4、実の父のように
しゅうと紗弥華の絆が強まるお話です。
「なんと美しい。美香の瞳にそっくりだ」
「髪は貴方の色ね。産まれた時のまんまだわ。会いたかった……!紗弥華……!」
「お会いできて光栄です……。ですが、私はアステールに戻る為にきたわけではありません。実の両親が本当に生きているのか、どういう人なのかをこの目で確かめるためです」
「紗弥華?」
「私を育ててくれたのは、花楓ちゃんだから。やりたいこともあるし、私は2日後にまた日本へ帰ります」
「そんな!!」
(なぜ?どうしてこの人はこんなに必死なの?)
声を上げ悲しむ美香の迫力に、紗弥華は少し恐怖を感じて一瞬怯んだ。その様子にシューウィルは自分の後ろに紗弥華を隠すように、前に出た。
「両陛下。紗弥華様はほんの7日ほど前まで、何も知らされておりませんでした。今も不安の中、色々お悩みになられていることでしょう。ひとまず紗弥華様とゆっくりお話をなさってはいかがでしょうか」
その意見に、アランも同意して頷いた。
「無理もない。色々な事を急に知って混乱もしているだろう。こちらで住むことは、ゆっくり考えてくれて」
「ありがとうございます」
紗弥華が初めて父と交わした会話は、何とも他人行儀なものだった。
「でも、アラン!!」
「落ち着くんだ。美香。まずは会えた事を喜ぼう」
うろたえる美香をアランは冷静な声で制した。
それを見てシューウィルが号令をかけた。
「謁見の間にお茶のご用意を整えております。両陛下を謁見の間へお連れするように!私は紗弥華様をお連れする!」
シューウィルの声に護衛の者や侍女達が音も立てずに現れたかと思うと、祭壇から両親を連れて出ていった。
辺りは急にシーンと静かになった。
「シューウィルさん、ありがとうございます」
「とんでもございません。それに、今までのように『しゅう』で構いません。それでは、謁見の間までご案内致します」
「はい。」
「では、お手をどうぞ。足元にお気をつけください」
そして二人は祭壇の階段をゆっくり降りた。
残った神官らしき人達も、深く一礼し、長らしき老人が、「ご挨拶は後程」と言うと、祭壇を出ていく2人を見送った。
王宮とは一体どれくらい広いのだろうか。シューウィルが言うには、今いた祭壇は、限られた者しか入れない神殿らしく、王宮の最奧にあるそうだ。長い長い廊下が永遠と続いているように見える。
「謁見の間に着くまで少し私の話をしてもよろしいですか?」
そう言うとシューウィルは立ち止まり、紗弥華を見つめた。シューウィルの真剣な眼差しに紗弥華は、はいと答えた。
「私は、紗弥華様を生まれた頃から存じておりました。紗弥華様が日本へ行かれた時も、私は胸を引き裂かれる思いでした。小さなあなた様を守りきれなかったのは、家臣として情けない限りです。申し訳ございませんでした」
シューウィルは深々と頭を下げた。唐突な謝罪に、紗弥華は慌てふためいた。
「しゅうさん!?顔を上げてください!花楓ちゃんから少し話は聞きました。お母さんと私の命を狙う人達がいたと」
「そうです。犯人の取り押さえに難航し、両陛下も紗弥華様を手離すのは苦渋の決断でした。家臣達もまた、主の家族を守れなかった己の無力さを感じており、私もその1人でした」
2人はまた長い廊下を歩きだした。
「それでも、あなたは真っ直ぐ、スクスクと育ってくれました。2歳頃だったでしょうか。あなたが初めて私の名を呼んでくれたのです。『しゅう』と」
シューウィルはさっきとは違う柔らかい表情で紗弥華に目線を送った。
「シューウィルという名前は2歳の紗弥華様には難しかったのでしょう。それから私はずっと『しゅう』です」
「ごめんなさい。私てっきり、しゅうが本当の名前とばかり思って」
「いいえ、私はとても嬉しかったのです。あなたを助けられなかった罪悪感に苛まれていた心を、救ってくれました」
昔の話をされるのは、何だか恥ずかしい気持ちになった。しかしそれよりも、そんなに昔から自分の事を見守ってくれていたのかと、紗弥華は心から嬉しくなった。
「だから、私は決意したのです。過去を悔やむより、未来あるあなたを、あなたの未来を必ず守ると。例え相手が両陛下でも。私はあなたの意思を尊重します。あなたが日本へ帰りたいと言えば、私は全力であなたを帰します」
シューウィルの決意に、紗弥華は温かいものを感じた。
