8
僕の運命を変える日。
それは、何の唐突もなく訪れた。
その日はそもそも特別な日ではなかった。
シスターと一緒に修道院の掃除をした後、近所の花畑へいき白い花を摘む。
修道院内に飾る分以外は、花冠にしたりして遊ぶ。
それは、穏やかで平凡な、少し退屈だけどとても幸福な日常。
「おーい! ここの責任者を出せや!」
そんな日常を破る声が、修道院の入り口から聞こえてきた。
僕はその声がした方を見た。
そこには、がたいのいい男の大人達が五人居た。
柄こそ悪いが身なりはしっかりしていたので、野盗ではなさそうか。
だが、物々しい雰囲気を出している。
そのせいか、祈りを捧げていた人達は、こちらと目を合わせず去っていってしまった。
「なんでしょうか? ここは神聖な場所です、大声は控えてください」
普通の大人達が関わりあわないように去っていく中。
責任者であるシスターのリリーシアは、彼らの強気な態度に屈することなく、毅然とした態度で接した。
「お前さんが責任者か」
「はい。そうですが何でしょうか?」
「ほう……、そうか。お前が責任者ねぇ……」
柄の悪い大人の一人が、シスターの全身を舐めまわすように見つめる。
「借りた金返せや、こっちはお前らと違って慈善事業違うんだぞ」
周りの仲間達は、柄の悪い大人達が何を言っているのかは理解出来なかったが、大人たちの高圧的な態度のせいで、震える体を寄せ合っていた。
「あと数日後に商会からの収入があります。それまで待って下さい」
「ああ? 待てるかボケがッ!」
「そもそも、返済の期日はまだ先のはず、何故今なのですか?」
シスターはそんな子供達の不安を取り除こうと、大人達に負けないようどうにか強い態度を保っている。
だが僕は、シスターが無理しているように見えた。
「金主が、取り急ぎ返済して欲しいとのご要望なんだよ!」
「何故……」
そもそも、何故こんな状況になってしまったのか?
確かに貧乏で満足に食べられない時も無いわけでは無かったが……。
「シスター、借金してるって本当なの……?」
「……黙っていてごめんなさい。最近、お布施や私の仕事の収入が少なかったから、仕方なく借りたのです」
僕がその理由をシスターに聞くと、シスターは視線を落としながら悲しそうな表情でそう告げた。
そんな彼女の表情を見た僕は、胸が異様にざわめいた。
「……今はここにお金はありません。この子らを見れば解るでしょう?」
借金の取立てに来ても、とる物が無い。
使っている家財一式も極端に古いため、大した価値はないと思う。
「そうだな、確かに金は無さそうだな」
そうなると、金を返す方法は……。
まさか!
「きゃっ! な、何を!」
「金が無きゃあ、労働力で返して貰わんとなぁ?」
それは、僕が予想した最悪の展開だった。
前の世界のフィクションでよくある、借金のカタに妙齢の女性を引き取っていく。
当然、子供達だけで修道院はやっていけず、近い内に院は潰れてしまう。
連れて行かれるシスターのリリーシアも、……潰れるだろう。
「痛い……、離して……」
「嫌だね。お前にはこれからしっかり借金分働いて貰うんだからよお!」
シスターは必死に抵抗していた。
だが、大の男の力は強く、到底敵うわけも無い。
「ううっ……」
「怖いよう……」
こんな危機的な状況にも関わらず、他の仲間達は涙を流して恐怖に怯えるだけ。
……子供だから当然だし、期待をする方が間違っているか。
そうなると、あとはもう……。
「は、はなせ!」
僕は転生してきた。
その時、史上最強のスキルを願った。
もしもそのスキルが、穏やかな生活の保障ならば、このピンチは切り抜けられるはず!
「あぁ? なんだクソガキ?」
「タロ君!」
「し、シスターが……、い、嫌がっているじゃないか……」
ああああ、でも怖い。
昔かつあげされた記憶が蘇る……。
こわいこわいこわい……。
「嫌がっている? こいつが?」
反抗した代償として、暴力が振るわれると思っていた時だった。
僕の言葉に対して柄の悪い大人達は、きょとんとした顔で無言のまま、他の大人たちと視線を合わせた後に……。
「ギャハハハハハ!!!」
「ワハハハハ!!!」
突然、修道院に響くくらいの大声で笑い出した。
今まで散々脅してきた連中のあまりのかわりっぷりに、仲間達は泣き止み体を震わせている。
「な、なにがお、おかしい?」
「いやだって、リリーシアが純真な子供を騙す能力があったなんて初耳だからさ~」
この大人たちの言っている意味が解らず、僕はシスターの方を見た。
シスターは、僕達から視線を外したまま口を固く閉じていた。
「ど、どういうこと……だ?」
「ヒヒヒ、じゃあ教えてやるよ。特別にな」
僕はそれらの真意を聞くと、大人達はヘラヘラしながら僕の質問に答えようと口を開いていく。
「やめて! それだけは!!」
だがこの時、今まで穏やかで物静かだったシスターは、大きく高い声で彼らを制止しようとした。