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僕達はそれからも旅を続けた。
穏やかに暮らせる場所を求めて、毎日歩き続けた。
「ねえタロ君」
「うん?」
「毎日歩いていて疲れない? 足とか大丈夫?」
確かにリリィお姉ちゃんの言うとおりだ。
連日歩き続けているのにも関わらず、ちょっとだるいだけで他はなんとも無い。
前世は引きこもりだったから、少しでも歩いたら息はきれるし足も痛くなるはずなのに。
「うん、大丈夫だよ。お姉ちゃんは?」
「私も平気」
それともう一つ、気になっていた事があった。
僕はこの世界の言葉を、完璧に理解している。
現地民に転生してきたからと言えばその通りなんだが、なぜか聞こえる言葉は全て日本語だ。
史上最強のスキルは”どんなに激しい運動をしても、体力が尽きない”なのかな?
それとも”あらゆる言語を瞬時に理解する”かな?
まさか、両方……?
「意外と歩けるもんだね?」
「そうね、二人で居るから気が紛れるのかも」
とりあえず僕は、リリィお姉ちゃんが不安がらないようにそう答えた。
お姉ちゃんは草原と青空を背景に、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。
旅は穏やかで、まるで追っ手の気配を感じさせないくらいに平和に進んでいった。
だが、全てが順調なはずもなく……。
遂に僕達は、危機と対峙してしまう。
それは草原をさらに進んだ先、木々が鬱蒼と茂っている小道にて。
「そんなガキよりも、俺達と一緒に行こうや」
「へへ……」
赤色のバンダナ、黒い眼帯、手入れがされていない髭、傷だらけの革のジャケット。
いかにもファンタジー世界の小悪党風な男達数人に、僕達は囲まれてしまった。
「お姉ちゃん……」
僕は、今までの史上最強のスキルの内容を振り返った。
”僕の好きな人が困っていたらそれを解決する能力”が発動すれば、この状況は切り抜けられる。
けど、修道院が燃えた事から、今回も必ず発動するとは限らない。
どうしよう……、どうしよう……。
そう思いながら、お姉ちゃんにぎゅっとくっつくが……。
「しっかしえらいベッピンさんやな」
「しかもスケベな格好しちゃってねぇ……」
ゆっくりと迫る悪党を目の前にした僕は、このままくっついたところで何も解決しない事を思い知らされてしまう。
このままじゃ、少し前に修道院を襲ったならず者達にさらわれた時と、同じ運命を辿っちゃう!
どうにかしなきゃ、どうかしないと……。
そうやって僕は、どうにかこの場を切り抜ける術を考えようとした。
「大丈夫よ」
その時、リリィお姉ちゃんはそう一言だけ告げると、僕からそっと離れていった。
「ほう、その子供を守る為にお嬢ちゃんが犠牲になるんか?」
「今夜が楽しみですねえ……」
お姉ちゃんは、自分の命に代えても守るといってくれた。
でも僕はそんなの嫌だよ!
リリィお姉ちゃんが居なくなったら……、僕は……、僕は!
「我願うは、荒天の彼方に眠りし聖なる使者の目覚め……」
「えっ?」
僕の視界が涙で曇り始めた時だった。
今まで穏やかな表情だったリリィお姉ちゃんは、突然何やら難しい言葉をぶつぶつと言い始めた。
「紅蓮なる意思は、愚劣なる汝らの不浄なる魂を浄火する狼煙……」
「お、お姉ちゃん……?」
しかも、今までとは別人の様に表情は厳しく、僕が呼びかけてもまるで反応がない。
一体なにが起きてるの……?
「私の前から消え去れ!」
意味がよく分からない難しい言葉の羅列をいい終えると、リリィお姉ちゃんは片手を悪党達へ向ける。
すると、その手からは真っ赤な炎が現れ、悪党達めがけて次々と飛んでいったのだ。
「ひー、かなわんわ! 撤退や!」
「魔法使いかよ! 助けてくれぇ!!」
相手もリリィお姉ちゃんが不思議な力を使えるなんて予想していなかったらしく、体の一部に火が燃え移りながら、一目散に逃げていってしまった。
「ふう」
「ね、ねえお姉ちゃん、今のって……」
「うん? うーん、何だろう……。ふと頭の中から言葉が湧いてきて、守らなきゃって強く思いながらその言葉を言ったらああなっちゃったの」
今まで使った力は、どうやらリリィお姉ちゃん自身もよく分かっていないらしい。
険しかった表情は、いつもの穏やかさを取り戻している。
「私、魔法なんて使えないから……、これもタロ君のおかげ?」
「わ、分からないよ!」
僕はリリィお姉ちゃんに対してそう告げた時、ふと頭をよぎった事があった。
史上最強のスキル。
それは、”好意を抱いた相手を魔法使いにする能力”なのではないのかと?
でも、それなら何故シスターの時は発動しなかったのだろう?
僕は僕の能力に矛盾や疑問点を抱えたまま、リリィお姉ちゃんとの旅を再開した。




