7
それから数日が経った。
俺は修道院の掃除をしながら、この世界の事を振り返った。
この修道院は当初の予想通り、あまり裕福ではないようだ。
寄付やお布施はあるけれど、それだけではこの数の子供を養う事は出来ない。
だからシスターが働いたり、同じ町の商人ギルドから町の清掃や貴族の手伝いといった子供でも出来る仕事を引き受け、その対価として報酬を得る事で補っていた。
そのおかげか、善行をしているシスター本人は勿論、孤児達も街の人々からの評判がいい。
「みなさん、今日の食事が出来ましたよ」
『はーい!』
次に俺は、転生前の生活を振り返った。
転生前の俺の家は、比較的裕福だった。
好きなものは好きなだけ食べれたし、ブランド物の服も沢山買って貰っていた。
大きな家に住み、家庭教師を雇って、物心ついたときは既に勉強、スポーツ、芸術全ての英才教育を受けてきた。
”優秀な山田家の長男として、将来家を継ぐ者として、恥じぬ人間になれ”
親や親戚からはそういわれ続けてきた。
期待は……、されていたと思う。
「シスター! またタロがぼうっとしてるよー!」
「へんなのー!」
だが、転生前の恵まれた環境よりも、転生後の恵まれない環境の方が居心地は良かった。
誰も自分の事を特別扱いしない、普通に見てくれている。
何の才能も無い駄目な俺に、一切期待しない世界。
肩書きや世間体じゃなくて、個人として見てくれる世界。
史上最強の能力。
それは”転生者を真の意味で認め、かつ穏やかでゆとりある暮らしを得る能力”だったんだ。
ならそれを素直に受け入れよう。
もう俺は名家の長男山田太郎じゃない、孤児のタロなんだ。
「うん、今行くよ。”僕”も一緒に食べる~」
僕は持っていた箒を壁にかけると、他の仲間達が待っている食卓へと走っていった。
この時の僕の心は、青空よりも澄んでいて、草原に吹く風よりもさわやかだった。
「それでは皆様、お祈りをしましょう」
『はーい』
いつも通り、シスターの言葉と共に僕と仲間達は手を合わせて目を閉じる。
「さあ、めしあがれ~」
『いただきまーす!』
そして笑顔のまま、楽しい時間が始まっていく。
僕も、シスターも、他の仲間達も、ずっと一緒だ。
この幸せな日々がずっとずっと、死ぬまで続いていくんだ。
だが、このまま続くと確信していた幸福な現実は、誰も予想しなかった出来事によって壊されてしまう……。