正義を成すのは誰が為
勇者は立ち会ってしまう。運命と呼ぶべき巡り合わせによって。
それが望まれないタイミングであっても。
子爵、リケン・マイヤーは怯えていた。
「だれか!誰かおらぬか!?」
普段は壁に飾られていた、ごてごてとした装飾のある長剣がガリガリと床に爪痕を残していく。
「こ、このようなことをしてただですむとヒイッ!?」
地面を這う最中、頭上を剣が通りすぎる。
執務室には二人しかおらず、使用人とその雇い主だけである。
さらに言うならばこの屋敷にいるはずの者達はなぜかその姿を見せることがなかった。
「今日はお祭りですし、早めの終業を伝えてあります」
「なにっ!?そ、それでは警備はどうなっておるんだ!?常に何人かはのこるはずだろう?!」
「差し入れに薬を盛ったら簡単でしたよ。最悪の手段を取らずに済みました」
油断を誘うために普段から良い関係を築いていたのだが、それは言うまでもないことだ。
「金なら出そう、い、いくらほしいんだね!?」
「おや、金庫の鍵さえあれば持ち出すのは簡単でしょうに。口約束で満足できるとでも?」
「殺すというのか!?」
「したくはありませんでしたが......残念です」
壁際に追い詰められた子爵の肩に長剣が添えられる
「ヒィっ!!た、頼む!命だけは!!助けてくれ!」
「その言葉、逆の立場なら聴くんですかね?」
今まさにその首を切り落とさんと力を込めたその瞬間、扉が勢いよく蹴飛ばされた。
「全く、勇者とやらは休みがないらしいな」
あと少しでも遅ければ目の前の肥えた豚を始末できた筈なのに。
「その剣を下ろせ。さもなくば切る」
悪党に情けをかけないと噂の、皆から勇者と呼ばれる男は腰の剣に手を掛けたまま不届き者を睨み付けた。
神楽坂結城は一般的な学生であった。
その人の善さから頼られる存在でありつつも我を徹す意思があった。
スポーツ等はそつなくこなし、成績も悪くない。
皆からの信頼も厚く本人がその気であればリーダーとしての手腕も発揮できていただろう。
そんな彼の転機はある日の帰り道、かすかに聞こえた助けを求める声に導かれるように裏路地に足を進めた先で起きた異世界転移である。
過程はどうであれ神楽坂は手にいれた力と、放っておけない人のよさによってこの世界の勇者として担ぎ上げられることとなったのである。
それは任務の帰り道。急ぐ理由もなく立ち寄った祭りの中で聞こえた、助けを求める声によって休息は終わりを告げた。
「どうしたの?」
いざ祭りを楽しもうとしたタイミングで立ち止まった結城に訪ねるのはパーティーの魔法士マリーである。
日頃は深く被っているローブのフードをはずしているので深緑色の髪が軽やかに揺れている。
「ん?どうした、催したか?」
重厚な鎧を外してみがるになっている盾職のゴードンが配慮のない言葉を掛ける。
「あなたに配慮と言うものは無いんですか?」
ゴードンをジト目で睨むのは神殿の巫女、リースである。
今は聖職者の装いではなく街中を歩くための身軽な装いとなっている。
「行かないとっ!」
「は?あっおい!」
突如駆け出した結城に一瞬固まったものの、3人は後を追うように動き出す。
「またなにか聞こえたの?!」
「あっちは領主の屋敷の方じゃねぇか?」
「面倒なことにならないと良いけど!」
神楽坂結城は助けを求める声を感じとることが出来る。
その感覚になれて来ているためその声がどれ程の緊急事態かを把握することが出来た。
そして、祭りためにほとんどの装備を外しているために結城は腰の剣程度しか持ち合わせておらず、残された3人は最低限の荷物を準備するために遅れて屋敷へと到着したのであった。
「こっちか!」
なぜか人影のない屋敷の中を駆け抜け最短距離で執務室の扉までたどり着くと、勢いそのままに扉を蹴り開けることでどうにか間にあったのであった。
「今日は祭りだろ?ゆっくりとしていればよかったのに」
まるで友人に話しかけるような気軽さで男は乱入者を見る。
「助けを求める声を見捨てて遊べるほど図太くないからね」
「便利なんだかめいわくなんだか」
「それで救える命があるなら良いことだろうさ!」
「おっと、それ以上寄ると手が震えて間違いが起きそうだ」
そう言う男の手に握られた剣は追い詰められて震えるマイヤーの首筋に当てられ、薄皮を削ぐほどの位置で止められている。
「ぐっ...だがその瞬間俺を止めるものはなくなるぞ」
「だろうな。たかコレを生かすというのも出来ない話だ」
「なぜこんなバカな真似を?」
「馬鹿?これは正義だからな、きっと神も赦してくれるだろう」
「人を殺すことが正義だと?」
「そうとも!ひとつの命が2つの命を救うのだからな!」
「正当な裁きに依らないならそれは正義とは言わないだろう」
「正当な裁き、ねぇ...?」
ため息と共に男の肩は落とされる。
「は、速くたすけっ」
「黙ってろ!」
叩き付けるような言葉とともに、添えられた剣を伝って赤い筋が垂れる
「裁きならすでに降りたさ。正義とはほど遠い結果になったがな」
「どういう事だ?」
「無実の罪で投獄されたやつが居るってことだよ」
「それが事実なら再度裁かれるべきであって、あなたが手を下すことではありません!」
