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その日の夜。
意識を取り戻した僕は、介抱してくれたシスターや仲間達にお礼を告げた。
仲間達は僕の力を褒めてくれたが、僕自身が自発的になにかしたわけでもなく、史上最強のスキルなんて言っても理解されないのは分かっていたたため、偶然出来た事を伝えた後にシスターの過去について改めて尋ねた。
「ちょっと難しい話をするけれど、とても大事だから聞いてね。私の家はね、貧しい農家だったの」
シスターは僕の質問に対し、少し躊躇いつつはあるものの、眼差しは子供達にしっかりと向けたまま、語り始める。
「でもお父さんが居て、お母さんが居て、二人とも優しくてとても温かかった。貧乏が苦だと思わなかった」
僕は彼女の過去を聞きたかったのは、単に彼女の事を知りたいという事以外にも理由があった。
「このまま平穏な生活が続いて、私が大人になったら村の男の人と結婚して子供を生んで、裕福ではないけれど同じ様に温かい家庭を作っていく。そんな普通な人生が送れるって疑いもしなかった」
それは、柄の悪い大人に殴り倒された時に思い出した、僕の前世の記憶を確認したいからだった。
「でもね……。私の家、火事にあったの。私はたまたま外に居たから助かったけれど、家の中に居たお父さんとお母さんは逃げ遅れて死んじゃった」
「シスター……」
「その時、ちょうど村に滞在していた商人が、一人ぼっちになってしまった私を引き取ったの」
「引き取るって……」
「……タロ君の思っている通りだよ。引き取るなんていうのは建前、本当は私を売り物にしたかっただけ」
そして彼女の過去を聞けば聞くほど、僕の前世で起きた”ある事件”と酷似している事に気づいてしまう。
「私は村を離れて間も無く、貴族の人に売られた。後はあの人達が言ったとおりだよ」
シスターは自分の暗く隠したい過去を話しているせいか、表情は辛そうだった。
「その状況で、どうやって逃げ出せたの?」
「ここの神父様に出会ったの。神父様は教会の活動と併せて、孤児の支援もしていた」
「だから、酷いところで働かされていたリリーシアを引き取ったの?」
「引き取ったというよりかは、連れ出してくれたが正解かも」
「その神父様は今どこに?」
「神父様は年だったから、私を救ってしばらくして亡くなったわ。だから私がここの責任者になって、神父様の意思を継いでひとりぼっちの子を引き取り始めたの」
秘め事の全てを話したリリーシアの表情は晴れなかった。
彼女の態度に同調するかのように、周囲の子供達も俯いたまま口を固く閉ざしてしまっていた。
それは、言葉の意味の全てを理解出来なくても、今まで慕ってきた人の過去の凄惨さを感じたのかもしれない。
「経緯や理由はどうあれ、私の体は、神職に就く事が出来ないくらいに汚れきっている……」
シスターの膝の上に置いた手は、自身の穢れた体を覆う神聖な修道服のスカートを強く握りしめていた。
「本当だったら、私なんてシスターにはなれないのに、あなた達を騙し続けてきた。だからもう活動はこれで――」
「そんなこと無いよ!」
「タロ……」
僕は敢えて、彼女の弱い言葉を遮るように否定した。
「シスターは僕達にとってのお母さんなんだから!」
シスターは僕以外にとっても、僕にとっても大切な人だ。
居てもらわないと駄目なんだ!
「そうだよ!」
「やめないで……」
「シスターどこもいかないで」
僕の気持ちが他の子供達にも伝わったのか、全員が泣きそうになりながらも各々の思いをシスターにぶつけていく。
「みんな……」
シスターは、固く握っていた拳を解き、その手を胸に当てながら子供達の思いを受け止めると。
「ふふ、ありがとうね」
いつもの優しく穏やかな笑顔を見せて、子供達をどうにか安心させようとした。
「本当に……、ありがとう……。ううっ……」
だが、子供達の純真な思いは、シスターの気持ちを強く揺さぶったのだろうか。
シスターは胸に手を置いたまま、涙をぽろぽろと流して何度も子供達に感謝し続けた。
そして僕や子供達は、そんなシスターに抱きついた。