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【プロローグ】最強のハンター、学園に通う ~村を滅ぼされ復讐を決意した少年は生きる目的を探しに行く~

作者: 有岡白鷺

☆1でも評価していただけると幸いです!


ブクマ・感想も頂けたら嬉しいです!

「……まさか、君と当たるなんてね。ヴェンデッタ家の長男。それとも、君のお父さんか誰かが、弱ーい平民に当たるように細工したのかな」


「な、何を言っているぅ!?」


「図星なんだ」


 茶髪の少年が右腕をふりかぶる。


「今から本気で殴るけど、死なないでくれよ」


◇◇◇


 俺、フォルナが住む“セツナの村”は貧しい。

 寒冷な地域のせいで農作物が満足にできず、往来する商人も数ヶ月に一度。

 なけなしの農作物も税として貴族に取られてしまう。

 そのため、主な食料は狩りで得た動物だけだ。


 それでも、村の人たちは優しく、みんなで協力してなんとか生きてきた。


 ……まあ、少子化も進んで廃村一直線なんだけどね。


「行ってきます。村長さん!」


「おお。気をつけてな」


 今日は、俺の狩人(ハンター)デビューの日。

 朝早くから準備しないと!


「あ、フォルナ。少しだけ待ってくれ」


 そう思って、猟銃を持って外に行こうとすると、俺を泊めてくれている村長さんに呼び止められた。


「どうしたの?」


「いや……お主の部屋の机に手紙を入れておくから、狩りから帰ったら読んでくれ」


「わかった! それじゃあ、いってきまーす!!」


 村長さんに返事をしてから、勢いよく家を出る。

 そのまま村のみんなに挨拶をして、門に向かう。


「お! 今日は早いなー。さすがは狩人様」


「おはよう、ドルトナさん」


 門番を務めているドルトナさんに声をかけられた。

 ドルトナさんは屈強な人で、どちらかというと小柄な俺とは大違いだ。狩人としては憧れてしまう。


「にしても、フォルナももう一五歳か。時が経つのは早いな」


 この村……というよりこの国では、一五歳が成人だ。お酒も飲めるようになる。

 街に住む人たちは学校というのに通うらしいけど、ただでさえ人口が少ないうちでは一五歳になった子どもは働くことになる。

 同じ世代の子はいない。下も五歳のヤナちゃんが一人だけだ。


 ちなみに、ヤナちゃんはドルトナさんの娘でもある。目に入れてもいたくないと言わんばかりに可愛がっていた。


 なので、俺は村が生きる上で一番重要な狩人を選んだ。

 俺は体は細いが銃の才能があり、商人のホランドさんが冒険者になったら大成すると太鼓判を押すほどだった。


 ……まあ、もう一つ理由はあるんだけど。


 ちなみに銃というのは筒状の武器で、弾丸と呼ばれる武器を引き金一つで撃つ最新の武器だ。

 弓よりもうるさいうえに曲射ができず、またそれほど射程距離も長くはないが、それを補えるだけの利点はある。


「……お前もこんな辺鄙な村じゃなくて裕福な街に捨てられてりゃ、来年には勇者様が創ったていう学園に行って銃とやらの腕を磨けていたんだがな。うちの村で銃を使うのはフォルナだけだが、都会だと使用者が増えてきているんだろ?」


 ドルトナさんの言葉に下を向いてしまう。


 勇者学園、正式名称アポイナ学園は、悪魔を倒したというこの国の英雄、“勇者”アポイナが建てた学校だ。王侯貴族やお金持ちの平民、そして才能ある庶民だけが通えるらしい。