会話に割り込んで来たのは勇者グループの聖職者、リースであった。
「どうせ変わらんさ。この街の正義は金で買えるのだからな」
「ならっ!この街を出れば良いのです!きっと違う結果に」
「墓すら与えられず捨てられた男にどうやって伝えろというんだ!?」
「っ...!それは...」
「まぁ、ここで長々と語ったところでどうしようもないさ。俺はやることをやるだけだからな」
そういって男は剣を重力にのせるように静かに振り下ろした。
誰がみても明らかな致命傷。
添えられていた首筋の深い傷は勢い良く流れ出る液体を止めることは出来ない。
「なんてことをっ!?」
「今日を逃すことは出来ないんだ。わかってほしいとは思わんよ」
振り下ろした剣を、先程まで子爵だったものに突き立てながら男は微笑んだ。
「だが、お前の罪が増えただけだろう!」
勇者として、救えたはずの命を目の前で散らしたことに対する強い怒りをその目に宿し、神楽坂結城は前へと踏み出す。
男はそれを手の平で制した。
「それと、館から離れるなら速いほうが良いぞ?」
「なにを...?」
「元より生きて帰るつもりはないってことさ、英雄さん」
窓から見える夕闇が広がった街の空に大輪の花が咲き乱れる。
色とりどりの魔法と花火が街全体を照らす。
「あいつも、あれが好きだったんだ......」
その視線の先には先程打ち上げられたものと同じものが館へ向けて飛来していた。
崩れる瓦礫を蹴飛ばしながら、どうにか抜け出した結城は燃え上がる建物を振り返り肩を落とした。
遅れて到着した二人が巻き込まれなかったのは運が良かったとも言えるだろう。
「救うことは...出来なかったのでしょうか?」
抱き抱えて運び出されたリースは俯いたまま小さく問いかける。
だが、結城はそれに答えることが出来なかった。
「遅かれ誰かがやったはずですよ。あの領主は嫌われてましたし」
立ち尽くす二人に男が声をかけた。
「それは...どういう...?」
「兄貴はやりきったんでしょ?話すなら場所を変えましょうや」
あとから来たマリー、ゴードンと共に結城は男の家へと招かれた。
「あっしはテッドっていいやす。万が一勇者様が来た場合の説明役でさぁ」
「あぁいや、ね?実際の兄弟って訳じゃなく、盃交わした兄弟分って話で」
「兄貴は幼なじみを領主のせいでなくしてやして。あの領主は良くない趣味をもってたんですわ」
「もし兄貴がやらなければ来週には新たな失踪者が出るところで、止めようがなかったといいますか」
「私兵もだいぶ嫌われてましたし、不満は溜まり続けてたんすよ」
「勇者様がたに怪我がなかったのはよかったと思いますけど、止められたら止められたでもっと多くの血が流れてたはずで」
「兄貴は証拠をつかむために館に勤めるようになったんすけど、新しい犠牲者増やすくらいならって覚悟したらしいんすわ」
「念のためと勇者様への伝言もありましてな?」
「力あるものはその使い方を考えるべきだ」
「それと、もとの世界へ戻る為にはかなりの人命を犠牲とするって話で、こっちで骨を埋める覚悟をすべきだっていってやした」
「おっと、そんな顔をしなさんなって」
「え?いや、勇者様と同じで兄貴も受け取った力のおかげで一月もすればまた帰ってきますし」
「そもそも無実の罪で絞首刑になったのは兄貴なんですよ?」
「詳しくは教えて貰って無いんですけど......えっいやこまるってば!」
「何日かすれば棺で出てくるんだからわざわざ掘り返す必要はないってのに!」
「もし今から騒いだら変にこじれるんだから落ち着いてってば!」
「今回の件、事故として処理されることが最初からきまってるんでさぁ」
「なんにせよ、勇者様方に気にしてもらう必要はないって話で」
「え?あぁ、それくらいならかまわないっすけども...」
「とにかく、勇者様らに出来ることは無いんでさ。祭りでも楽しんできたらどうです?」
ここから先はこの街の者達でどうにかするからと、テッドは結城達を見送るのだった
木葉の隙間から差し込む穏やかな日差しがまぶたを赤く照らし、穏やかな風が頬を撫でる。
「はて?棺の中に居るはずでは?」
ふわふわとした布に横たえられた体を起こして目に映るのは、整えられた芝生にきれいに整えられた木々。
かなりのお金をかけているであろう庭園のなかに建てられた東屋に一人の女性が優雅なティータイムを過ごしている。
「えっと、失礼ですがここは?」
一人の付き人が離れていくのを見送りながら残ったほうの使用人へと話しかける。
が、紅茶を飲む女性の方へ促すだけで声すら出そうとしない。
「あの、ここは?」
「綺麗でしょう?私のために作られたのですよ」
女性はさも当然のように緩やかな所作でコップを置いて答える。
「なぜ私はここに?」
天国は人のすみやすい環境などという話を思い出しながらつねったほほが現実であることを教えてくれる。
「私はマリィです」
「えっと...?」
ニコニコと微笑みながら席を指差すその流れに押されるように空いた椅子に座ると、待ってましたと言わんばかりの速度で紅茶を出された。
「あの?状況がわからないのですが?」
マリィと名乗る女性はその笑みを絶やさないまま謎の凄味によって質問が流され...じゃなくて増してるっ!?なにかを求めてらっしゃる??
