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「お願い止めて!」
シスターはどうにか柄の悪い大人達が喋らないよう、掴まれた腕を振り解こうと暴れた。
「うるせえ……、黙ってろ!」
「あぁっ!?」
だが所詮は女の力だ。
腕はがっちりと固定されたまま動かず、大人の男はシスターの頬へ平手を見舞うと、か弱い声を出してぐったりとしてしまった。
「シスター!」
このままじゃ、あの大人達にシスターは連れて行かれてしまう。
泣いているだけじゃ解決しないし、誰かが助けてくれるとも思えない。
どうにかしなければ……と思っていた時だった。
「こいつはな、元々淫売婦だったんだよ」
「い、いんばいふ……?」
「お前らのようなガキじゃ、その意味も解らないか」
仲間達はその言葉の意味を理解出来なかったが、僕は解ってしまった。
「俺らみたいな悪い大人を、自分の体を使って精一杯気持ちよくさせる、とーーっても立派な仕事だったというわけだ。ギャハハハハ!!!」
薄汚い笑い声は、醜悪で残虐で、そしてどこか勝ち誇っていたような印象を感じる。
それでも今の僕に彼らの笑い声を止める事が出来ず、どうにか泣かないようするしか出来なかった。
「しかもただの売婦じゃねえぜ。こいつの元飼い主はえげつない男でな、当時花も恥らう純真な乙女だったリリーシアちゃんを、薬と魔法で快楽漬けにして、スケベな事しか考えられないメス豚に仕立て上げたんだよ」
僕が少し前に、シスターの過去を聞いた時。
あの時の彼女は、どこか悲しそうだった。
そして、今その理由を知らされた僕も泣かないよう堪えていたが、自制がきかず涙が流れ落ちてしまった。
「その界隈じゃ、相手した男が立たなくなるくらい骨抜きにされるってとこから、サキュバスの生まれ変わりと呼ばれるくらい人気の淫売婦だったなんてなぁ。今じゃ想像つかんよなぁ……」
シスターも、僕と同じ様に泣いていた。
その姿を見た僕は、悪い大人が好き勝手しているのをとめられない不甲斐無さに打ちのめされてしまい、また大粒の涙を流した。
「あの男からどうやって逃げ出せたのかは知らねえし、この僅かな期間でそれらが抜けたとは思えん、実はまだヤってるんじゃないか? 昔の快楽忘れられなくてさ!」
「や、やっていません……」
「じゃあ丁度よかったな! また気持ちいい事思い出せるぜ? その腕前で俺達を骨抜きにしてくれよぉ~?」
「い、いやぁ……」
大人達は、トーンの高い声で話しながらシスターへ顔を近づけた後に、腕を掴んだまま修道院から出ようとする。
「ううっ、うぅ……」
「シスター……、シスター……」
今まで優しく見守ってきた僕達のかけがえのない人。
その人の窮地にも関わらず、仲間達はみんなただ泣いているだけ……。
このまま見送れば、二度とシスターに会うこともない。
でも、僕達はあまりにも弱くて、何も出来ない。
あれ、この場面どこかで……。
この時、僕の昔の記憶が一瞬蘇った。
「くっそお!!!」
そして、いてもたってもいられなくなった僕は、気がつくと大人の男へ体当たりをしていた。
「何だてめぇ!!」
「ぐぇ……」
当然、大人達の不興を買ってしまった僕は、打ち下ろした拳を顔面に受けてしまう。
目の前がくらくらし、視界が白くなってしまい、気がつくと地面を舐めていた。
「タロ君!!」
「ガキは黙ってろ、どうせお前じゃ何も出来ん」
「く、くそ……」
「じゃあな」
シスターの悲痛な呼び声も、僕を殴った大人の声も、どこか遠い印象を受けた。
それと共に、何もかもが崩れて真っ暗になっていくような気がした。