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7話 さようなら

「さて父上、これから本題に入りましょう」


 父がしゅんとしたところで本題を切り出す。


「明日の成人の儀を済ませた後、俺はこの家を出ることにします」

「──なに!」


 俺が家を出ると言うと、父はガタン、と椅子を盛大に倒しながら立ち上がり、机に身を乗り出した。


「ど、どういうことだシーベルタ! なぜ、なぜ出て行くと……」


 父は今にも俺に掴み掛かりそうになりながらも、ぐっと拳を握って堪えている。

 今までは男として接して来ていたが、俺が女だという真実を暴露した結果、以前のように接することができなくなったのだろう。寂しいことだ。


 それでも、嘘で塗り固められてはいたが、父の俺に対する愛情は本物だと信じている。男として、次期領主として育てられたがゆえに厳しくもあったが、そこには、我が子に対する確かな愛情を常に感じていたのだ。

 だから俺が家を出るという行動を理解できないのだろう。

 父の握る拳が僅かに震えていた。

 しかし、俺の決断は揺るがない。


「なぜ? そうですね。強いて挙げるのならば、俺の居場所がもうこの家にはない。といったところでしょうか」


 女と知った以上、政略結婚もできない息女など無駄な存在でしかない。リーマン家に利益を与えるどころか、穀潰しの大飯食らいとして家に不利益しか齎さない。そんな男女オトコオンナがいてもどうしようもないではないか。

 なによりも、後妻の存在だ。


 弟が次期当主に決定したと同時に、後妻はあからさまに俺を排除したがっている。


「居場所ならある……結婚したくないのであれば一生この家にいても良い。儂がお前の居場所をしっかりと確保してやろう」


 父のその言葉に俺は、やれやれといった体でかぶりを振った。


「父上、それは無理です」

「何故だ!儂がなんとか──」

「──父上はお幾つになられましたか?」


 俺は父の言葉を遮りそう問う。


「今年で65になる……」

「お幾つまで健在でいられますか?」

「……」


 この世界で人の寿命は、長くても80歳ぐらいだ。平均寿命は60〜70である。しかしこれは安穏と生きてのことだ。

 辺境伯である父は常に戦いの場に身を置く武人、この歳まで生きて来た時点で奇跡に近い。一騎当千の武人として生き抜いて来た所以でもあるが、やはり寄る年波には勝てないのだ。実際年々体力も衰え始めている。もう俺よりも弱くなっている事実は覆らない。

 そしてその歳で無理とさえ言われた子まで成し、正式な跡取りも得ることができた。


「俺も弟の力になり、補佐をしてこの家を盛り立てられたら良い、と考えていました。ですが父上が健在な内は俺の居場所はあるでしょう。ですが亡くなられた後どうなるかお分かりですか?」

「なんのことはない。嫁に行かぬのであれば、そのまま弟を支えれば良いではないか」

「無理でしょう……」


 男の跡取りが産まれてからというもの、後妻の態度は日に日に尊大になってきている。

 時期当主である弟を溺愛し、その地盤固めを始めているのだ。そして俺への風当たりも自ずと強くなる。

 リーマン家の名を継ぐこともできない女の俺、政略結婚もできない穀潰し、そんな中途半端なオトコオンナが、この屋敷に居座ることを後妻が快く思っているわけもない。

 弟とは父繋がりで血はつながっているが、実際後妻と俺とは赤の他人なのだ。そして後妻は、言ってはなんだが、よくぞこんな年寄りに嫁いだと思えるほどにうら若い。そこに少なからず野望が見え隠れしていることは、誰の目からも一目瞭然だった。

 お家の情報をそれとなく知った後妻は、老い先短かかろう父に擦り寄り子を成し、あわよくばこの家を手中に。と穿った考えだが過ぎるのも、あの後妻の態度で明らかだろう。

 父亡き後の俺への対応など、想像するまでもない。俺は後妻にとって、目障りな存在でしかないのだ。


「母君が黙ってこの家に俺を置いておくとは到底思えません。俺はこの家から遅かれ早かれ出て行く定めなのですよ? 政略結婚もできぬ穀潰しの目障りなオトコオンナが居る場所は、この家にはないのです」

「そ、……」


 そんなことはない、と言おうとしただろうが、父はそのまま口を閉じてしまった。

 思い当たる節が多少はあるのだろう。

 弟が産まれたことで、後妻の実子が家を次ぐことが決定してしまった。

 実祭後妻に女の子が産まれても同じことが起こったかもしれない。父が健在の内は、俺を時期領主として王へとお披露目し、素知らぬ顔で男として扱いう。父亡き後に、俺が女である事実を王へと進言し、俺を陥れる。リーマン家をお家取り潰しに追い込み、後妻の実家にこの領地ごと移管し、後に相応の婿を迎えて領地を経営すればいい話だ。どちらにしても後妻の手の内でことは進むのだ。

 だがそんなことはもうどうでもいいのだ。


「リーマン家を後世に存続させるには、俺は邪魔者なのです。それにこれから俺は自由に生きることができる。今まではリーマン家の跡取りとしての教育と思い、父上が俺に課した外出禁止令にも従って来ましたが、それも俺を謀る為とわかった今、もう遠慮はいりますまい」

「……」


 俺が女とバレることを警戒し、籠の鳥のようにして囲われて生きて来た俺にとって、自由とは敷地内だけのことだった。

 しかし、それはほんの、ほんのわずかな自由でしかなかったのだ。この半年で下町を見、農地などを見て、世界の広さを実感した。そこには俺の知らない世界が広がっているのだ。


「俺は自由に世界を見て回りたい。そう考えました」


 リーマン家の令嬢として、女として生きてゆくことができない俺にとって、心を偽ってまでこの家にいる必要はない。

 今まで男として偽られてきた意趣返しといえば簡単だが、実際俺が女として生きていけるとは思えないし、女になりきる努力をしても、それこそ偽りの人生になってしまいそうになる。

 ならば自由に生きてみたい。己自身で嘘偽りのない人生を歩んで行きたい。

 そう考えたのである。


「……そ、そうか」


 父は渋面を作りながら小さく呟いた。

 俺を引き止める手段を思考しているようだが、約15年もの長きに渡って俺やリディアを騙してきた父に、俺を引き止める理由が見つけられるとは思えない。


「なんでしたら俺は死んだことにしてください。家を継ぐはずだった一人息子は、成人を迎える前に精神的病で死んだのです。その方が、弟がリーマン家の跡取りとして発表するのにも、世間体にも都合がよろしいでしょうから」

「そ、それは……」

「実際本当のことではないですか?」

「うぐ、っ……」


 半年前、リーマン家の息子だった俺は息女になったのだ。死んだも同然である。


「父上、今迄おせわになりました。リーマン家にシーベルタという息子がいたということだけ覚えておいてください。それと、母君にも安心されよ、とお伝え下さい。これで心置きなく弟を次期リーマン家の領主として育てられるでしょう、と」

「……あい分かった……」


 父は固く握った自分の拳を見詰めながら、不承不承に頷いた。

 どんな声をかけようにも自分には止められる術はない。そんな諦観のこもった声だった。


「父上も余生を健やかに過ごされますよう、この世界の空の下、いつも祈り申しあげます。では、これにて失礼いたします」


 そう言い深く腰を折り最後の挨拶にした。


 リディアが扉を閉じる際、最後に見た父は肩を震わせながら、


「済まなかった、許してくれ……シーベルタよ……」


 そう俯きながら小さく呟き、一雫の涙を執務机に落とした。



 厳格で強かった父の最初で最後の涙を見た俺は、こうして家を出るのだった。



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