 そこには最新鋭の魔導具や研究施設が揃っており、講師も最高峰、さらには一つの街をまるごと生徒が学業に集中できるようにした学園街というのもあるらしい。

 らしいというのは、ホランドさんに聞いただけではあまりに夢物語過ぎて、イメージがしづらいからだ。


 たしかに、俺の銃の腕がそこでどれだけ通用するかは試してみたくはある。


 それでも――


「なーに言ってんの。俺はこの村に拾ってもらって無茶苦茶幸せだよ!」


 ――それでも、俺はこの村の一員であることを誇りに思っている。


「そうか! ありがとな! でも、学園に行きたくなったら、いつでも行っていいからな!! お前は俺らの息子みたいなもんだからな!!」


「うん。ありがとう」


「……ククク。気づいてないな」


「どうしたの?」


「いや! 何でもないぜ!」


 小声で何かつぶやいていたので何て言ったのか聞こうと思ったけど、かなり焦り始めたので聞くのはやめておく。


 それよりも、この村の人たちは本当に良くしてくれている。余所者の俺を本物の家族みたいに接してくれてる。


「ヤナもお前に懐いてるしな」


「はは、ありがとうって伝えといて。それじゃ、行ってくるね!」


「おう! 大物を狩ってこい……といっても、一人での狩りは初めてなんだから気をつけてなー」


「うん! 熊とか獲ってくるよ!」


 俺だって一五歳になるまで遊んでいたわけじゃない。村長さんや他の狩人の人たちについて行って技を学んだり、銃の練習をしてたりしたんだ。

 いきなり大きい熊とかを狩って、みんなを驚かせてやろう。

 そして、俺を拾ってくれたみんなに、この村には俺がいるから大丈夫! と言ってやるんだ。


◇◇◇


「……ずいぶん、遅くなってしまった」


 すっかり夕暮れになってしまった空を見上げる。


 空にはちょうど、焼いたら美味しい雪色の鷹スノウホークが飛んでいるが、今は持って帰る余裕がないので無視することにした。


「獲りすぎちゃったな」


 籠の中には、鷹が三羽と兎が五羽入っている。そして、目論見通り大きな熊も獲れた。熊は籠には入らなかったので、手で引きづっている。


「ふふん。みんな喜ぶぞー。大量大量」


 少し自慢げに銃を掲げる。

 ホランドさんが言ったように、俺は銃の天才らしい。まさか、初めての狩りでこんなに狩れるとは。


「あだっ!」


 そんなことを考えながら歩いていると、何かにつまづいて転んでしまった。


「もう。なんだ……よ?」


 どうせ木の根っこにでもつまづいたんだろと思って雪をどかすと、そこには……人がいた。

 それも死体だ。頭を矢で打ち抜かれている。


「うわあ!?」


 思わず叫んでしまった。


「だ、大丈夫!?」


 必死に雪から持ち上げて体を揺らす。

 しかし、当然ながら彼は何の反応も示さない。


「……これは」


 ふと、彼が着ている装備が気になった。

 彼が着ているのは村にはないプレートアーマーで、胴の部分に刺繍が施されている。


「これは、騎士団の」


 昔、村長さんから聞いたことがある。

 この国には村長のさらに上がいて、そういう人たちは貴族というらしい。貴族には苗字と呼ばれる二つ目の名前があって、ここを治めているのはヴェンデッタ公爵家だと。


 そして、この模様はヴェンデッタ公爵家のもののはずだ。


「どうして騎士団が。税は納めていたはずなのに」


 騎士団が来る条件は二つある。

 一つ目は、税が納められていない村に催促しに来る時。

 そして二つ目は、村が危険な状態に陥った時――つまり、盗賊や魔物の群れが現れた時だ。


「ッ!」


 気づいたら走っていた。

 獲物は置き去りにして、銃と予備の弾が入ったポーチだけ背負って村に向かって走る。


「ハア、ハア……ついた!」


 脇目も振らずに走って一分、ようやく村にたどり着いた。


「――! ドルトナさん!!」


 弾かれたように、村の入り口で倒れているドルトナさんに駆け寄る。


「大丈夫!? ねえ!!」


「……ああ。フォルナ……か」


「良かった! すぐに手当てを!」


「……もう、手おく……れ」


「ッ!? ち、違う! まだ、間に合う!!」


 ドルトナさんはお腹を貫かれていた。

 正直言って、まだ生きていることが奇跡なレベルだ。


 ……それでも嫌だ。諦めたくない。


「待ってよ! ヤナちゃんはどうするの!? 残していくの!?」


「ヤナ……? ……ヤナ。ああ、あああああああ!」


 ドルトナさんの娘であるヤナちゃんの名前を出して励まそうと思ったら、ドルトナさんが急に叫びだした。


「ド、ドルトナさん……?」


「……ヤナは殺された」


「え?」


「ヤナだけじゃない。みんな殺された」


 ……ミンナ、コロサレタ?


「……は?」


「騎士どもだ! あいつらがみんな殺していきやがった!! ゴハッ!」


 ……騎士が? どうして?


「……な、んで? 税は納めていたはず」


 血を吐いたドルトナさんに聞く。

 彼の様子が気にならない程、俺の頭は混乱していた。


「……ヴェンデッタ家の……長男が、来年……勇者学園に通うからっ……それまでに軍を率いるのを……体験、しておきたかったん……だ、と……」


「そんな……ことで? そんなくだらないことで、みんな殺されたの?」


「……いい、か……麓に降りて……東に向かえ……そこにある街、に……ホランドさんの家がある……彼を、頼れ……」


「……街に?」


 俺は街に行くことを禁止されていた。理由は教えてもらえなかった。


「……お前は、もう……大丈夫だ……から……どうか、俺……たちの分……も、しあ、わせに……」


「……ドルトナさん? ドルトナさん!?」


 ドルトナさんの鼓動が止まった。



 ――復讐すべきだ。貴様が望むのなら、我が力を与えよう。



 そんな声が聞こえた気がした。


◇◇◇


「殺す」


 あの後、俺は村の中を見て回った。


 ……みんな死んでいた。

 村長さんも、ヤナちゃんも、おやつをよくくれたおばさんたちも、野菜を育てていたおじさんたちも、弓の使い方や罠の作り方を教えてくれた狩人の先輩たちも、みんなみんな殺されていた。


