病院解体図
長い廊下には自分以外の患者やそれに付き添う電球頭が二、三組居た。患者たちには狼の耳や鳥の翼が生えており、ヴェナや医師だけが特殊という訳ではないようだ。
電球頭の胸部にはそれぞれYTと数字が角張った書体で刻印されていた。
無言の時間を寂しく感じたので刻印の意味を尋ねた。
「YTはYellowToolの略称だ。頭が光りが黄色いってのと、仕事を補助してくれる道具だからだな。」
「昨夜勝手に動ていたのは中に人が入っているんですか?」
「入るスペースなんてないさ。中には細かい金属部品が沢山ある超技術の機械さ。頭の電球だけは俺たちの技術だけどな」
「でもなんで電球を頭に?」
「さぁ?サイズがピッタリだったんじゃないか?」
車椅子を押してくれている電球頭の刻印はYT-20である。数字は通し番号らしく、全部で何体いるか把握できていないらしい。
そこで昼を知らせる鐘が鳴った。廊下に響く鐘の音はヴェナを急かしていた。なんというか目付きがギラギラしていた。
食堂に近づくにつれて、肉の焼ける、たちまちに腹が減る匂いが漂ってきた。ヴェナの足取りが速くなる理由が良くわかった。
食堂前では多くの患者たちが列を作っていた。
「大人気な食堂なんですね」
「そうだ、料理長の腕のおかげだぜ。魔獣討伐隊の支部が近くにあるからな。今も討伐隊が治療に来ているからその影響で混んでいるんだ。人手不足だから余裕のある部隊しか治療できないがな」
そう答えながらヴェナはYTに代わって車椅子を押し始めた。
最後尾の患者にヴェナが今日のメニューを聞くと素早く敬礼した後に話し始めた。
「ヴェナ看護長お疲れ様です。今日のメニューは魔獣の肉ですよ。我々の隊が討伐した魔獣です」
「ルーク隊長もお疲れ様。それは味わって食べないとな。やられた腹部はどうだ?軽傷だったはずだが、不安なら肉を代わりに食べてあげようか」
「ご心配なく。午前の検診で二日ほどで退院できるといわれましたから。携帯糧食が恋しいですがここの味を楽しみませんと」
そういいながら彼は識別札をキッチンに差し出す。すぐさま魔獣とやらの肉が目の前に出てきた。見た目は牛のステーキそのものである。ルーク隊長の精悍な顔は緩んでいた。
食堂内を見回すと患者たちは全員怪我をしているのが不思議なくらい鍛え抜かれた身体をしていた。それでも包帯をしていたり、痛々しい古傷があったりと魔獣はかなり手ごわいようだ。
いよいよ空腹にも限界が迫り、音を立てている。僕の識別札はヴェナが持っていたようで二人分の注文をしていた。
テーブルからはキッチン内をある程度見通すことができた。キッチン内では電球頭と同型だろう四角頭が多数働いていた。それぞれが同じ動きを繰り返している中で、唯一機械ではなかったのは牛の顔をした巨漢だ。忙しそうにしているがヴェナと短いやりとりをしていた。一分も経たないうちに目当ての肉が近づいてくる。その肉は僕の前には置かれなかった。
「期待してるところごめんな、重病人にはこの無機質プレートを出さなきゃいけない。それに重病人に魔獣の肉を食べさせると体調が悪化することもあるから食べさせられないんだ。元気になったら食べさせられるから、そんな悲しそうな顔をするな」
……なぜ病院でそんな危険な物が食べられるんだ。ヴェナから渡されたのは名の通り無機質な食べ物だった。一枚の金属プレートには肉なのか野菜なのか判別し難いペースト、色とりどりのキューブや幾何学模様の缶詰が載っていた。空腹を誘った未知の肉は乗っていなかった。しぶしぶ食べると料理が凝縮された食物であることがわかった。チキンのハーブ焼きにコンソメスープ、口の中で膨らむ謎パン。弱った身体に優しい食感と癖になる味だった。新鮮な体験だが、粥があれば粥に手を伸ばすだろう。見た目が食欲を進ませないのだ。
気付けば倍以上の量があったヴェナのプレートにはなにも残っていなかった。笑顔で食べる姿をまじまじと見られ恥ずかしかった。
完食し、週に一度までなら食べれると言ったらヴェナに驚かれた。月に一度でも食べたくないそうだ。味はいいと思うし、無機質プレートはアーチボルトの創作料理に比べれば断然マシだ。次は魔獣肉が食べたいと話して食堂を後にした。
病院案内は続き、食堂の次には中庭に行くことになった。食堂の混雑具合もよく見える。プレートを持ってきてここで食事をとる患者もいた。ゆっくりではあるが自分で車椅子を動かす事にした。
