貴女のことがキライ
死にたい時に聴く音楽を探してみたい
この願望を誰かに言ったこともなければ、誰かに言う予定もない。そんな私は自動販売機で、光に引き寄せられた虫のように、しゃがみ込んで、必死に耐えていた。何を耐えているのだろう?と自問自答しても唇は同じ動きしかしない。
「何だろう…」
としか口にできないでいる。スマホを取り出して時刻を確認。深夜0時20分ちょっと。私は、ガサガサと自分が着ているコートのポケットから右手を出して人差し指だけ付き立てる。親指も立てた。
「ばーん」
拳銃じさつのモノマネごっこは飽きてしまうから頻度は考えなくちゃいけない。
時々、私は理由もなく死にたくなる。同じ理由で息も吸って吐いている。一回クシャミが出そうになってから少し時間が経過した。
ジャリとアスファルトの音に振り返ると、人がいた。
「うわっ?!び、びっくりしたぁ」
「………」
まだ若い少女に自動販売機の前で出くわしてしまった。彼女の後ろに自転車が見える。どうやら私はいつの間にかウトウトと寝ていたらしい。
「クシュッ、ん」
「えっと…」
ムクッと立ち上がって鼻を鳴らしながら私は背を向けて夜に逃げる。怖い思いをさせてしまった後悔と、誰かに見つかった恥ずかしさで逃げた。
ガタン。アルミ缶が落ちた音が響いて消える。あぁ、そうか。…と彼女の目的が推理できたところで靴音が近付いてきた。嫌な予感がして、それは的中した。
「あの!」
振り向くと缶コーヒーを持った彼女が。
「……ごめんなさい」
「でも、コレ買っちゃったし」
「………」
正直、面倒くさい。受け取ることも、受け取らないことも選びたくない私は無言で左足を踏み出す。
「あの!」
それでも彼女は私に付いてきて、遂には腕を掴まれてしまった。無理やり持たされたソレは「微糖」という2文字がある缶コーヒーで、まだ熱い。いやいや、いりませんよ…と言う前に彼女は駆け足で自転車まで戻り、風のようにサヨナラしてくれた。
「最悪だよ…」
手に残された缶コーヒーを見つめながら溜め息をつく。私は微糖よりブラックがいいんだよ。こんなの硬いだけのカイロじゃないか。
「あーあ」
最悪だ、と言葉を呟きながら、私は家に帰って普通に寝るのだった。
朝、知らない人からLINEが来ていて読んでみると「ヤラせてくれるんでしょ?」というような内容だった。ボサボサの髪を梳かしながら欠伸が出る。
「お腹すいたな…」
鏡の前の処女は、冷蔵庫の中身を思い出しながら顔を洗う。それからもう一度、鏡を見る。なんというか…この顔がそんな風に見えるとは自分では思えない。悪い意味で普通。そんな顔。
「あ、タマゴ買うの忘れてた」
私的に超名案だと思っていた卵かけご飯案が通らないと分かってガクンと落ち込む。
「お茶漬けのヤツ、まだ残っていたかな…?」
出し忘れた宿題のプリント等が散らばっている机の上を漁る。そして、自分で買った覚えのない缶コーヒーを見つけた。あの夜、結局、飲めないから取り敢えず机の上に置いたんだった。
「でも、肝心の物は何処に行った?」
欲しい時に見つからなくて、欲しくない時に見つかる現象が起きてしまったのだろうか。クラスの誰かが「物欲センサー」と言っていたモノとは違うのだろうか。何でもいいから私は朝ご飯が食べたい。もう、こうなったら微糖を白米にぶっかけてしまおうか?とか変なことを考えている時だった。
「あ」
のり玉ふりかけ、を見つけた。
夜、鍵をかけて少し歩いてから気付いてしまった。また、微糖の彼女に会ってしまうかもしれない、ということを。だから今日は行きつけじゃない自販機を目指すことにした。
「あ」
彼女が、いた。ボーッと空を眺めながら炭酸をチビチビ飲んでいるところに私が現れた形になった。
「こ、こんばんわ」
「………」
誰かが、運命だね、と言っている気がするけど絶対に違う。えぇ?って言うな。絶対に違うからな。大きく肩を落とした私は、つま先を来た道に向けた。
「えぇっ?!なんで?!」
「……私、一人になりたいので」
ス…っとコートを翻して彼女から遠ざかる。しかし追ってくる彼女。
「一緒ですよ、わたしたち」
「………はい?」
足が止まった。
「わたしも一人になりたかったんです」
「………」
私の頭上に疑問符が並び出す。シュワシュワと炭酸の音が小さく聞こえていた。
「貴女の親御さんが心配するでしょ?」
「その言葉、そっくりそのまま返します」
うむ。確かにそのとおりだ。
「でも、私は一人暮らしだから」
「おぉ…ひとりぐらし…」
「そうそう、一人暮らし」
と自分で言っておきながら、でも一人暮らしでも夜に出かけるのは良くない事に違いない?って考える。
「ひとりぐらし…憧れます…」
彼女が目を閉じて思いを馳せている。
「あんまり、いいものじゃないよ」
「あの、今いいところなんで黙ってもらえますか?」
「………」
おいおい……夢見る少女でいられない人が聞いたら怒るぞ。多分。と、気付いたら余計なことを話してしまっていた。自販機でブラックコーヒーでも買って、今日はさっさと帰ろう。私は、一人暮らしだから。ゆっくりと歩きながら小銭を用意した。ガタンと落ちてきた飲み物を手にして夢見がちな少女に別れを告げる。
「じゃあね」
「え?もう帰るんですか?」
「そうだね」
「お気をつけて」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「や、やり返された?!」
はいはい、と思いながら両手をコートのポケットに突っ込んで彼女に背を向ける。いつもなら買わない小さな荷物があるけれども、少しも重くない。
「それでは、また」
「………」
また、という言葉が引っかかったけど返事はしないでおく。
「名前、聞いてもいいですか」
「実は私は名無しなんだ。ごめんね」
「名無しさん?それじゃあ…ナナさん。ということですね」
「いや冗談だから」
そんなテレビの7チャンネルのマスコットキャラクターみたいな名前は嫌だ。と、また気付けば足を止めて、彼女と話をしてしまっている。
「またね。ナナさん」
「………」
もう出逢いたくないな。そう思ってしまう程に慣れない相手と話すのは辛い。また、会う気がする。出来ることなら会いたくない。でもそれは家から出なければいいだけの話だ。
カチッと缶のフタを開けて、ひとくち啜る。夜の色に限りなく似た飲み物が喉を通った。どこか、夢を見ているような心地も悪くはないかもしれない。けれど、私は一人がいい。毎日続いた地獄は日常になって、より深い地獄が待っているのだから。