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「それは困りましたね……」
俺の真剣さが伝わったのか?
シスターは笑顔を残しながらも、多少困り顔のまま頬に手を当てた。
「解りました。では何でも聞いてください、私で答えられることは答えます」
そして少し間を開けた後、頬に当ててた手ともう片方の下ろしていた手を胸の前で合わせながら、いつもの穏やかな笑みを見せた。
「……俺は誰だ? ”タロ”って呼ばれているみたいだけども」
「そうですね、あなたの名前はタロ。孤児でしたので詳しい年齢もご両親の事も解らないのです」
前の世界での俺の名前は”山田太郎”だ。
修道院の時も、そういう鈍りなのかなとスルーしていたが、どうやらこの世界では”太郎”ではなく”タロ”のようだ。
ペットみたいだけども……、まあいいか。
下手に長くて覚えにくい名前よりかは……。
そんな事よりも……。
「孤児って……?」
俺はこの世界での意外な出自を知り、思わずシスターに聞き返してしまう。
「今から少し前、町のはずれにあなたが横たわっていたのを、私が見つけたのですよ」
恐らく、そのタイミングでこの世界へ転生してきたのだろう。
転生?
それとも転移になるのか?
でも現実の俺は二十代だったはずだから、転生か……?
兎も角、真実は拾ってくれたシスターも知らないというわけか。
「……ありがとう」
このままこの人に拾われなかったら、俺の運命は変わっていた。
これがあのクソビッチが仕向けた事なのか、それとも純粋な幸運かは解らない。
それでも、俺は彼女の感謝の言葉を告げた。
こんな気持ちになったのは、きっとシスターの人となりのお陰なのだろうと思った。
そういえば、この人ってどんな人なのだろう?
「迷える者や困っている者に救いの手を差し伸べるのも、我々の活動の一環です」
「なら、シスターが居た修道院は孤児を引き取っているの?」
「はい。他の子供達も、私との出会いは違えど同じ孤児ですよ」
「あの、あなたは……?」
「私はシスターのリリーシア。神に仕える身になる前は、農家で普通の生活をしていたのですよ」
リリーシアっていう名前なのか。
可愛い名前だ、見た目にも合っている。
でもどうして、農家で普通の生活をしていたリリーシアが修道女になったんだろう?
「どうしてそんな普通の人が、修道院に入ったの?」
「それはですね……」
俺がその疑問を率直にぶつけた途端、リリーシアは俺から視線を外してしまう。
この時、彼女の笑顔はどこかぎこちなかった。
「あ、ごめんなさい。別にいいです! 気にしないで!」
答えにくい質問をしてしまった、折角好意を持ってくれている女性を困らせてしまった。
その事実に直面した俺は、どうにか気まずい雰囲気を振り払おうと一際大きな声でそう告げた。
「え、ええ……」
リリーシアも俺の慌てように見たのか、申し訳無さそうにしながら俺と視線を合わせようとした。
「じゃ、じゃあ次の質問! この世界について教えて欲しい!」
そして俺は、少し乱暴と感じながらも次の質問を投げかける。
「この世界は現在、国王バビロニクス四世がお治めになっております」
「その王様が、世界の全部を統治しているって事?」
「はい」
世界の全てを一人の王様が支配している……?
昔居た世界では到底ありえない話に、俺はまだ見ぬ国王に畏敬の念を感じてしまう。
「政治と法律の全てと、経済の一部が国王主権で運用されている……といえばいいのでしょうか。ごめんなさい、私も本で読んだ程度しか解らなくて詳しい事はちょっと解らないです」
「ううん、教えてくれてありがとう」
リリーシアが農家の家の出身ならば、家はそこまで裕福ではないのかもしれない。
前の世界では当たり前だった教育も、この世界ではそうではないのだろう。
そう思いながら、親身に教えてくれるリリーシアへもう一度お礼を言葉を告げた。
「もう大丈夫ですか?」
「うん、とりあえずは大丈夫」
「それは良かったです。では、行きましょう」
「うん」
俺の質問がひと段落すると、リリーシアはいつもの笑顔で俺に手を差し伸べてくる。
俺は手を伸ばし、彼女の色白な手をぎゅっと握り、舗装された道を歩いて行った。