中庭の中心では大樹が天然のベンチを作り出していた。吹き抜けになっており陽の光がよく入る。そのためか中庭は綺麗な緑で包まれていた。中庭は病院の中心部でオーウェル医師がショートカットに使うらしくしばらく待つ事になった。
「体調は大丈夫なのか?車椅子くらいは押してやったのに」
「無機質プレートを食べてから調子が良くなりましたよ。軍用レーションよりは美味でしたが、やはり肉を食べたいです看護長殿」
「残念ながらしばらくは食べられないからな。元いたとこでも魔獣はいなかったのか?」
「いないですね。軍隊は存在していましたが同種と戦うためのものでした。それに……尻尾や獣耳も生えていません」
「そうかいなかったのか。エセルさんだけが生えてないのかと思ったらそうじゃなかったんだな……エセルさんの上の世界のことを知りたいんだが何かないか?」
それならばとオーウェル医師に見せた僕の経緯を見せることにした。黙読が終わると崩壊について聞かれた。なぜ崩壊が始まったのか。
崩壊は原理すら不明だということ。事細かに説明したがヴェナはそこまで興味を示さなかった。
「崩壊よりもお友達の二人の方が気になるかなぁ。」
「二人とは学校の同級生でしたよ。男がアーチボルト、女はローズって名前で一緒に三年ほど蒸気機関を研究をしていたんです。改造した蒸気機関のAERO の名前も頭文字からとりましたし」
「随分と仲が良さそうじゃないか」
「三人で国外旅行に行くくらいには仲は良かったですよ。僕亡き後に二人がくっついてくれてるとありがたいんですがね……」
「くっついてる姿は見なくていいのか?」
「それは……見たいですね。戻る手段があるとは思えませんが」
「いずれ身体も治るだろうからそれから考えればいいさ。話し相手なら任せな。先生があんなんだから慣れてんだ」
視線を向けた先からはオーウェル医師が独り言を呟きながら現れた。どう考えてもお喋り好きとは違う空気を纏っている。
急ぎの検査の必要があるという事で指示に従った。中庭を抜け、食堂とは反対の方向に進んでいった。
連れられた先は検査室というより実験室に見えた。オーウェル医師の私室もとい工房だそうだ。医療では無く、彩魔鉱の研究のために作ったそうだ。部屋の奥には大型の古い蒸気機関が佇んでいた。埃も被っておらず定期的に使われているようだった。
「検査の前にこいつを見てくれないか。この機関を君に見せたかったんだ。2年かけて仕上げたものだ。君から見てこの蒸気機関はどうだ」
「見たことない形状ですね。かなり古い蒸気機関ですね」
「そうか知らないか。それに彩魔鉱を組み込んだものだ。作動させればこの通り。始動に要する時間を少なくし、シリンダーを改良した事により作動中のロスも少なくなった」
「その仕組みなら知っていますよ。大サイズ機関の最高傑作と名高いウェルズ式機関ですね!赤魔鉱の希少性が高くてあまり制作されませんでしたが、動いている実物は初めて見ました」
「これは私が考え改良したものが既に開発されていたのか……」
「ウェルズ式自体は十年前以上に考案されていたと聞いています。実現したのは四年前でしたが」
「となるとこのウェルズ式とやらが六年前に完成したのか!?そこから君が空を飛べるまでに発達したのかね?」
「信じられないですがその通りです。大陸中でウェルズ式機関をベースに小型化が進められたのです」
「ああそうか、完成した時はこれを超える物はないだろうと思っていたがまだ上があったとは……」
ウェルズ式機関は古い機関ではあるものの、彩魔鉱の質がとんでもなく良いので、性能は勝っているだろうとフォローを入れた。うなだれる医師を横目に看護長たるヴェナは検査の準備を終えていた。力を入れてくれと言われ渡されたのは彩魔鉱のカラフルな原石。そのまま両手で挟み力を入れた。結果は手のひらに石の凹凸の跡が付いただけだった。
「オーウェル先生、凹んでるとこ申し訳ないが検査結果が出たぜ。魔力は無し。どの色も発光反応は無し」
「そうか。面倒な手続きが減ったな。魔力自体が認知できていないのかもしれないな」
「貸してみな、こうやって手のひらからズズッとやればほら光った」
再び力を入れてみるものの、反応は無し。魔力を出している手のひらを凝視しても変化は感じ取れなかった。床に叩きつけた方がエネルギーが得られるだろう。
彩魔鉱はエネルギーを受け取ると量に応じて発光し、貯蔵する性質と、一定の衝撃を受けると貯蔵したエネルギーを変異させて、放出する二つの性質を持っている。