「殺す」


 それを認識した時、俺の心はぽっかりと穴が開いたようだった。

 だが、一歩進むごとに、その虚無感をある感情が埋めてくれた。


 それは殺意。それは復讐心。


「殺す!」


 みんなの骸の前で叫ぶ。ありったけの憎悪を込めて。


「ああああああああああああああ!!」


 誰かが射抜いたと思われる騎士を投げ捨てて、そいつに銃弾を叩き込もうとする。

 ありったけの殺意を込めて。


「もし。そこの君」


「あ!?」


 しかし、知らない男の声が聞こえたと思ったら、銃を持つ腕を掴まれて邪魔されてしまった。

 万力のごとき力で、引き金を引くことを禁じられる。


「誰だ!?」


 振り返ると、そこには一人の青年がいた。青年は整った顔を苦々しく歪めている。


「……ッ!」


 狩人としての本能が告げる。

 この男に逆らってはいけないと。戦いになったら、なんの抵抗もできずに殺されてしまうと。


「僕は勇者。勇者アポイナ」


「勇者!?」


「ごめんね。遅くなって」


 これが、俺と“勇者”アポイナの出会いだった。



 ――勇者だと……いや、あ奴はもう死んでいる。ただの偽物だ。問題はない。



◇◇◇


「……そうか。僕の学園に通うために……こんなことを」


 自称アポイナが悲しげに言う。

 俺はその様子に苛立ちを隠せなかった。


「そうだ! お前が創った学校のせいで!!」


 もちろん、この男が本物のアポイナとは思わない。

 なんせ、アポイナは二〇〇年以上前の英雄だ。今も生きているはずがない。


 それでも、この怒りをぶつけずにはいられなかった。


「ごめんね」


「ッ! このっ!」


 思わず殴ってしまう。理性は完全に働いていなかった。


「…………」


 自称アポイナは、何も言わずに俺の拳を受け入れた。


 だからその頬を何の抵抗もなく殴れたが、効いていなかったのか、彼は一切痛がらずに目を閉じた。


「…………」


「…………」


 お互いに無言になる。


「……入りなよ。一晩くらいなら泊めてやってもいいよ」


「……いいのかい? 僕みたいな怪しい人間を」


「べつにいいよ。勇者を騙ってるのは腹立つけど……うちの村は来るもの拒まずだから」


 そう言って、獲物を担ぐ。


「…………」


「…………」


 また無言になって村の中を歩く。


 村の中は荒れ果てており、騎士どもがいかに非道なのかを示している。


「……俺は」


「?」


「俺は、捨て子だったんだ」


「え?」


 沈黙がつらくなっていきなり話し始めた俺に、自称アポイナは不思議そうな顔をする。


「記憶も曖昧で……あてもなく死に向かっていた俺を村長さんが助けてくれた」


 今でも思い出す。

 もう絶望しか感じていなかった俺を、村長さんは必死に助けてくれた。凍死する寸前の俺を、村長さんは暖めてくれた。


「他のみんなも……余裕なんてないのに、余所者の俺に親切にしてくれたんだ」


 涙がとまらない。

 もう彼らとは話せないのだと、どうしようもない現実が襲ってくる。



 ――そうだ。貴様の仲間たちは死んでしまった。だが、彼らの無念を晴らすことはできる。我の手を取れ。復讐の力を与えよう。



 まただ。何なんだろう。この声は……。

 でも、復讐できるのならば、藁にも縋りたい気分だ。


「――だったら、せめて祈らせてくれないか?」


「……祈る?」


 声が聞こえた方向に手を伸ばそうとする俺に、自称勇者は真剣な表情で尋ねてきた。


「僕が考えたオリジナルだけどね」


「オリジナル?」


「うん。僕は教会に出禁をくらってるから」


「……お祈り」


「あれ!? 出禁は無視かい!?」


 うちの村にはそういった文化はないけど、そういうのがあるということは知っている。

 でも……。


「まあ、やらないよりかはマシだと思うよ」


「……そんな適当でいいの? もっとこう……」


 よくわからないけど、そんな適当にするものじゃないと思うんだけど。

 いやだよ。あの人たちは天国に行くべきなのに、変なお祈りをしたせいで神様の怒りを買って地獄行になっちゃうのは。


「いいんだよ。こういうのは気持ちの問題さ」


「そうなの?」


「ああ。神の尊さを信じているか否かは関係ない。信じていたら悪人でも良いなんてありえないし、信じていなかったらどんなに善良な人生を送ってもダメなんてことはあってはならない。神は見守っているだけでいい」


「そうなんだ」


 そういうものなんだ。

 ……彼独自の考えなのかもしれないけど。


「ちなみに、教会のお偉いさんにこう言ったら出禁を喰らうから気をつけなよ」


「……ふ、ふふ。変なの」


 彼の言葉に思わず笑ってしまった。


「ああ。おもしろ……い」


 ……俺は今何をした?

 笑ったのか? みんなが殺されたのに?


「なん……で……笑ったんだ……」



 ――許せないか? 少しでも復讐心が薄らいだのが。だろうな。貴様は今、死んだ仲間のことを忘れようとしたのだ。だが、我の手を取れば、貴様は最強の復讐者として完成するだろう。さあ! 我を求めよ!



 まただ。またこの声。それに今度は頭痛まで! 何なんだこれは!


「許せないのかい? 自分が笑ったことが」


 頭痛をこらえていると、自称アポイナが不気味な声と同じことを言う。

 でも、責めるような声と違って、彼の声音は優しかった。


「……そ、そうだ! みんな死んでしまったのに! 俺は……俺は……!」


「君は笑うべきだ」


「……え?」


 自称アポイナの声が聞こえる度に頭痛がどんどんとひいていく。


「誰も、君が不幸になることなんて望んでいない。笑ってほしいと、そう思っているよ。きっと」


 幸せに……なってほしい……。


 その言葉が胸に広がっていく。

 そうだ。ドルトナさんも最後、俺の幸せを願ってくれた。


 俺はバカだ。

 みんなが、俺に不幸になってほしいと願うわけないのに……笑ってほしいと、そう願ってくれるはずなのに。勝手に勘違いしていた。


 ……ああ。みんな、本当に優しいな。


「魂よ、どうか安らかに眠りたまえ」


 自称アポイナの祈りを聞きながら、俺は改めて決意した。


 ――絶対に殺してやる。復讐してやる。この恨みを晴らした時、俺は心の底から笑える気がする。


 ありがとうアポイナ。みんなのことを思い出させてくれて。おかげで俺は生きる目的が決まったよ。



 ――ククク。この男は完全に復讐心に囚われた。我を求めるのも時間の問題だ。残念だったな、自称勇者よ。



◇◇◇


 アポイナが来てから、そして、復讐を決心してから三日が経った。結局、あの後も彼を村に泊めている。

 その間、俺たちは村のみんなを地面に埋めていた。雪をかき分けて、鳥たちに食われる前に。


「魔法?」


「うん。こう見えても魔法は得意だからね。基本的なことなら教えてあげられるよ」


「む。俺をただの田舎者と侮ったらダメだよ。こう見えても魔法は得意なんだ」


「そうなのかい?」


「うん。氷結(フリーズ)


