12
それから数日後。
修道院や周囲の人々は、あんな事件があったにもかかわらず、まるで何事も無かったかのようにいつも通りの生活を送っていた。
「それでは少し出かけてきますね。みなさん、修道院の留守番と掃除お願いします」
『はーい』
僕もまた、このいつも通りの生活を満喫していた。
史上最強のスキルが”平穏な生活を送れること、それを脅かす存在を排除出来ること”というのを知ったからだ。
僕のこの生活は約束されている。僕が死ぬまでずっと続く。
そう信じて疑わなかったからだった。
「あ、タロは付いてきてくれませんか?」
そんなふうに思いながら、他の子供達と一緒にシスターの見送りをしていた時だった。
シスターは優しい笑顔で、僕に付いてきて欲しい事を告げる。
「えー、タロだけずるいー」
「あたちもいきたいー」
他のお出かけ好きな子供達は、大声を出したり頬を膨らませたりして、不公平感を訴えた。
「ふふ、お留守番頑張ってくれた子には、後でおやつを作ってあげますよ」
『わーい!』
「じゃあ、いってきますね」
だが、シスターのおやつ発言によって子供達の不満が払拭されて快く見送られると、彼女は子供達に軽く頭を下げた後に、僕の手をとって修道院を出た。
僕は行き先も、何故ついてきてと言われたのかも、知らなかった。
きっと史上最強のスキルについて聞かれるのかなと思っていた僕は、どう答えれば納得するかを考えながら歩いていた。
その時だった。
「今からお金を貸してくださった貴族の方へ、会いに行きます」
彼女の発言は、僕の予想していたものとは違っていた。
「えっ? 大丈夫なの?」
その驚きもあったが、あれだけ強引な手段に出てきた相手に会いに行くのは危ないと思った僕は、すからずそう返した。
「ですが、放置して再びあの大人達が来てしまえば……」
シスターの言うとおりだ。
逃げ場は無く、このまま待っていても解決なんてしない。
むしろ、今度はもっと大人数で来るかもしれない。
史上最強のスキルが破られるとは思えないが、これ以上危ない思いや悲しい思いをするの嫌だ。
「うん……」
お姉ちゃんが誘った理由をなんとなく察しつつ、僕は不安と何かあってもシスターを守り抜くという強い意思の両方を抱き、一つ頷いた。
日も高くなってきた頃。
シスターが金を借りた貴族の屋敷に到着した僕達は、突然の来訪にも関わらず、召使い達の手厚い歓迎を受ける。
そして、屋敷の中へと案内され、大した間をおかずに屋敷の主が居る部屋へと通された。
「バプスブルグ伯、お忙しい中お会いしていただき、ありがとうございます」
屋敷の主である貴族に出会ったシスターは、頭を軽く下げてお礼を告げる。
僕も何もしないのは悪いと思い、彼女の反応を見た後に同じ様に頭を下げた。
「よく来られましたシスター・リリーシア」
あれだけの手段を使うくらいの人物なら、見た目や振る舞いはあからさまなんだろうと思っていた。
だが、その予想を裏切られた。
「さあ、そこにかけて下さい。飲み物は……紅茶でよいですかな?」
「ありがとうございます。お気遣い感謝します」
この男の人……。
貴族というだけあって、身なりはとても立派で、とても落ち着いている。
それ以上に、高い位の立場なはずなのに高圧的な感じはせず、物腰がとても柔らかい。
「さて、今日はどのようなご用件で?」
こんな人が、シスターをさらってまで借金返済を強要したのか?
にわかに信じ難いけれども……。
「数日前、伯から借りたお金についてですが……、その返済を迫ってきた使いが、私の修道院に訪れました。しかもかなり乱暴なやり口で、どうにか回避はしましたが私は不当に連れ去られかけたのです。伯程の聡明で周囲からの信望も厚い方が、何故そのような自らを陥れる行為に及んだのでしょうか?」
僕がそんな疑問を抱いている中、シスターは凛とした態度のまま、今回の出来事の真意を貴族に問いかける。
その内容があまりにも直球すぎて、僕は思わずぎょっとしてしまった。
これでどういう反応をするかな……?
一見、いい人そうだけど……。