものの、膝下だったり僕が必要としている長さに届かない。
戻ってきた店員がカウンターに乗せたのは骨組みだけの両足。肉の部分だけ消耗が激しく、骨だけが余り、倉庫に残っていたそうだ。
「これしかないがどうだ」
「神経接続式か」
「型番も古いから売れ残りだ。部品の在庫も怪しい」
「できれば装着式が良かったんだがな。エセルくん失礼、裾をめくるぞ。足の治療痕がとてもきれいだから装着式の方がよいかと考えているんだが」
「坊主ちょいと触るぞ、ここはどうだ。魔力を足に集中させてくれ。……その外見で魔力なしか、なるほどな」
太ももの断面から足の付け根あたりまでじっくりと触られる。指がゴツゴツしていることに気づいたのは足の付け根あたりを触られた時だった。
「ふむ、断面に感覚がないなら接続式の方がいいかもしれん。装着式でやると痛みに気づかないことがある。一番大事なのは本人がどっちがいいか決めるこったがな」
手術が必要な神経接続式と、手術の必要がない装着式の選択肢。
接続式の義肢は毎日メンテナンスしないと劣化が早まり部品代がかかるそうだ。足自体のメンテナンスは定期的に検査を受けるだけ。足全体に痛覚が復活し、元には戻せないので人によっては手間がかかる手術でもあるらしい。一番のメリットは幻肢痛が低頻度になることだ。
「動かせるモノを動かせるからな。動かした分だけ義肢のメンテが要る」
装着式は足自体のメンテナンス次第で良し悪しが変わる。型を取らないといけないので時間がかかるものの、維持費は低め。痛覚がない代わりに幻肢痛が収まるかは人次第だそうで。
「初心者なら装着式でもアリだ。装着式が合わないと感じたら、接続式に変えることもできる。この腕も昔は装着式だった。」
「型も高いですよね?」
「素材にもよるが型は高くはない。ただ、義足そのものを一から作らにゃいかんから高くなる。」
「具体的にはどれくらい……」
「一番安い素材の型と骨組みでその鳥足と同じ値段だ。次に動力だが、魔力なしなら蒸気しかない。重量は増すが代わりに値段は安くなって……二十五万だ」
「鳥足なら?」
「古いしな、十五万くらいだ。どちらも外装費がかかるから三十三万と二十万くらいになるだろう」
骨だけの義足なら少し安くすると囁かれ貧乏性の僕とオーウェルは神経接続式を選択した。安くなったとはいっても大きな買い物には違いはなく、返すべき金と恩がまた増えたのだった。
手術は尖塔内でできるらしく、オーウェルは驚いた様子だった。陽もまだ高くルドリアの森に帰る前に一度寄ることとなった。
今朝と同じ通路を抜け、医務室へ。オーウェルからは質問には頷くだけでいいとアドバイスをもらい診察を受ける。診察中の小難しい質問に頷き続けているといつの間にやら手術台に運ばれていた。手術台から見えるガラス越しの悪い蛇が嬉しそうにしていた。
謀られたことに気付くも時すでに遅し。身体全体を固定され、覚悟もあまりないまま手術が始まる。
手術は全て機械。手術と聞いて想像していた光景とは真逆だ。大勢の医師に囲まれて手術が進むのかと思いきや、専門の医師が一人だけ。その医師がボタンを一つ二つと押しただけで僕の下半身は機械の筒の中へ。円筒の中は強い光で照らされている。自分の手を強い光に向けて透かすと表せば分かりやすいだろうか。アーマープレートを見た後だったので文明に不釣り合いだと心の中で叫んだ。
事前に打った麻酔の影響で光の熱も感じることなく徐々に意識が遠のいてゆく。定間隔の秒針の音がそれを加速させた。
視界の端に映っていた時計は意識を失ってから二時間が経っていることを示している。秒針よりも有機質の時計は速く動き、身体中に血液を送っている。
太ももの断面は肉ではなく電球の口金のように金属で覆われていた。所々にある凹凸やプラグに触るとしっかりと感覚があった。凹凸はそれぞれ別の感覚を司っていて、義足を装着した際にそれぞれの感覚が通じやすくなるとのことだ。何かあった時でも、感覚ごとに別れているので不具合にも対応しやすいらしい。
大変だったのは手術が終わってからのことだ。
麻酔が残っているうちに義足と神経を繋がなければならないそうだ。義足と神経は一度接続してしまえば使用者以外には使えなくなる。量産された義足は全てこの仕組みが採用されていて、盗難されることが無いらしい。骨組みだけ残っていたのもこれが原因だろう。
繋ぐ作業は自分でやらなければならず、失った痛みを取り戻す儀式をしないと不幸が訪れるらしい。義肢になっただけで不幸なのではと思ったが、さらなる不幸を呼ばないためにもさっさと終わらせることにした。
…………なんてことは……ない……小指を棚にぶつけた時の痛さだ。痛みに慣れているうちにもう片方も繋げた。ぶはっと大きく息を吐きだすと医師たちから拍手が送られた。
足があるという感覚は戻ってきた。麻酔がまだ効いていて動かせないので車椅子にはまだまだお世話になりそうだ。