「タローです!はじめてして!」
初対面ならとりあえず挨拶をすればどうにかなるサラリーマン精神で声を出すと露骨に噛んでしまった。
「フフッ...はじめまして」
笑われてしまった...気恥ずかしさをごまかすために紅茶を手に取ると爽やかで華やかな香りが花をつく。
「本日はマルタ山脈のパーオルをご用意しました」
あっ!給仕さんが喋った。
「タローさん。歓迎いたしますわ。それが偽りの名だとしても、です」
彼女はどこまでしっているのだろうか
「......いえ、消えたはずのものが現れるべきではないですから。私はタローですよ」
「ではそのようにしますね」
背景の庭園と相まって、微笑む姿はまるで絵画のように思えた。
「それで、なぜ私はここに?」
心を落ち着けるために喉を潤して深呼吸をした上で切り出した。
「俺が頼んだからだ」
後ろから聞こえた声に振り返っ...勇者!?なぜそこにいるんだ!?
あっさっきどこかに行った人!お前がつれてきたのか!?なんてことを!
「お久しぶりですマリーベル王女殿下」
「お元気そうね、結城」
オイオイこれはなんて冗談だ?あまりの衝撃に一瞬、目が体から離れたような気がするぞ???
「おうっで、でんっ?」
「マリィで結構ですわ」
「えっそんな恐れおおい「良いですわ」
見えない圧力に頷くことしか出来なかったことをここに記しておく
「さて。洗いざらい話してもらおうか?」
二人がうふふあははと和やかに談笑するのを出荷前の家畜のような気持ちで眺めつつ味のしなくなった紅茶をちびちびと飲み干していると結城が急に話を投げてきた。
「えっと、拒否権は?」
「ここは王族の管理地だ。不審者は痛い目にあうぞ?」
「ぐぬっ...」
「悪いようにはしないさ。とくに、同郷とあればな」
「スラムの方で細々と暮らすのでそっとしておいてください」
「その場合、消えた金の参考人として引き立てねばならんがいいのか?」
「馬鹿な、隠蔽は完璧だったはず!」
「やっぱりくすねていたか」
「ハッ!」
クスクスとマリィさんが笑うので少し落ち着いた。
「それで、あの力はなんだ?どうして生き返る?」
「知りたいのはそっち?」
「全部聞きたいが、それはきっと答えないだろう?」
「まぁね。あれはライフイズマネーってスキルだ」
「効果は?」
「貯めた金を消費して復活」
「他人にも使えるのか?」
「金額は感覚だが、自分と他人では代償の額が変わる」
「具体的には?」
「状況次第だ。そもそもの算出式が変わるらしくてな」
「お前の場合はどうだったんだ?」
「生き返る権利を買うと次は復活までの時間を金で短縮できる」
「金を掛けたら即復活も出来るのか?」
「金額は洒落にならないけどな」
「そう、か......」
「で?スキルなんて聞いてどうすんだ?」
「パーティーに空きがあってまぁまぁ困っていたんだ」
「お断りします」
深々と頭を下げる。
「金だけじゃなく市民権も出せるぞ?」
「よし、わかった任せとけ!」
好き好んでスラムに行く奴なんていねーんだよ!文化的生活最高!
「なんとまぁ...現金なことで」
「金で買えるもんなら買うだろ常識的に考えて」
「お前は金で買えないから困ってるやつも多いってことを自覚するべきだな」
うるせー!金を持ったやつが正義なんだ!
あっ執事さん紅茶をもう一杯良いですか
ちなみに。
王女殿下は神楽坂結城からあらかじめ聞いていたらしい。
道理で静かに聞いてたはずだよ
結城「ちなみにマリィは人の心を見通す力があってな、ここ数日横たわったお前と共にいた。あとはわかるな?」
タロー「えっ???」
タロー「......即時なら小金貨五枚(一般的市民2ヶ月ほどの給与)」
結城「どこが高額なんだ!?(その十倍を1日で稼ぐ男)」