10
転生前だったら、このまま諦めていた。
それが自分にとってどんなに大切なものであったとしても、簡単に手放していた。
「待て!!!」
だが”僕”は手放さなかった。
”手放したらどうなるか”を知っていたからだった。
「ああ?」
「”ユリお姉ちゃん”から離れろ……」
どうしようもない大きな力によって、自分と大切な人の関係が無理矢理引き裂かれてしまうという、今まさに起こっている出来事を、僕は過去にも体験していた。
あの時、僕は自分の無力さを許容してしまった。
それを理由に、大切なものを手放してしまった。
そしてその結果、後悔だけが残った……。
「はぁ? お前何をいっている――」
「つべこべいわず離れろ!! 二度と僕の前に顔を見せるな!!」
だから、僕はもうあんな思いはしたくない!!
大体、何で異世界転生までしたのに、ここでもこんな惨めな思いをしなきゃいけないんだ?
僕はその思いと共に、大人に向かって叫んだ。
「……どうやら、自分の立場が解っていねえみたいだな」
「うぐっ!?」
「タロ君!!!」
「オラァ!! 生意気な口はどうした!」
「ぐぅ……」
だが、どんなに抗っても現実は変わらなかった。
残ったのは無力な自分と、腹部と腕の痛みだけだった……。
「もうやめて! あなた達についていきますから!! だから子供達には手を出さないで!!!」
僕がぼろぼろにされている姿が、見るに耐えなかったんだろう。
普段は穏やかで大人しいシスターが、まるで小さな子供のように涙を流し、声を荒げて僕に暴行を加える大人達を止めようとしている。
「お願い……します……」
「ふん、今回はリリーシアに免じて許してやる。あまりイキっているんじゃねぇぞ、ガキが」
シスターの懇願が叶い、僕はこれ以上ぼこぼこにされずにすんだ。
しかし、彼女の献身は僕の心を酷く痛めつけた。
「どうした……、子供一人……倒せないのか……」
どうせ僕は転生してきた、一度は自分から命を絶った人間だ。
本来なら死んで無になる存在だ。
だったら別にここで殺されても変わらない。
もうあんなに後悔するのは嫌だ、辛い思いをしたまま生きていくのは嫌だ!
「てめえ、一度死なないと解らないようだな!」
僕の挑発を受けた柄の悪い大人は、腕を振りかぶり全力で僕を殴り倒そうとしている。
たぶん、あれを受けたら子供の僕なんて一撃で重症か、死んでしまうだろうな。
だけど、これでいいんだ……。
これで悔いは無い……。
「やめてええ!!!」
リリーシアの甲高い声が聞こえる。
柄の悪い大人の固く握った拳が、僕の顔面に来る……!
…………。
…………。
……?
あれ、おかしいぞ。
痛みが無い……?
もうとっくに、僕は殴り倒されてもいい筈なのに。
そう思いながら、ゆっくりと目を開いていく。
「う、うぎゃああああ!!!! 腕……、俺の腕があ!!!」
何を言っているんだ……?
腕がどうなったんだ?
やばい、涙で前が見えない。
僕は涙で濡れている視界を綺麗にするため、服の袖で目をこすって確認した。
うそ……だろ?
僕を殴ろうとした大人の腕が、なんでかは知らないが変な方向に曲がっているぞ?
「おい!」
「お前……、何をした!?」
いや、何をしたと言われても何もしていないんだが……。
そうか!
僕の史上最強のスキル”穏やかな生活を送る”が発動したのか!
だったら……!
「これ以上、お姉ちゃんを泣かせるな……!」
「クソがッ!! う、うわああああ!!!!」
やっぱりそうだ。
僕は自分でも知らないうちにバリアを張っていて、柄の悪い大人達はそれを殴ったから腕がいかれてしまったんだ。
「な、なんだこいつ!?」
「どうなっているんだよぉぉッ!!」
いける!
これなら勝てる!
今度こそ、”お姉ちゃん”を手放さなくてすむ!!
「いいか、二度と近づくな……!」
「ひぃ、に、逃げるぞ!」
「うわあああ!!!」
「助けてくれえ!!!」
あっちから見れば、何の能力も才能も無い無力な孤児が、突然意味不明な力を使ったわけだ。
そりゃあ、不気味だし逃げたくもなる。
事実、全員が悲鳴をあげながら一目散に修道院から出て行ってしまった。
「はぁっ……、はぁっ……」
ともかくピンチは乗り切った。
”お姉ちゃん”を守りきった……。
「今回は……、守れて……良かった……」
前世では出来ずにずっと後悔していた事が、まさか転生した世界で出来るなんて……。
何だかよく解らないけれども、本当に……よかっ……た。
脅威が去り、全員が無事である事を確認した僕は、体の力がみるみると抜けてしまい、意識がとんでしまった。