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釣り人

作者: 工場長

 男は毎冬になると近所の池でワカサギを釣るのが趣味だった。

 今日も例にもれず凍った池に穴をあけ釣竿をたらし、釣れたワカサギをクーラーボックスに入れていく。

 元々が田舎の山の中だ。楕円形のグラウンドのような池には男以外誰もおらず聞こえてくる音といったら時たまに奥の森から響いてくる鳥の声ぐらい。

 普段は街の方で働いているためかこういう静かな空間というのはとても心地よく何も釣れなくとも心の芯から安らいでいくのを感じるがだからこそ。

 「あー。金貨とか釣れたら面白いんだけどなー」

 このような普段だったら一笑に付すような俗っぽいくだらない考えもついつい口に出してしまっていた。

 男は苦笑し餌の取れた針に新しいものを付けようと餌箱を開けるのだが、そこへ不意に声がかけられた。

 「……へー。だったら釣らせてあげようか?おじさん」

 「ははっ、何言ってんだ。こんな田舎の池にそう易々と埋まってるわけないじゃないか」

 「うん、埋まっては無いだろうね。でもおじさんに釣らせてあげることは出来るよ」

 「おいおい。あんまり大人をからかうなよ――――って、あれ?」

 最初は自分の独り言のはずだった会話。

 ここまで言って男はやっと自分の身に起きている不可解なことに気づく。

 男が釣りをしにここまで来たときは誰もいなかった上にここは森の中ではなく開けた池だ。自分以外の釣り人が来たのなら氷を削る音なんかで否応にもわかる。

 そして何より声は一人の少年のモノ。そもそもこんな辺鄙なところまで子供一人で来るものだろうか?

 「やっほーおじさん。どーも、悪魔です」

 急いで声のする方向――――。自分の目の前へと顔を上げた男が見たのは折り畳み椅子に座り釣りをする自分を見下ろす一人の少年の姿だった。

 「あ、悪魔?」

 「そうだよー。角も翼も尻尾だって生えてるし」

 餌を付ける手も止まりポカンと口を開けて唖然とする男の前で少年は身軽にクルリと回って見せる。

 確かに額には二本の角、肩甲骨のあたりから生えている蝙蝠のような翼、尾てい骨から延びる黒い細い返しの付いた尻尾。

 これだけ見れば立派な悪魔というしかない。

 「だけど、信じられないな……」

 目の前の事実に思考が追い付くとともに男の目が徐々に唖然から疑惑のそれへと変わる。

 曰く悪魔などと言う空想上の存在が目の前に現れたからといって信じる信じないは全く別の話だと。自分からしたらお前が本当の悪魔には見えないと。

 「だったら、おじさんのそれで確かめてみればいいじゃん」

 そんな目を向けられても少年は笑い、男の持ってる釣り竿のまだ餌の付いていない針を指さした。

 「それを池に入れれば魚でも金貨でもささっと釣れるようになるよ」

 「いやいやいや、何を言ってるんだ君は?」

 それを聞いて男は笑った。

 その顔は唖然でも疑惑でもなく、今や呆れの様相を呈している。

 「餌の付いてない針を落としたところで何が釣れるんだ?せいぜい木や長靴が引っ掛かるくらいだ」

 「ま、試してみれば分かるって」

 しかし男がいくら言っても少年はへらへらと笑顔を見せるばかりでやってみれば分かるの一点張り。

 ずっとからかわれているのか本当に彼が悪魔なのか分からないその態度に嫌気の差した男は(釣れなかったらこっぴどく怒鳴りつけてやろう)と彼の言い分に従うことにして、何の餌もついていない銀色の針を静かに池に落とした。

 すると十秒もしないうちに竿を持つ右手がズシンと重くなる。

 「ほら見ろ、何か引っかかった。こんなのワカサギの重さじゃない」

 男はしてやったりと言わんばかりの笑みで竿を引き上げるが、針にかかっていたのはワカサギでもごみでもなく一匹のつるつるとした銀色の魚。

 「……………………?」

 「おなかを開けてみてよおじさん」

 重さがあった割に引き上げればおとなしいこの魚を不思議に思いながらも男は持っていたハサミで下あごから魚の腹を開く。

 なんの抵抗もなく開いた腹から落ちてきたのは内臓ではなくきらきらと光る金の塊だった。

 「ね、言ったでしょ」

 「魚でも金でもささっと釣れるって」

 少年は笑顔で言うがそれすらも聞こえていないのか男は驚愕の目で魚と金の塊を交互に見つめている。

 「もっと釣りなよ」

 少年に促されるまま針を落とす男の竿にまたズシリと重さを感じれば釣れるのは銀色の魚。そして腹には金。

 ズシリ、魚、金。ズシリ、魚、金。ズシリ、魚、金。ズシリ、魚、金。ズシリ、魚、金。ズシリ、魚、金。ズシリ、魚、金。ズシリ、魚、金。

 日が暮れそうになるまで釣りを続けた男の背には気づけばうず高い金色の山が出来上がっていた。

 「いやー、ありがとう!こんなの夢みたいだ!」

 男は目の前の金色の山をひとしきり見回した後この一部始終を見届けていた少年へ何度も何度も礼を述べる。

 そして大急ぎで釣り具を仕舞い、どうにか子の金の山を日が暮れる前に持ち帰れないか思索しているところで一つ大事なことに気が付いた。

 「そういえば悪魔さん」

 思えば少年のよびかたも最初は『君』だったのが今は『悪魔さん』だ。

 「悪魔と契約すると何か対価が必要というのは有名ですけど、やはり今回もあったりしますか……」

 恐る恐る聞く男に少年は相変わらずのへらへらした笑顔で答える。

 「うん、あるよ」

 少年がそう言うや否や男の足元からパキンと嫌な音が聞こえる。

 見れば男の空けた釣り用の穴から大きなひびが金の山へと伸びているではないか。

 「代償は、貴方の命」

 このひびを皮切りに池の氷が見る見るうちに砕けていく。

 倒壊した金の山に押しつぶされるようにして男の身体は極寒の池の深く深くまで沈んでいった。

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@kojotyo_slime

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