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僕は何気なく、いつもとは違う風景を指差した。
シスターもつられて同じ方を向き……。
「シスター!」
違和感の正体を察知した彼女は、酷く顔を青くしながら、全力で走り出した。
僕は、長いスカートに足をとられて何度も転びそうなるシスターを追いかけた。
「こ、これは……!!」
そして人ごみをかきわけて、どうにか修道院に辿り着くと、僕達は目の前で起きている出来事に戦慄した。
恵まれない子供達や、行き場の無いシスター・リリーシアの最後の居場所が、激しく燃える炎に包まれていたのだ。
修道院を飲み込む炎は衰える事を知らず、窓を覆っていたステンドグラスは粉々に砕け、黒煙を発しながらみるみると崩れ落ちていく。
その様子を見たシスターは、周囲を見回した後、あろう事かその燃え盛る修道院の中へと飛び込もうとした。
「シスター! 駄目だよ!!」
「離して!! お願い!!!」
彼女にとっては家族同然の存在が、雑踏の中には見当たらない事は解っていた。
それがどういう意味なのかも知っていた。
それでも僕は彼女の行為を、全力で止めた。
このまま生かせればシスターもまた、あの業火の餌食になってしまうからだ。
「おい、お前達はあの修道院の者か?」
どうにかシスターが火の中に飛び込むのを防いだ時、黒衣を纏ったがたいのいい大人の男達が、僕とシスターを囲んでしまう。
「な、なんだお前ら……」
黒衣の大人達の様子は明らかに物々しく、僕は思わず泣きそうになった。
だが、恐らくはここで泣き喚いても何の解決にもならず、シスターを守らなければならないという直感に気づき、全身の震えを感じながらもどうにか彼らに話しかける事が出来た。
「あなた達……、異端審問官がどうしてここに……?」
僕はこの男達の正体を知らなかったが、貴族や修道院を襲ったごろつきにも気圧されなかった彼女が、明らかに弱気な態度をとっている事や、異端審問官という物々しい名前から、修道女の一人や二人を容易に抹殺出来る権力と実力を持っている事を察した。
「この場所で、邪悪な力を操る魔女の子が居ると聞いた」
異端審問官の発言に、僕は思わずぎょっとしてしまった。
何故ならば、僕にはそう呼ばれる心当たりがあったからだ。
「そんな! そんなわけありません!! 私達は誰の迷惑もかけず、身を寄せ合って生きてきました! それなのに……。ひどい……、うぅっ……」
それは当然、シスターも知っているはずだった。
しかしシスターは、僕をぎゅっと抱きしめながら、涙を流して声が裏返る程強く訴えた。
「あ、あいつだ!!」
子供達の命を理不尽に奪われた悲しみに打ちひしがれている中、雑踏の中から男の声が聞こえてくる。
僕とシスターは、その声のした方を向いた。
「あいつが邪悪な力を操って、俺らをこんな目にあわせたんだ!!」
僕達の視線の先には、少し前に修道院を襲いシスターを連れて行こうとしたごろつきの一人が居た。
ごろつきの男は、添え木と布で固定している腕を見せびらかしながら、異端審問官や他の野次馬に対して訴えかけた。
「あいつら……!!」
あの男達は、腹いせに僕にやられた事を異端審問官に告げ口した。
その事が解ると僕は、シスターの抱擁から脱して、滾る怒りをごろつきへぶつけようとした。
「あの修道女、魔女の子を匿っていたなんてな……」
「怖いわねえ」
「元々淫売婦だったんでしょ? だから素行も頭も悪いのよ……」
だが、今まで献身的なシスターを評価していた人々の冷たい発言によって、僕の心は酷く寒くなってしまった。
なんなんだよ……。
シスターに言いづらい過去があるかもしれない。
それでも必死に僕達の面倒を見てくれた!
血の繋がりも無い僕達を、本当の子供のように愛してくれた!
それなのに……、それなのに!!!
どいつもこいつも手の平返しやがって!!!!
「くそっ……! くそおおお!!!!」
僕の史上最強スキルはどうなった!
何故、こんな結末にならなきゃいけないんだ!
どうしてだよ……、どうしてなんだよおおお!!!!
「魔女の子と、それらに深く関わった者達を浄化の炎へと投げ込まん」
異端審問官の冷たい言葉と共に、彼らの手がゆっくりと僕とシスターに迫っていく。
僕は自分のスキルに疑問を抱きながらも、異世界での人生が終了する事を確信し、……全てを諦めた。