 床に氷魔法を使う。すると、床が凍り始めた。


「へえ。氷魔法とは珍しい」


「そうなの?」


「ああ。大体の人は火・水・風・土のどれかだからね」


「そうだったんだ。それは知らなかったな」


 でも、言われてみると確かに、村のみんなもその四つのどれかだった。


「俺としては火が良かったんだけどね。氷はここじゃ使い道ないし」


 火魔法は冬を越すのに必須だ。

 まあ、他の属性の魔法も便利だけどね。

 井戸が凍りがちなこの村では水魔法は飲み水や洗濯で使うし、空気の流れが読める風魔法は狩りに便利だし、土魔法は罠を作るのに使える。


「属性を変えることはできないけど、魔力をもっと強くすることはできるよ。それと操作能力の向上も」


 魔力を強く。それにもっと強く効率的に魔法が使えるようになる。

 ……復讐に役立つかも。


「お願いしてもいい?」


 俺がそう頼むと、アポイナは嬉しそうに頷いた。


「もちろんだよ。ついでに文字とか算術とか、効率のいい筋トレとかも教えてあげる」


「文字と算術も? それに筋トレ?」


「うん。この先、何があってもいいように勉強はしておくべきだし、体も鍛えておくべきだ」


 正直、それが復讐に使えるとは思えないけど。いや、筋トレは使えるのかな? あ、でも、俺は銃を使うからそんなに関係ないかも。

 でも、彼の機嫌を悪くして、魔法について教えてもらえないのは困る。

 ここはお願いしておこう。


「うん。お願い」


「ああ! 任せてくれ!」


 こうして、俺の特訓が始まった。

 みんなの仇をとるための特訓が。


◇◇◇


「『氷の弾丸(アイスバレット)』」


 虚空に氷でできた弾を作り出す。

 魔法を習い始めて三ヶ月が経ち、俺の魔法の技術は格段に向上していた。


「よし。次は実物の弾に魔力を付与!」


「うん。『魔力付与(エンチャント)』……『氷の弾丸』」


 弾に魔力を纏わせると、鉄製の弾が氷の弾と化した。


「どう? 同じものにしたつもりなんだけど」


「うーん……」


 二つの氷の弾を手渡す。


 今、俺がやっているのはエンチャントによる魔法と普通にゼロから生成する魔法との差をなくす訓練だ。

 これは結構難易度が高い技術らしく、習得するまでに二ヶ月以上かかっている。


 ……あいつの力を借りているのに。


「すごいな! 完璧じゃないか!」


「本当!?」


 だが、それももう終わりらしい。

 よかった。やっと次に進める。


「それにしても、こんなに習得が早いなんてね。僕の教え方がうまかったのかな?」


 アポイナが嬉しそうに笑う。

 それに少し罪悪感を覚えながら、俺はずっと気になっていたことを尋ねた。


「そういえば、アポイナの属性って何なの?」


「僕のかい? 僕のは光と回復だよ。『光の球(ライトボール)』『回復の球(ヒールボール)』」


 アポイナが両手に魔力を集める。

 右手に眩しい光の玉が、左手に優しい輝きの玉が現れた。


「二つもあるの?」


「まあね。稀にいるらしいよ。二属性持ち。百万人に一人くらいだったかな」


 百万人に一人って……本当に少ないんだ。俺みたいな(・・・・・)二属性持ちは。


「それよりもいいのかい? そろそろ、狩りの時間だろう」


「あ! そうだった!」


「いってらっしゃい。帰ったら算術の勉強をしよう」


「……うん!」


 アポイナの言葉に頷いて、俺は銃とポーチを装着して雪が積もっている森へと走った。


◇◇◇


 実は俺にはアポイナに内緒にしていることがある。


 それは彼が勇者を自称しているからだ。


「やあ。バロール」



 ――来たか。我が契約者よ。



 森の中に入ると、周りを確認してから虚空に話しかける。

 すると、不気味な声が返ってきた。


 この声の正体は“悪魔”バロール。

 俺の復讐仲間だ。


 こいつが俺との契約を持ち出してきたのはちょうど二ヶ月前。声をかけてきたのはあの惨劇の日だ。


「君のおかげでエンチャントをマスターできた。ありがとう」



 ――かまわぬ。我も貴様に復讐を遂げてもらいたいからな。



 俺はバロールと『復讐を手伝うこと』を条件に契約している。

 悪魔と契約を結ぶのはこの国ではご法度だけど、あんな残虐な行為を許す国に従うつもりはない。



 ――それよりも、あの自称勇者にはバレるなよ。貴様が闇属性を持っているうえにそれを鍛えていることを。



「わかってるよ。彼には死んでほしくないからね」



 ――わかっているじゃないか。



 アポイナが“勇者アポイナ”を自称している以上、悪魔には厳しいだろう。

 彼はいい人だ。敵対したくない。


 どうせ、ずっと一緒にいるわけではない。それまで隠し通せれば……。


「それよりも……すぐに闇魔法の特訓を始めよう。できれば、奴が学園に入るまでに殺したい」


 奴とは、俺たちの村を襲ったヴェンデッタ家の嫡男だ。名前は知らない。


 学園に入ったら殺すのが難しくなる。最高峰の講師がいるらしいし。



 ――だったら手を差し出せ。そして、この果実を喰え。



 空気が澱み、瘴気に数多の目が生えた姿をした悪魔が現れる。

 その悪魔――バロールは、一個の果実を持ち出した。


「これは?」



 ――魔力を強制的に増やす魔界の果実だ。これを食べて、仕上げとしよう。



「仕上げ?」



 ――ああ。ついに復讐の時が来たのだ!!



