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何度も訪れた窮地と危機的状況。
その度にもう駄目だと諦め、そして切り抜けてきた。
今回こそは無理だと思っていた。
最大最悪の存在と能力を敵に回してしまったからだ。
「ぐはっ……」
斬られた場所から鮮血がスローで吹き出し、今までの過去がぐるぐると頭の中で回っていく。
痛みはなかったけれど、体の力はどんどん抜けていき、まるで第三者視点のような感覚が強くなる。
僕は死を実感していた。
…………。
…………。
だが、僕の冒険と命は終わらなかった。
「痛いの苦しいのとんでいけー!!!」
背後から力強くも頼もしい声が聞こえてくる。
その声を聞いた僕は、魔王によって割かれた腹部の傷がみるみると塞がっていき、気力と体力を瞬時に取り戻す事が出来たのだ。
「クス子!」
「タロくんっ! 生身に戻ってよかったね!」
「え? あ、ああ!!」
確かにクス子の言う通り、僕は彫刻に命を吹き込まれた。
今まで怪我したって血とか一切出なかったのに、何故今更?
もしかして、知らない間に生身に戻りたいと願った……?
まあいいや、今それを考えている場合じゃない。
「クスクスちゃん……だっけかな。傷を治す能力だよね」
魔王は右手を頬にあてて、首を少しかしげながらそう言った。
「かあいいけど、邪魔だよね」
口調こそは穏やかだけど、内容は荒々しく、彼女の表情は不快な色に染まりきっている。
まずい、このままじゃクス子がやられてしまう!
そう思った僕は、慌てて彼女の目の前へ向かい、到着して間もなく盾になる覚悟で両手を広げた。
魔王は再び瞬間移動を繰り返しながら、じわじわとこちらに迫ってくる。
どのタイミングでしかけてくるのか?
どの間合いから攻めてくるのか?
移動する距離もタイミング全てばらばらのせいで、まるで相手の行動が読めない。
「今度こそ……」
「!!!」
僕は戸惑っていた、迷っていた。
だが魔王は情け容赦なく僕とクス子へ近づき、剣を突き立てて僕たち二人とも串刺しにしようとしてきた。
「にゃにゃにゃにゃああーー!!!」
僕は恐怖に震え、魔王は満ちた笑みを見せたその瞬間。
甲高く元気な声と共に、魔王は強烈な飛び蹴りを受けて横へ大きく吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた魔王は部屋の壁にぶつかると、埃と壁材をまき散らした。
「まふにゃん!」
「なんだかよく分からないけどにゃ、おいらだって負けてられないにゃ!」
今まで動けずにいたまふにゃんが、加勢してくれた……!
僕は驚いた。
そして、クス子の続いて立ち上がったまふにゃんの姿に頼もしさを感じた。




