16
僕は、シスターの温かくて柔らかい場所で抱かれていた。
それは本当なら、とても幸福な事だった。
しかし、僕の胸の中にはある不安があった。
「ねえシスター、俺達に逃げ場はあるのかな」
結局史上最強のスキルは”穏やかな生活を送れる事”じゃなかった。
やっぱり、あのだらしない女の嘘だったと認めるしかない。
そうなれば、僕はただの子供だ。
何も持たず、何も出来ない。
転生する前と同じ……。
「今はまだ大丈夫かもしれない。でも、私達を捕まえようとする御触れは、やがて世界中に広がってしまう」
シスターの言っている意味は分かっていた。
あの異端審問官という大人は、国の偉い人の命令で来ている。
つまり、僕達は国そのものを敵に回してしまった……。
「でも、大丈夫だから。私に任せて」
それでもシスターは、僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
この人はたとえ自分の全てをなげうっても、僕を守ってくれるはず。
でも、僕は弱気な言葉しか言えない。
そんな自分がとても情けなくなってしまい、思わず泣きそうになった。
「うん……。分かったよ。シスター」
けれど、どうにか涙を堪えてシスターの言葉に対して真っ直ぐな返事をする事が出来た。
「うーん。なるべく正体は隠しておきたいから、その呼び方もだめよ」
「じゃあ、どう呼べばいい?」
「……神父様は私の事を、リリィって呼んでいたわ。だからタロ君も同じ様に呼んでね」
自分の名前を言う時、どこか戸惑っていたような気がしたけども……。
気のせいかな?
「うん、分かったよリリィお姉ちゃん」
「えへへ。お姉ちゃんって初めて呼ばれるけど、ちょっと照れちゃうね」
僕から見れば、リリィはお姉ちゃんと呼んでもおかしくはない年頃なはずだ。
確かに今までシスターとしか呼ばれなかったから、馴染みが無いんだろうなあと思いつつ、少しはにかむお姉ちゃんに可愛さを感じながら僕も笑顔を返した。
「服装も変えたほうがいいわね……、まずは村を探しましょうか」
「うん」
そう言いつつ、休んでいたお姉ちゃんは立ち上がると、僕にそっと手をさしのべる。
僕はその手をぎゅっと握り、手を繋いだまま雑木林を抜けた。
そして、運よく小さな村を見つけた僕達は、そこでリリィお姉ちゃんの服を探した。
「うーん……」
「買えなかったね」
しかし、服は変えなかった。
理由は三つあった。
一つ目は、リリィお姉ちゃんの体型にあう服が無かった。
お姉ちゃんは胸が大きく、お店にあった服は物理的に入らなかった。
二つ目は、ぼろぼろの服を着た僕を連れたシスター姿のお姉ちゃんがうろうろしていた事で、お店の人が不審がってしまった。
街での騒ぎを知っているかは分からないけれど、あのままお店に居たら大事になっていたかもしれない。
三つ目は、仮にお姉ちゃんに合う服があったとしても、買うにはお金が足らなかった。
元々、ケーキの材料をなんとか買える程度しか、持ち歩いていなかったのだ。
「このままの格好じゃ、人の目につくのも危ないのに……」
このまま逃げ続けるとしても、街や村に入れず買い物も出来ないのは厳しい。
やっぱり、僕達はもう終わりなのか……?
そう思い始めた時だった。