「実は、今回も直接会いに行くと申し出た両陛下を抑えて、わたしが迎えに行きました。花楓様との生活に満足されている紗弥華様のお姿を拝見しておりましたので、紗弥華様が仰られる事は容易に想像がつきました。ずっと待ち望んでいた両陛下が取り乱すと無理強いをしていまうのではないかと思い、半ば強引に来てしまいました」
「どうしてそこまで……」
「あなたは、私の中でもう半分娘のようなものなのかもしれません。私は日本へ行くのが楽しみでした。成長するあなたを見るのが。しゅうと呼んで私を慕ってくれるあなたが」
少し困ったように照れたシューウィルの顔が、紗弥華には何だか、懐かしく思えた。
(この人が本当の父親だったら良かったのに……。)
きっとシューウィルとなら何の問題もなく『家族』になれる。紗弥華は素直にそう思った。
「お喋りが過ぎましたね。着きました。こちらが謁見の間です」
シューウィルが扉を開くと、アランと美香は、豪華な椅子に座り、紗弥華を待ちわびていた。
「紗弥華…!!」
美香は我慢できないとばかりに、紗弥華に抱きついた。
「会いたかった!この時をどれだけ待っていた事か!」
顔をグシャグシャして泣く美香に、紗弥華はただ茫然と立ちすくむしかなかった。
(どうして、この人を抱き締められないんだろう?花楓ちゃんなら、いくらでも抱き締め返せるのに)
「ミカ様、紗弥華様が困惑されております」
「ごめんなさい。つい。さっ、どうぞ座って」
美香は名残惜しそうに紗弥華から離れ、自分も椅子に座り直した。
「シューウィル人払いを。お前も扉の外に待機するように」
「いえ、シューウィルさんも同席してもらいます。シューウィルさんが同席されないのであれば、私は一言も喋りません」
紗弥華のいきなりの申し出にシューウィルは驚いた。アランと美香も驚いた顔をしている。
「紗弥華様?」
「一緒にいてしゅうさん。お願い。」
「……かしこまりました。紗弥華様。あなたのお側に。」
シューウィルは何かを察したのか、それを受け入れた。紗弥華を椅子に座らせると、シューウィルは紗弥華の座る椅子の後ろに立ち、紗弥華を見守った。
「紗弥華はシューウィルに懐いているようだな」
「懐いているのではなく、信頼しているのです。……実の父のように」
その言葉にアランの眉がピクリと動いた。
シューウィルも目を見開いて驚いた。だが、その後優しく紗弥華を見つめて微笑んだ。
アランは、その様子を気に食わないとでも言うように、言葉を続けた。
「シューウィルは、私の執事だ。紗弥華が元気に過ごしているか定期的に確認するように私が言った」
「お気遣いありがとうございます」
不機嫌になるような事を言ったのは紗弥華本人だか、本当の事だからしょうがない。だが、「シューウィルと仲良くなれたのは俺のおかげ」と言わんばかりのアランの発言に、紗弥華は違和感を覚えた。
「改めて言おう。私はこのアステール国の国王。アラン・ライムス。そなたの父だ。我々は、紗弥華を正式にアステールの姫として迎え入れたい。アステールの姫として、この国で生きてほしい」
(やはり、言われてしまったか。当然だ。元々そのつもりでこの人達は異世界まで私を呼んだんだから。でも、私の答えは決まっている。)
「それにお答えする事はまだできません。確かにお二人は私の両親なのでしょう。ですが、私は今の日本の生活に何の不満もありませんし、いきなり異世界で初めまして同然の両親と暮らすというのは不安しかありません」
「最初は不安があるのは当然だわ。私も最初はそうだった。でも少しずつ慣れていくわ」
美香の助言にも、紗弥華は首を縦に降ることはなかった。
しばらくこの3人の押し問答が続いたが、話は全く平行線のままだった。そして終わりの見えない話し合いに疲れたのか、辺りにはひんやりした沈黙が流れた。沈黙を破ったのは、シューウィルだった。
「提案なのですが、定期的に紗弥華様にアステールに遊びに来て頂くのはどうでしょう?」
「定期的に?」
アランが冷たい眼差しをシューウィルに向けた。
「紗弥華様?日本ではもう少しで夏休みのはずでは?」
「はい。あと1ヶ月半もすれば」
「この2日で少しでも、気に入ってもらえたら、よろしければ、また遊びに来てはいただけないでしょうか?すぐに定住の有無を決めるのではなく、紗弥華様には時間をかけてアステールの良さも知ってもらい、改めて決めていただけたらと思います」
その言葉にアランも美香も同意した。
「わかりました。とりあえず、この2日間はこちらに滞在しますので、お世話になります」
