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何ら進展の無かった軍略会議を経て、各自は休息をとろうとしていた。
僕もまた、用意されたテントへ戻ろうとする。
その時だった。
「タロ、ついてきて欲しい」
「うん? どうしたの?」
「ついてくれば分かる」
ミャオ、急にどうしたんだろう?
僕と二人きりで何かあるのかな……?
あ、もしかして剣の訓練かな!
でも、それならマリーさんも呼ぶだろうし……。
僕は何故ミャオに呼ばれたのかを考えつつ、彼女の後を追っていき。
そしてたどり着いたのは、先の戦いで捕らえたミルイが監禁されているテントだった。
ちょうど休憩なのか、交代のタイミングなのか、見張りの兵士はいなかった。
ミャオは足を止めて一呼吸置いた後、テントの中へ入っていく。
そこには、淡く輝く文字が刻まれている鎖で全身を雁字搦めにされているミルイが居た。
「……ミオリーゼか」
「元気そうだな」
そんな彼女は僕らの訪問に気づき、閉じていた目を開けてゆっくりとこちらを見つめる。
特別、拷問や暴行をされた形跡はなさそうだ。
見た目は綺麗だけど、あんな怪力の持ち主をひどい目にあわせようなんて考えを抱く人は、居なかっただけかもしれないけれど……。
それにしても、どうして今更ミルイの居るとこへ行ったんだろう?
近々処刑されるから、最後に何か聞きたい事でもあったのかな?
だが、そんな僕の思いは大きく外れた。
ミャオは姫袖に忍ばせていた短剣を持つと、それでミルイを縛る鎖を破壊したのだ。
鎖はバラバラと音を立ててちぎれていき、たちまちミルイは自由を取り戻す。
僕は怖くなってしまい、思わずミャオの後ろに隠れた。
「おい、今お前が何をしているんか分かっているんか?」
ミルイは、体を何度か伸ばすと、腰に手を当てながらミャオへそう言った。
「分かっている」
それに対してミャオは、相変わらずの無表情だった。
「そうだよ! 何で逃がそうとしてるの!」
「そこの童の言う通りや、お前に何の得もあらへん」
ミャオ最大の武勲を、ミャオ自身で手放すなんて!
それどころか、罪に問われてしまう。
何で、どうして……。
「あのなぁ……」
「…………」
このまま処刑されるのを覚悟していたのだろう。
ミャオの意外な行為には、ミルイも呆れ気味だ。
「妾はお前らの仲間をぎょーさん殺した。ここで逃せばまた大軍を率いて来るぞえ?」
「…………」
ミルイの言う通りだ。
こんなの、何の意味も無い。
「そうなれば、お前の仲間の人間も、そうでない人間も皆殺しや」
「…………」
もしかして、仲間になるとか、後でピンチになったら助けてくれるとか、そういうのを考えているの?
無理だよ、そんな都合のいい展開なんてならないよ。
「そこの童も、当然命は貰うで」
「…………」
ミャオは勝ったけれど、ぎりぎりの戦いだった。
次も確実に勝つなんて確約の出来る相手じゃないのに。
「…………」
「…………」
だけど、ミャオは意志を曲げなかった。
鎖が解かれ、僕にでも分かるくらいの殺気を放つミルイを前にしても、無表情のまま立っているだけだった。
「何故や……、どうして……」
「…………」
ミルイは頭を抱えながら、そう吐き捨てた。
だが、困惑した素振りを見せても、ミャオは何も言わなかった。
「……ミオリーゼ、お前は口数が少なすぎんよ。もうちょい語ろうや」
「十分語った」
「……せやな」
「ああ」
結局、ミャオは多くを語らなかった。
ミルイは会話を終えると、その場に座り込みうつむいたまま動かなかった。
「タロ。この場で起きた事、他言無用で頼む」
「う、うん。分かった」
「ならば去るぞ」
僕には、ミャオの真意は分からなかった。
それでも、僕を信じてくれている人を信じたかったので、ミャオの言う事を聞いた。
翌日、味方の軍は捕らえたはずのミルイが居ない事によって、大騒ぎになった。