 バロールの言葉にゴクッとつばを飲み込む。

 ついに、この時が……。


「いや! 待って!」


 だが、今はダメだ。


「まだアポイナがいる。彼とは戦いたくない」


 アポイナは魔法には詳しいが、悪魔が本気を出したら殺されてしまうだろう。


 ……もう。誰も失いたくはない。


 幸い、この悪魔は話が通じる奴だ。

 実際、ここ二ヶ月、アポイナには手を出していないし、おとなしく俺を鍛えてくれている。

 それこそ、伝説に出てきた悪魔たちなら問答無用で俺を操り、世界を滅ぼそうとするだろう。



 ――怖気づいたのか?



「まさか!」


 バロールの言葉に、反射的に辺答してしまった。


「俺たちの村を滅ぼした奴を罰しないこの国の法なんてどうでもいい!! ヴェンデッタの奴らを殺すことにも躊躇いはない!!」


 心のままに叫んだ。

 ありったけの殺意と憎悪を込めて叫んだ。


 この言葉は、俺の偽りない本心だ。


「でも、アポイナには死んでほしくないんだ!」



 ――ふむ。



 バロールにも俺の言葉は届いたのだろう。

 相変わらず、伝説とは違って話が通じる悪魔だ。



 ――もういいか。貴様も我を受け入れられる程度には強くなったからな。



「は?」


 バロールがイラついたように呟くと、俺の体を囲み始める。


「う、ぐ……!」


 バロールだった瘴気に腕を掴まれ、無理やり動かされる。

 そのまま俺の右手は魔界の果実を掴み、口へと運んで行った。


「な、なに……を……」



 ――貴様は勘違いしているようだが、我がおとなしくしていたのはそうせざるを得なかったからだ。



 バロールが……悪魔が嗤う。心底、バカにしたように嗤う。



 ――我らは現世では大した力を持たぬ。ここに来るまでに大量の魔力を使うからな。



 瘴気が全身を覆う。もう、俺が自由で動かせる部分は顔以外どこにもなかった。


「うぐ……‼ なに……これ……」


 魔界の果実を無理やり咀嚼させられると、全身が燃えるように熱くなり、吐き気が襲い掛かってきた。



 ――そんな我らが力を取り戻す方法はただ一つ。貴様のような悪意に支配された闇魔法の使い手にこの魔界の果実を取り込ませ、魔人と化したその体を奪い取ること。



「ゴハッ! ゲホッ、ゴホッ!」



 ――ただそれには、強制的に増加する魔力に耐えうる器が必要だった。だから、貴様の特訓などという茶番に付き合ってやったんだ。



「……ふく、しゅう……は……?」



 ――ん? ああ、安心しろ。どうせ人類を皆殺しにするんだ。その中に、貴様の復讐対象もいるだろうよ。



「そん……な……」



 ――良かったな。貴様が愛する村は人類が絶滅するまで名が残るだろう。貴様という悪魔を生み出した最悪の村としてな!! クハハハ、クハハハハハハ!!



 あまりのショックに……そして、自分の軽率さに怒りがわいてくる。

 しかし、俺の体は完全に支配されてしまい、どうすることもできなかった。



 ――ククク。思った以上に居心地のいい体だ。では、手始めに――



「――あの自称勇者を殺すとしよう」


 俺の口は俺の意志とは違う言葉を発し、脚は俺の意志とは違う方向に歩き出した。


 悪魔が進む。俺の愛する村に向かって。


◇◇◇


 俺が村長さんに拾ってもらったのは四歳の時だった。

 それ以前の記憶はほとんどなかったが、両親や知り合いたち全員に疎まれ、死を望まれていたのはわかっている。


 だから、俺はもう死んでしまった方が楽なんじゃないかと思いながら……でも、死にたくないと考えながら雪が降る森を必死に歩いていた。


 それでも、限界を迎えていた。食料も飲料もなく、体力は尽き、心は半分死を望んでいる。

 足に力が入らず、雪の上に倒れてしまった。


 朦朧とした頭で、顔も思い出せない子どもたちが雪が降っているのを喜んでいるのを思い出していた。

 走馬灯というものだと思う。


 雪が楽しいとか嘘じゃないか! 冷たいし歩きにくいじゃないか! 良いことなんて何もないじゃないか!