紗弥華はアランと美香に一礼した。
「今日はもう遅いからこれまでにしましょう。部屋を整えてあるわ。今日はゆっくりやすみなさい」
美香が紗弥華に促した。
「ありがとうございます」
「シューウィル、紗弥華を部屋まで案内してあげて」
「かしこまりました」
シューウィルは紗弥華の部屋へと案内した。
「紗弥華様。こちらへ」
扉をくぐると、そこには広々とした部屋にベッドとセカンドテーブル。
クローゼットに入りきらなかったのか、店のように紗弥華用のドレスが並べられていた。
部屋を見渡しながら部屋に入ると、突然足に力が入らなくなり、紗弥華はその場にうずくまってしまった。
「紗弥華!?大丈夫ですか!?」
「ごめんなさい……何か緊張の糸が……」
シューウィルはすぐに駆け寄ると、紗弥華が小刻みに震えているのがわかった。今までは執事として毅然と振る舞い、紗弥華とも一定の距離を置く事を心掛けていた。それが主に対しての唯一の忠誠心だと自分に言い聞かせてきたからだ。しかし、目の前で震える愛しい存在に我慢がでず、シューウィルは紗弥華の身体をそっと抱き締めた。
その温かさに、紗弥華の目からも自然と涙がこぼれた。
「私……怖かった……。両親なのに、嬉しいはずなに、両親に見えなくて、何の気持ちも沸かなくて……私、おかしいのかな……?」
「あなたは何も間違っておりません。そうなって当たり前なのです。たった3ヶ月しか一緒にいなかったのに、いきなり親子関係を築けるはずがないのです」
紗弥華はシューウィルの言葉と自分の身を預けられる大きい身体に深く安心した。
思っている以上に緊張していた事に紗弥華は今気付いた。
コンコンッと部屋をノックする音がして、扉が開いた。
「失礼いたします。本日よりサヤカ様の身の回りのお世話をさせていただきます。メリッサです」
紗弥華とちょうど同じぐらいの年齢の若い侍女が部屋に入ってきた。
メリッサは、しゅうの胸に顔を埋めている紗弥華に困惑した。
「サヤカ様!?どうなさいました!?」
心配して駆け寄るメリッサを、シューウィルは静かに制した。
「心配ない。少しお疲れになられてるだけだ。……紗弥華様、少し失礼しますね」
そう聞こえたかと思うと同時に、紗弥華の身体はふわりと宙に浮かんだ。
「しゅうさん!?大丈夫!私歩けるから」
お構い無しとでも言うように、シューウィルは紗弥華をお姫様抱っこをするとサクサクとベッドまで運び布団を被せた。
「無理をせず、ゆっくり休まれてください。明日の朝また様子を伺いにまいります。いいですね?」
「はい……」
まるで、夜更かしをする子供を寝かし付ける親のようだ。と紗弥華もメリッサも心の中で思った。
「メリッサ、後は頼む」
「かしこまりました。」
「あっ、しゅうさん!」
紗弥華は咄嗟にシューウィルを呼び止めた。その声に部屋を出ようとしたシューウィルも振り向いた。
「今日はありがとうございました。おやすみなさい」
(まさかこの言葉にこんなに嬉しくなる日がくるとは……)
「おやすみなさいませ。紗弥華様」
シューウィルはいつもの優しい顔に戻り、一礼をすると部屋を出ていった。
「シューウィル様があんな顔をなさるなんて……」
「どうしたんですか?」
メリッサはネグリジェをクローゼットから出すと、紗弥華の着替えを手伝いながら、話し始めた。
「シューウィル執事長は、確かに柔らかいお顔立ち持ち主ですが、表情をあまり変えることがありませんし、人前で女性とベタベタする事はありませんでしたから」
「そうなの?」
「はい。決して本性を見せずに、表情もあまり変えないので、執事や侍女の間では『仮面執事』と呼ばれるほどです」
「仮面執事……」
普段のシューウィルからは想像があまり付かず、紗弥華は首を傾げた。
「私も、あんなに表情を崩される執事長は初めて見ました。きっと、サヤカ様をとても大事に思われているのですね」
メリッサの言葉に何だか照れ臭くなった。っと同時に
グー……。っと豪快なお腹の音が部屋に響き渡った。
「あっ……。そういや夜ご飯食べてなかった」
「まぁ、それは大変ですわ!お疲れのようでしたら、身体に優しいものを何か用意しますね」
「ありがとうございます」
それから紗弥華はメリッサの用意してくれた食事を食べ、ここ数日の寝不足もあり、ぐっすりと眠った。
読んでいただいてありがとうございました。
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