精錬すれば色ごとに分離しエネルギー変異の性質を活用することができる。精錬前のいわば原石は様々な色が混ざっているため、エネルギーを受けると通常は虹色の均一な光となる。しかし不思議なことに目の前では赤い光が強調していた。
「魔力があれば相性の良い彩魔鉱が光る。俺の場合は赤色だから増幅だな」
「蒸気機関でもこんなに眩しい光はなかなか出せませんよ。魔力は相当すごいエネルギーなんですね」
「相性が良い色ならこれくらいはできるさ。それと光ってるだけに見えるだろうがしっかり反応は起きてるんだ」
「湯船に赤魔鉱持って入ると温度が下がらなくて便利でもあるな」
「魔力でお湯は沸かせないんですか?」
「疲れるから滅多にやらん」
検査が終わり午後の検診がある時間ということで部屋に戻ることとなった。三人で工房を出たところで激しく鐘が鳴り響いた。耳をつんざく鐘の音は魔獣の襲撃があった際に鳴るそうだ。激しい衝撃とともに病院全体が揺れた。鳴り止まない鐘の音が事態の重大さを物語っていた。当然オーウェル医者とヴェナ看護長は駆り出される。工房は強固に作られているのでここで待っていろと指示された。厚みのある金属製の扉が閉まり、鐘の音が遠くなった。再び衝撃で工房が揺れる。机に置かれたガラス製の器具が落下し散乱する。
少しして揺れも止んだ。鐘の音は止まっていたようで防音の効いた工房から外の様子は感じられなかった。外は安全かどうかもはっきりしないので二人が戻ってくるまで待つことにした。
二十分ほど時計の針が進んだが二人は戻ってきていない。気晴らしに散乱したガラスを片付けていたがそれも済んでしまった。不安がっていると重い爆発とともに壁が壊された。焦げ臭い外気と共に翼の生えた人がやってきた。全身のパーツは別の動物を取って付けた禍々しい見た目をしていた。顔だけは人間そのもので不気味さを底上げしていた。顔こそ人であるが目の前にいるのが魔獣であるということに確信をもてた。魔獣人とでも呼ぶべきだろう。
魔獣人は爆発によって散乱した室内を見回し、部屋が赤色で染まった。眩しさから解放されると頭の無いYTたちが工房の奥から現れた。
魔獣人が掠れ声で言葉を発するとYTたちは僕に向かって歩いてくる。
「捕えろ」
短い命令にYTたちの歩調が速くなり途端に周囲を機械に囲まれる。金属の扉も車椅子では開けられない。YTたちに追いつかれ車椅子から引き剥がされそうになり「やめろ」と大声が出た。薬の効果切れのタイミングだったのだろう。喉に手を寄せてしまうほどの激痛が走ったが、YTたちが動きを止めた。
「違反者を捕えよ」
驚いた表情の魔獣人が再び命令をするも、YTたちが従うことは無かった。言葉を変え、語気を強めながらの命令にも反応は無い。異変に気が付いたのかドアの向こうから大勢の足音が聞こえた。
直後に背後のドアが開き、武装したヴェナを筆頭に数人が飛び込んできた。食堂でヴェナと話していたルーク隊長がいたので、彼らは魔獣討伐隊なのだろう。
彼らを見て魔獣人は動きの無いYTたちに大きなかぎ爪を立て引き裂いた。胸部から金属製のパーツが飛び散った。隊員の一人が前へ出ようとすると、赤い閃光と共に近くのYTが爆発した。隊員はかろうじて防御姿勢を取っていたが防具には金属製のパーツが突き刺さっていた。冷静さを失ったと見せかけて罠を張っていたのだ。僕らに近づいてくる様子もないまま罠を仕込み終えた魔獣人はいつの間にか透明なケースを手にしていた。ケースの中には左右の傷だらけの足が液に浸されていた。ニヤリと口をゆがめた魔獣人は閃光を投げ、自らの開けた穴から去っていった。討伐隊が追おうとするもYTが次々に爆発し全員が自身を守ることしかできなかった。複数の爆音は工房に響き渡り僕は気絶してしまった。
魔獣人の襲撃から三日が経った。討伐隊がよく利用する病院ということもあってか、一段落後の対応は早かった。意外だったのは人的被害より建物の損害が大きかったという事。大部分が爆発の被害に遭ったものの幸いにも死者はいなかった。オーウェル医師によると一番怪我が酷かったのは僕をかばってくれたヴェナだそうだ。笑顔で背中の鱗で守られたと言っていたがそれでも一月以上の療養を強制させられていた。僕に足があったらこんなことにはならなかっただろう。命を救われたのは今回で二度目だった。何らかの形で恩を返さなくては。
襲撃から六日目の昼。この病院は機能しないとみなされ近隣の街に避難することになった。僕はオーウェル医師の別荘に連れ去られ、病院が復旧するまで住むことになった。木製の扉が開かれると笑顔で出迎えるヴェナの姿があった。