 心の中でそうぼやきながら、死神を待つだけの存在になっていた。


「おい! 大丈夫か! こんなところで寝たら死ぬぞ!!」


 でも、俺の前に現れたのは死神ではなかった。


「……だ……れ……?」


 ぼやけた視界に老人の姿が映る。


「わしは近くの村の村長じゃ! 待ってろ! すぐに助けてやる!! 安心せい! わしは狩人だ! わしらの村の狩人は最強だからな‼」


 その老人――村長さんは、俺に自分が着ていた服を被せると、俺を抱えた。


「――! お主……いや! こんな子どもを見捨てるくらいなら滅びたほうがマシじゃ!!」


 一瞬、目を見開いて動きが止まったが、すぐに抱えながら走って俺を救けてくれた。


 その後、村長さんと彼の奥さんは俺に毛布を巻いてくれて暖炉で暖めてくれた。温かいスープとかも食べさせてくれた。


 それからは色んな人が優しくしてくれた。

 おばちゃんたちは絵本とかを読んでくれた。美味しいご飯をくれた。

 おじちゃんたちは狩りの仕方を教えてくれた。魔法も教えてくれた。


 みんな優しかった。良い人たちだった。


 それでも、別れの日は必ずやってくるんだと思い知らされた。


 ある日、村長さんの奥さんが死んでしまった。病気だった。どうしようもなかったらしい。


 ……あの日はみんな悲しんでいた。みんな泣いていた。

 …………いや、村長さんだけは泣いていなかった。ただ、真剣な表情で死体を見つめていた。


 俺はそんな態度が気にくわなかったんだ。

 だから、どうして泣いてあげないのかと、村長さんに詰め寄ったんだった。


 そしたら、村長さんはこう答えたんだっけ。


「わしだけは、あいつを安心させて逝かせてやらないといけないんじゃ。じゃないと、いつまでも彼女に心配させてしまう。心配し続けるのは疲れるからの」


 そして、こう続けたんだ。


「お主も、わしらが死んでも引きずらないでおくれ。誰もお主の負担になんてなりたくないからの」


 ……どうして忘れていたんだろう。


 俺は復讐に囚われて……みんなを心配させ続けてしまっている。

 村長さんたちの思いを無下にしてしまっている


 でも、どうやって生きればいいんだ。

 みんなを殺されて、夢も壊されて……復讐以外に何が残るというんだ。


 誰か教えてよ。


◇◇◇


 悪魔が村に踏み入れた。


 俺にはもう抵抗する体力も気力もなかった。


「あれ? 今日は収穫なしかい?」


 アポイナが近寄ってくる。


 ダメだ! こっちに来たら!


 そう言いたいが、口は意に反して楽しそうに歪んだままだ。

 悪魔は、そのままアポイナを殺そうと魔力を練って――


「……誰だい? 君は? フォルナくんじゃないね」


 ……え?


「ほう。よくわかったな。さすがは自称勇者といったところか」


「まさか……悪魔か!?」


「クハハハハハ! その通り! 我は悪魔バロール!」


 アポイナが苦々しげに俺を……悪魔を睨む。


「まさか、フォルナくんが闇属性持ちだったなんてね」


「クハハハ! 今更気づいたところでもう遅い!」


 悪魔が嗤い、魔力を練っていく。


「氷と闇の複合魔法! 『魔氷の機関銃デーモンアイス・マシンガン』!!」


 背後に無数の黒い氷弾が現れる。

 氷弾は、俺の魔法『氷の弾丸』とは見た目も魔力の密度も違う。


「死ねぇ!!」


 悪魔がアポイナに向けて、全ての氷弾を射出する。


 ダメだダメだダメだダメだダメだ!! やめてくれ!!


「『消滅の光(バニッシュ・ライト)』」


 アポイナが黒い弾丸に貫かれる。

 そんな最悪の想像は、しかし、彼から放たれた光によって覆された。


 氷弾は光に当たると同時に塵も残さず消える。


「な、なんだ、その魔法は!?」


 悪魔が驚くのも無理はない。

 俺も魔法を少しは鍛えた身として、あの魔法がいかにすごいかがわかる。


「言っただろ? 僕は勇者アポイナ。君のような悪魔を数百は殺した男だ」


「バ、バカな! そんなはずはない! 人間が二〇〇年も生きていけるはずが――!」


 ……もしかして、本物の“勇者”アポイナだったの?


 俺と悪魔が驚いていると、アポイナが一歩、雪の上で踏み込んだ。


「ヒッ!」


 情けない声を出して悪魔は逃げようとするが、アポイナは一歩踏み込んだだけで捕まえてしまった。

 万力のごとき力で腕を掴まれ、悪魔はいっさいの抵抗を許されなくなった。


「ようやくわかった。僕が無様に生き延びた意味が。今、ここで、君を救うことだったんだね……」


 アポイナは――“勇者”アポイナは優しい微笑を浮かべて、悪魔の――俺の頬を両手で押さえた。


「光と回復の複合魔法、『浄化ピュアリフィケーション』」


 右手に眩しい光が、左手に優しい輝きが集まり、俺の体を満たしていく。


「バ、バカな! 支配が解けてゆくだとぉ!?」


 悪魔が消えていく気配がする。

 それと同時に、俺の体が取り戻されていく感覚も。


「バカな!? バカなーー!!」


 そして、一際大きい光が村ごと包み、“悪魔”バロールは完全に消滅した。


「大丈夫かい?」


「……アポ……イナ……あり……がと」


 ひどい脱力感に襲われた俺を、アポイナが支えてくれる。

 泣きながら礼を言って彼の顔を見たら、少し顔つきが変わっているのがわかった。


「……どうし……たの……?」


「ん? ああ。これかい? これは自分にかけてた回復魔法が解けたから、あるべき姿に戻ろうとしているんだよ。無理やり若く見せていたからね。それを治すための魔力もない。ようやく天寿を全うする時が来たみたいだ」


 あるべき姿? それに回復魔法って……。


「……フォルナくん」


「……は……い……」


「聞いてほしい話があるんだ」


 この時のアポイナは、いつになく真剣で……優しい表情をしていた。


◇◇◇


 あの後、俺たちは村長さんの家に戻った。

 凍えきった俺の体を温めるために、アポイナが暖炉を焚いてくれた。

 まるで、あの日の村長さんと奥さんみたいだった。


「……僕も最初は復讐を目標に生きていた」


「え?」


 すっかり、おじさん顔になったアポイナが語り始める。


「村が滅ぼされたんだ。悪魔にね。僕が六歳の時だった」


 アポイナも? 俺と同じ?


「それで、ひたすらに体を鍛え、魔法を極めた。悪魔撲滅を掲げる教会に入り、悪魔の情報を集めた」


 話は止まらない。


「それから一〇年後、復讐は終わった。僕は倒したんだ。故郷を滅ぼした悪魔を」


「……良かったね」


 心の奥底からそう言うと、アポイナは微妙そうな顔をした。

 あまり喜んでないみたいだ。


「……その悪魔と契約した男は悪い人じゃなかったんだ」


「え?」


「娘を盗賊に殺され、その恨みに支配されて悪魔と出会い……娘を生き返させることを条件に悪魔と契約したらしい」


 その悪魔はバロールのように多くの人を殺そうとしていたはずだ。いや、殺したんだっけ。

 でも……俺はその契約者の人を責められない。責める資格がない。

 なぜなら、俺も同じだから。アポイナとみんなの思いを殺すところだった。


「……後悔してるの? その人ごと悪魔を殺したことを」


「……そうだね……後悔しているかもね。でも、あの悪魔が大勢の人を倒したのは事実だ。誰かが殺さないといけなかった」


「だったら、アポイナは悪くないよ!」


 思わず叫んでしまう。

 そうだ。村を滅ぼされたんだ! さらに犠牲者が増えるかもしれないんだ!!


 そんな言い訳を並べる。彼にだけではなく俺自身にも。

 復讐を肯定するために。


「うん。僕もそう思い込んだ。だから、悪魔を殺し続けた。悪魔に憑りつかれた人ごと殺した。神もそうしろと言っているという教会の言葉を信じた。それが正しいことなんだと思い込みながら、殺して殺して……殺した」


 でも……と続ける。


「少し経つと、複合魔法が発見された」


「複合魔法って、悪魔やアポイナがやってたやつ?」


「うん。光と回復の複合魔法『浄化』。君にも使ったあれは、悪魔だけを祓う魔法だ」


「……悪魔だけを?」


「ああ。本当は殺す必要はなかったんだ。悪魔たちを拘束して、その間にどうすればいいかを考えるべきだったんだ。そしたら『浄化』が完成して……みんな救えたんだ」


「…………」


「僕は復讐心に囚われて、そして、その後の虚無感に耐えられなくて多くの人の命を奪った。神すらも言い訳にしてしまった」


 アポイナが頭を下げる。

 どうしてそんなことをしたのかわからなくて狼狽えてしまうが、すぐに何を言いたいのかがわかった。


 彼はきっと、俺に残酷なお願いをするのだろう。


「どうか復讐心に囚われないでくれ。あれが終わった後の虚無感は人間が耐えられるものじゃない。そして、それを埋めるために関係ない人も傷つけてしまう。……何よりも君には、楽しい人生を送ってほしい」


 復讐をやめてくれ。


 その言葉の意味はわかる。

 村長さんも同じようなことを言っていた。


 でも……それでも!


「じゃ、じゃあ、どうやって俺は生きたらいいんだ! 故郷も! 夢も! みーんな奪われて!! いったい何を支えに生きたらいいんだ!!」


 わかっている。俺の言っていることはただの言い訳だって。

 本当は踏み出すべきなんだ。みんなの意志を裏切らずに。


 それでも、どうしても一歩が踏み出せない。


「学校に行くといい」


「え?」


 けど、アポイナはそんな俺の背を押してくれた。


「学校でいろんなことを学んで……そして、夢を見つけるといい。そのために僕は学校を創ったんだ。知らないで後悔することも、生きる目的が見つからなくて苦しむこともないように。神にも悪魔にも頼らず、自分の力だけで生きられるように。それに、学園に行ったら、村人たちの仇もいるんでしょ? そいつを合法的に叩きのめせるよ」


 気づいたら、アポイナはもうおじいちゃんみたいになっていた。

 しわだらけで、腰も曲がって……でも、優しい微笑は変わっていない。


「学べ、少年よ。鍛えろ、少年よ。進め、少年よ。後悔をしないために」


 アポイナはそう言うと、静かに息を引き取った。


◇◇◇


「…………」


 アポイナを運ぶ。

 三ヶ月という短い間だったが、彼と一緒に暮らしていた村長さんの家の前まで運ぶ。


「……軽いね、アポイナ。君ってこんなに軽かったんだ」


 おじいちゃんになったアポイナは軽かった。

 あんなにあった膨大な魔力もなくなっていた。


「それとも、俺が力持ちになったのかな。魔法だけじゃなくて体も鍛えていたからね」


 アポイナを雪の上に降ろす。

 雪は前ほどは積もっていなくて、地面も少しだけ見えていた。


「…………」


 地面を掘ってアポイナを埋める。

 その上を、陽の光が照らした。


 知らないうちに朝を迎えていたらしい。


「魂よ、どうか安らかに眠りたまえ」


 そして、アポイナが唱えていたお祈りを言う。

 彼は村人一人一人に言っていたから、どんな文だったのか覚えた。


「…………」


 お祈りが終わると、どうしていいのかわからなくなって呆然としてしまう。


 本当は今すぐ街まで行って学園に通う準備をしなければいけないんだろうけど、足が動かなかった。


「……そういえば村長さんが手紙を入れてるって言ってたな」


 すっかり忘れていた。


 早速、家の中に入って机に備えられている棚を開ける。


「あった」


 そこには一枚の紙が入っていた。

 紙を広げて、なんて書いてあるか読んでいく。


◇◇◇


『愛するフォルナへ。


 まずはこのような形になってしまって申し訳ないと思う。しかし、お主にはここに書かれていることを受け入れるまで、何度も読んでほしい。どれだけかかっても、手紙は燃えない限りはなくならないからの。

 どうか、これから語る内容にどうか悲嘆しないでおくれ。


 その内容とは、お主の属性に関することじゃ。実は、お主は闇属性を持っている。悪魔を呼び寄せるといわれる属性じゃ。

 そのことに気づいたのはお主と会った日じゃ。申し訳ないことに、一瞬だけ村に連れていいのか悩んでしもうた。じゃが、まだ幼いお主を殺すことはできなかった。それで、村のもんたちと相談してどうするのか決めたのじゃ。もちろん、お主を殺そうなんて言うもんはおらんかった。とりあえず一五歳になるまでは街には行かせずに、村で見守ることになった。悪意に支配され、悪魔の誘惑に負ける奴かどうか見極めたかったんじゃ。

 じゃが、一緒に暮らしていくうちにお主は大丈夫だとわしらは信じた。ヤナが産まれた時、危険だからお主を追い出そうと考えたやつは誰一人としておらんかった。ヤナの父親のドルトナもじゃ。みんなお主を信じておったのだ。お主は大丈夫だと。悪意に支配なんてされないと。

 そして、お主は一五歳になった。わしらが信じた通り、お主は優しい人間に育ってくれた。


 二段目の棚を開けてみよ。そこにある袋にはわしらで集めたお金が入っておる。そのお金で学校に行くといい。こんな滅びゆく村に居続けるんじゃない。もっと自分の力が活かせる場所に行くべきじゃ。そして大成し、今度はお主がヤナを学校に行かせてやれ。なあに、安心せい。お主は狩人。お主の村の狩人は最強なんじゃ。誰にも負けん。頑張るんじゃぞ。わしらの愛する誇り高き“最強の狩人(ハンター)”よ』


◇◇◇


「う……あぁ……ごめん……ごめんね……」


 涙が零れる。

 どこまでも親切な彼らへの感謝と、彼らの期待を裏切ってしまった自分への怒りで。


 ――学べ、少年よ。鍛えろ、少年よ。進め、少年よ。後悔をしないために。


 アポイナの言葉を思い出す。


「……そう、だね……アポイナ……みんな」


 涙をぬぐう。

 そして、二段目から袋を取り出し、猟銃を背負った。


「俺、学校に行く」


 もう足を止めない。

 一歩、そしてまた一歩。

 育った村を、愛する村をかみ締めるように歩く。


 村の入り口にして出口の門にたどり着いたら、一度だけ振り返る。


「今までありがとう! そして、いってきます!!」


 みんなにお礼と別れの挨拶をして、街に向かって走る。


 雪はもう解け始め、春が訪れようとしていた。


◇◇◇


「おいおい! 僕の相手はまさか君のような田舎者なのか! それも特待生枠を狙うあさましい貧乏人の!」


 豪華な服を着た男の言葉に、会場の半分以上の人が嗤う。


 今は帝国一の名門校アポイナ学園の入学試験。その実技試験である。


 この学園を卒業した者は、今後の国を担う存在だ。

 貴族は道楽も兼ねて、平民は国の行く末を見守るために、この試験会場では多くの観客がいる。


「ハハハハハハハハハハ!! お前のような負け組はこの学校にはふさわしくないんだよ!!」


 この試験を受ける受験生の大半が最初から合格が決まっている。


 王侯貴族と多大な寄付金を払った富裕層の平民。

 それらは最初から合格なのだ。

 彼らが受けているのはパフォーマンスと最初の順位決めのため。


 だが、ごく一部だけ合否がかかっている受験生がいる。

 それが、特待生という立場を掴もうとしているものたちだ。特待生制度は、非常に優秀と認められた平民は寄付金の有無に関わらず入学を認めるという制度だ。

 もう十年以上その制度が適用された者は出てきていない。それほど狭き門なのだ。


「ぷっ! あいつ可哀そうだな!」

「皇女様の婚約者にして、公爵家長男のケズ・ヴェンデッタ様の相手なんて!」

「ケズ様はその水魔法への深い造詣から、“水の貴公子”と呼ばれるお方!」

「たかが平民が勝てる相手ではない!!」


 貴族の受験生や講師、観客がそう言って、これから起こるであろう蹂躙劇を楽しみに待つ。


「武器の使用は禁止。参ったと言うか、気絶したら終了だ。それでは、試験はじめ!!」


 試験官の合図でケズと呼ばれた男が動く。


「成績のために速攻で決めさせてもらうぞ!! 『水の槍(ウォーターランス)』!!」


 他の受験生とは比べ物にならないスピードで水の槍が生成され、それが相手の受験生に向かって放たれる。


「ハハハハハ! 死ねぇ!」


「『氷結(フリーズ)』」


 誰もが、平民の受験生を一撃で沈める、と思っていた水の槍が一瞬で凍る。


「ハ?」


「……まさか、君と当たるなんてね。ヴェンデッタ家の長男。それとも、君のお父さんか誰かが、弱ーい平民に当たるように細工したのかな」


「な、何を言っているぅ!?」


「図星なんだ」


 受験生がケズに近づく。

 そして、右腕を大きく振りかぶると……。


「今から本気で殴るけど、死なないでくれよ」


「え? ……ぶへぇッ!?」


 思い切り振り下ろし、ケズを地面にたたきつけた。

 ケズはその衝撃で気絶してしまった。


「……試験官」


「は、はい!?」


 あまりにも衝撃的な出来事に、観客だけではなく試験官も呆然としてしまう。


「終わりじゃないの?」


「え? あ、ああ……しょ、勝者、フォルナ!!」


 試験官がそう宣言すると同時に、大きな悲鳴と歓声が同時に巻き起こった。

 悲鳴は貴族によるもの、歓声は下剋上を期待していた平民によるもの。


 その二つを背に、平民の受験生――フォルナは、ステージから降りていった。


「全然怒りは収まらないけど……少しはすっきりしたかな。どうせ、同じ学校に通うんだし、叩きのめせる機会はまたあるさ」


 フォルナは預けていた猟銃を受け取り、試験場から出る。

 そして、一度だけ伸びをして、空を見上げた。


「どんな学園生活が待っているのか……楽しみだ!!」

☆1でも評価していただけると幸いです!

ブクマ・感想も頂けたら嬉しいです!

連載版では、フォルナの学園生活も書こうと思っています!

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